不死身編・終その44
短い時間だった。けれどその一瞬の時は、短いようでとても長い時間のように思えた。
富士見は俺に問いかけ、ただその場で答えを待つ。
彼女の体は不死身ではない。
なんの変哲もない、普通の体。
普通の人間。
普通の少女。
普通の、富士見姫蓮だった。
確かに俺が好き好む人とは、おかしな人。頭のネジが外れたおかしな人だ。だけどそれは、決して内面的なものだけじゃないだろう。
リリスという悪魔。人間からかけ離れた存在。冬峰紅羽という幽霊の少女。安堂風香という悪魔になろうとした人間。
思い当たるだけでもこれだけ普通じゃない存在と出会ってきた。こんな出来事に遭遇していれば、普通の人間なんてものに満足できない状態になっていても、否定は出来ないだろう。
きっと俺は、普通の存在には満足できない。そんなふうに心から思う。
「……確かに、そうかもな。富士見の言うとおりだと思うよ」
ようやく、言葉を繋げることが出来た。
「俺はきっと普通の人には満足できない。やっぱり俺の好きな人は、おかしな人だからな。普通だったら、きっと好きになれない」
俺の言葉を受け、富士見は思わず口を震わせた。どんな言葉を受けても受け入れる。そのつもりだったのだろう。けれど、その現実を重く受け止めるのは難しいことだ。
「……そう。それじゃあ、やっぱり……私……わた、しは」
思わず泣き出しそうな声を漏らす富士見。きっとわかっていたはずだ。それでも現実を受け入れられない。それが彼女の声色から想像がつく。
「待てよ。まだ終わってない。続きがある」
でもこれじゃあ、まるで俺が富士見を泣かせたいだけの奴に見えるじゃないか。そんなつもりは端からない。
「確かに俺は普通の人には満足できないだろうな。でもな、富士見。俺は富士見のことが好きだ。それはなんでかわかるか? 富士見が普通じゃないから、それだけじゃない。他にもあるんだ。いっぱい、あるんだよ」
富士見はキョトンとした表情をしている。まるで俺の言っていることを理解していない。
「なんで? なんでなの? 私は……私はもう不死身じゃないのよ? 不死身の体じゃない! なんてことないただの普通の人間になったの。そんな人間をあなたは好きでいてくれるの!?」
俺の言葉が信用できないのか、思わず声を荒げる。全く……これほど信用されていないとは。
「そうかよ。それじゃあ具体的にどこが好きか言ってやるよ」
俺は咳払いをすると、息を吸って口を開いた。
「まず富士見の口調が好きだ。基本的に上から目線な話し方がクセになる。たまに素が出て少女っぽい口調になるのもポイントが高い。それから富士見の髪型が好きだ。長すぎず短すぎない。それでいてスマートに纏まった綺麗な黒髪だと思ってる。それから富士見の体が好きだ。体っていうのはもちろん言葉の通りで体のことだ。特にその大きな胸が好きだ。大きさにこだわりはないが、それでもその大きな胸が好きだ。それから富士見のクセが全体的に好きだ。人を弄る時の言葉使い、仕草。そのどれもが好きだ。特にたまにやってくる耳元で囁く仕草が好きだ。あと図星を当てられた時わかりやすいのが好きだ。俺知ってるんだぜ? 富士見って図星の時同じ言葉を何回も繰り返すってこと。『私は丸々じゃない。いい? 私は丸々じゃないから』って。ほんとわかりやすくて可愛いよな。あと……」
「ちょ、ちょっと待って。待ちなさい!」
「嫉妬してる姿もいいよな〜。照れてる時もだし、なんなら怒ってる時も……」
「そ、その口を閉じなさい!! な、なんなのもう!?」
思わず思いっきり口を塞がれる。いかんいかん。言葉にしだすと中々止まらないものだ。
「な、なんて恥ずかしいことをベラベラと……っていうかあなた私のこと……そ、そんなにす、好きなの?」
「当たり前だろ。何度言わせりゃ気が済むんだ」
俺は当然と言ったような表情で富士見を見つめる。
「な、何よそれ……そんなの……反則でしょ」
「そうそうそう言う顔も好きなんだよなぁ〜」
「〜〜ッ!!!!」
今日何度目かわからない脛蹴りをくらう。ここまでくるとこれもご褒美では? と思うようになる。
「これでわかったろ? 俺が好きなのは確かに普通じゃないようなおかしな人だ。それは富士見に当てはまっていた」
富士見はおかしな奴だった。内面だけでなく、その体も不死身という非常に惹かれる存在だった。
「確かにきっかけは不死身の幽霊が関係していたのは事実かもしれないな。不死身の幽霊が取り憑くことがなければ、富士見は死のうとしなかっただろうし、俺に助けを求めることはなかっただろうな」
それも事実だ。元を辿るなら、不死身の幽霊が取り憑かなければ、始まらなかったのだ。
「でも俺が富士見を好きになったのは、それが全てじゃない。俺は富士見の全てが好きなんだ。おかしな富士見も好きだし、普通の富士見も好きだ」
富士見はただその言葉を漠然と聞いているだけ。まるで信じられない何かを耳にしているかのように。
「それにさ、富士見さっき言ってたよな? 不死身の力を宿していたままだったのは、自分が望んでいたからだって。でもそれも消えてしまった。それってさ、無意識のうちに……もう不死身力は必要ないって結論を出せたからじゃないのか?」
彼女は答えない。でもきっとそうだ。そうでなければ、彼女の力がなくなったことの証明にはならない。
「おかしい人は好き。普通な人は嫌い。そんなんじゃない。俺はただ……ただな!」
俺は富士見の元に近づき、彼女の指から出る血をハンカチで抑えた。
「富士見姫蓮だから好きなんだよ。俺は富士見の全てが好きなだけなんだよ!!」
言葉にして、ようやくわかる。本当に至極単純なこと。
ただ俺は富士見姫蓮が好きというだけ。その奥におかしいとか普通とか関係ない。
結局、本当にただそれだけのことだったんだ。
「……バカみたい。これじゃあ……私が悩んでいた時間なんて、なんの意味もなかったじゃない」
富士見は俺からハンカチを奪い取ると、小さく微笑んだ。
「これは今度私が洗って返す」
まるであの時とは真逆だ。そう思わせてくる。
「ああ、頼むよ」
富士見の気持ちだけでなく、俺自身の気持ちも改めて理解出来た。俺たちはまた一歩、距離を縮められた。そんな気がする。




