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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
不死身編・終

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不死身編・終その43

 俺は富士見姫蓮が好きで、ただ一緒にいたい。

 本当にただそれだけなのだ。

 確かに迷いや不安はある。リリスとの契約のこと。智奈の想いのこと。全てを完全に乗り越えたわけじゃない。

 それでも俺は、富士見と一緒にいたい。それだけの理由で俺は、彼女と共にいられる。


「それじゃあ今度は……私の番ね」


 富士見はその場で自身の頬を叩いた。まるで意を決したかのように、鋭く眩しい瞳を俺に向けた。


「私はね、怪奇谷君。あなたのことが好き。大好き」


 富士見は告げた。あまりにも自然な言葉。ただ富士見が想っている気持ちを告げただけのこと。


「私もあなたと同じ気持ち。一緒にいたい。その気持ちは誰にも負けない自信がある。その気持ちだけであなたと一緒にいる理由になる。でもね……私だって不安に感じていることはある。こんな私を……あなたが好きになってくれるかどうか」


 突然意味のわからないことを告げる富士見。一体何を言っているんだ?


「何を馬鹿なことを……今俺が言っていたこと聞いてなかったわけじゃないだろ?」


 富士見は目を閉じ、そのまま俯いた。さっきまでの威勢はどこに行ったんだ? といわんばかりの変化だ。


「そう。それじゃあ一つ聞かせて? 怪奇谷君は、私のどこが好きなの?」


 しかし富士見は何が不安なのかわからないが、そんなことを問いかけてきた。

 富士見のどこが好きか……と言われると正直なんと言ったらいいのかわからない。初めて会った時、第一声が『私を殺してくれませんか?』だった人物だ。いわばそこに惹かれた……といっても過言ではない。

 なぜなら。俺が好き好む人と言うのは――。


「私は知ってる。あなたが好きだと思う人は、頭のネジが外れたおかしな人だってことを」


 そうだ。自分でもわけわからない好みだって言うのは理解している。それでもしょうがないだろ。周囲の人間の中でも一番おかしいのは自分自身なんだ。そんな俺がおかしいと思うような人に惹かれない理由がない。


「あなたにとって、私は頭のネジが外れたおかしな人間だった。だから私に惹かれた。そうでしょう?」


 お前はおかしな人間だ、なんて普通は悪口に過ぎない。でも俺はどうしても富士見のことをまともだと思えない。もちろんそれは俺にとって良い意味での言葉だ。


「……ああ。俺は富士見がおかしいから……頭のネジが外れたぶっとんだ奴だって思ってる。そんなところに惹かれた……なんておかしな話だよな」


 言ってて思わず笑いそうになる。おかしな奴だから惹かれるだなんて、そんな考えを持つ人間なんて早々いないだろうな。


「それじゃあ……もし……もしも私が、()()()()()()()()()()()()()()()()


「へ……?」


 思わず情けない声を出してしまう。普通の人間に戻っていたら?? それはつまり、どういうことだ?

 彼女の性格などは遥か昔にほとんど形成されていたようなものだ。それもおそらく、音夜と共に過ごしたあの施設にいた頃にはすでに。

 そんな彼女の何が変わったと言うのだろうか? 普通とは、一体何を示しているんだ?


「さっき……智奈に会う前に言おうとしていたことがあるの、覚えてる?」


 言われてみれば……あの時富士見は俺に何かを伝えようとしていた。その途中、智奈のくしゃみで遮られてしまったんだったな。


「あ、ああ。それが一体どうしたんだ?」


 富士見は深呼吸すると、懐に手を潜らせる。そのままゆっくりと手を引く。彼女のその手には、一本のカッターがあった。

 何故カッターなんて持ってる? そんな考え、一瞬で消えてしまった。

 なぜなら富士見は、カッターの先を自らの指に突き刺そうとしたからだ。


「お、おい――!!」


「ッッ!!」


 彼女の白い指先に、鋭利な刃が突き刺さる。そこから流れ落ちるのは真っ赤な血。当然そうなるに決まっている。人間には真っ赤な血が流れている。それをカッターなんかで突き刺せば、血が出てくるのも当然の結果といえよう。


「――」


 そう。それはあくまで普通の人間だったらの話。何も驚くことじゃないし、自然の摂理とも言えるだろう。

 けれど目の前にいる少女は、富士見姫蓮だ。かつて不死身の幽霊に取り憑かれ、その力を宿したままだった少女。

 不死身の体を持つ少女。傷ついてもすぐに再生する。彼女が血を流したことなど、一度も見たことがない。

 しかし今の富士見は、血を流している。まるで、不死身の力などなく……普通の人間かのように。


「これでわかったでしょ? 私にもう不死身の力は残ってない。不死身の体は終わりを迎え、普通の人間に戻ったのよ」


 それは誰しもが望んだ結果。かつて不死身の幽霊をなんとかして欲しいと頼んできた富士見の願い。それがいつの間にか、叶っていたんだ。

 けれど富士見の表情は、決して明るいものではなかった。


「ごめんね。あの時……こういうことはもう二度とするなって言ってくれたのに……でもこうすることでしか……私は自身の証明が出来ない」


 富士見は前にも、不死身の力を証明するために自傷をしたことがあった。その姿を見て、心底怒りを感じたのを覚えている。


「このことに気づいたのはいつ頃だったかな。少なくとも風香さんと戦ったあの瞬間までは、間違いなく不死身の力はあっただろうからね」


 それは間違いないだろう。そうでなければあの時富士見はとっくに死んでいたに違いない。


「あの日以降も、別に特別体が変わった感覚はなかった。でもね、何日か前に料理をしていた時。誤って指を包丁で切っちゃったの。そしたら……」


 富士見は指先から流れ出る血を見せつけた。


「私の体は不死身じゃなくなった。ずっと……ずっと望んでいたこと。私はやっぱり、普通の体でいたい。ずっとそう願っていたから。嬉しい。嬉しく思う。早く怪奇谷君に伝えたい。そう思う……そう思うのが普通なのに……当たり前のことなのに……」


 それは彼女がずっと望んでいたこと。不死身の力に何度も助けられた。けれどやっぱり不死身なんてものはおかしい。体は普通がいい。そんな想いを抱いていた。


「けれど私は……あなたにこのことを伝えるのがすごく、怖かった。なんでかな。自分でもおかしな話だって思う。だってずっと望んでいたことなのに。願いが叶ったっていうのに。それでも……怖かった」


 富士見の声は震えている。彼女が感じてきた恐怖が、俺にも伝わってくる。


「私は……普通になるのが怖かったんだ。怪奇谷君はおかしな人が好きだから。それはきっと内面だけでなく、異常性がある体を持つ私だから好きになったんじゃないかって。不死身の体じゃない私なんて……もしかしたら幻滅しちゃうんじゃないかって」


 言葉を続ける富士見の指先からは、今も血が流れ続けている。


「私ね。神さまに聞いたことがあるの。どうして私の体に不死身の力が残っているのかって。そしたら神さまはこう言った。『それはお主自身がとっくに気づいているはずだ』って。だから私、その言葉を聞いた時に思ったの。ああ、そうか。私はきっとまだ不死身でいたいと感じているんだ。怪奇谷君に幻滅されないように……って」


 彼女に不死身の力が残る理由。それははっきりと明確化されたものではなかった。不死身の幽霊がいなくなれば、自然と消える力。そのはずだった。

 それがもしも神さまの言うとおりであるならば、富士見がそう願ったから力は残ったということになる。


「でもそれももう消えてしまった。だから私もあなたと同じ。好きな気持ちは変わらない。ずっと一緒にいたい。その気持ちだけは変わらない。けれど私も怖かった。だから一歩踏み出せずにいたの」


 富士見も俺と同じ。好きだという気持ちは変わらず、ただその一歩が踏み出せずにいたんだ。


「でも、私は逃げない。智奈の想いに応えるためにも、私は前に進みたい」


 富士見ゆっくりと顔を上げ、俺の瞳を覗き込んだ。


「もしも……不死身の力をなくした私に幻滅したと言うなら……私はあなたの元から去る。だから……だから教えて、怪奇谷君。あなたが求めるのは、不死身の私? それとも、普通の私?」


 不死身の力を宿した富士見姫蓮。

 そしてなんの力もない普通の体の富士見姫蓮。

 俺は――俺が得た答えは――。

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