不死身編・終その37
俺と富士見、そして智奈の3人。俺たちの間に微妙な空気感が漂った。
富士見は黙り込んだままだし、智奈はあたふたしながら目を逸らす。
「あ、あははは。そ、それにしても今日寒いですね〜」
空気感に耐えれなくなったのか、智奈が大げさに発言する。しかし寒いのは事実だ。彼女は未だに体を震わせている。
「そ、そだなー……あー、それで? 智奈が同志先生をゲーセンに誘ったって聞いたけど、ほんと珍しいよな?」
俺もそれに乗り、なんとか空気感を良くさせようと話を振った。
「そ、そうなんですー。な、なんとなくゲーセンに行きたい気分になってですねー。あのー、あれですよ。将棋が出来るかなーとか思って」
「いや……ゲーセンで将棋は出来ないと思うぞ……」
「うぇ!? そ、そうなんですか?」
しかしこの智奈の慌てよう。何に対しての慌てようなんだ? この空気感を良くさせようと空回りしているだけなのか、あるいは……なにか誤魔化そうとしている?
「そうよ智奈。ゲーセンで将棋は出来ないわ」
するとさっきから黙り込んでいた富士見がようやく口を開いた。
「そ、そうなんですね……私としたことが」
「同志先生はシューティングゲームが得意なようよ。今度遊ぶ時についていけるように練習しといたら?」
「シューティングゲームですか……私に出来るでしょうか」
「覚えのいい智奈なら大丈夫よ。自信を持ちなさい」
「えへへ……ありがとうございます」
なんだ……二人とも普通に話せるじゃないか。どこも変な雰囲気ではないな。
「そーだ。なら今度三人でゲーセン行くか? 同志先生と一緒に遊ぶ前に練習しとこうぜ?」
「おお! それは名案ですね!」
「智奈。怪奇谷君はゲームが下手なの。だからみっちりしごいてあげないとね」
「えっ? そうなんですか……」
なにやら智奈の目線が痛い。
「なんだい智奈。その冷たい眼差しは」
「へ? い、いやそんなつもりはっ!! た、ただ魁斗先輩が下手くそなんて意外だなって思って……」
「なんだろう。フォローされているはずなのに微妙に悲しいぞ」
「だっ大丈夫です! 私と一緒に高みを目指していきましょう!!」
うう……さすが智奈だ。彼女こそ女神であり天使だ!
「智奈が怪奇谷君を置いていく姿が目に見えるわね」
それに引き換え富士見といったら……なんて冷たいんだ!
智奈はそんな富士見を見てクスクスと笑みをこぼす。逆に俺はそんな智奈を見て改めて思った。
智奈は本当によく笑うようになった。初めて会った時なんてほとんど笑うこともなく、どちらかと言えば無愛想な印象だった。それでもどことなく溢れる可愛さはあったけどな。
そんな智奈も色々な経験を経て、成長したんだろう。
生霊の事件もそうだが、初代怨霊との戦い、動物霊の戦い。そんな経験が彼女を強くした。
それから指導霊の二人。同志先生や夜美奈との出会いもそうだ。色々な人たちと出会い、彼女は心も強くなったんだ。
生田智奈は、強く成長した。だから彼女は大丈夫だ。
そう思っている。けれど未だに俺の心の中では一つの想いが拭いきれずにいた。
「……魁斗先輩? どうかしたんですか?」
にこやかに笑う智奈は俺を見た。そんな彼女の姿を見て、さらに想いは強まる。
智奈は、俺のことが好きだった。いや、今も好きかもしれない。
けれど俺は彼女の想いに応えることは出来ない。
それは始め、自身に課せられた罰のせいだとしていた。けれど本質は違う。俺が彼女の想いに応えなかったのは、罰のせいじゃない。応えれなかったのではない。応えなかったのだ。
「いや……よく、笑うようになったなって」
そう、俺は応えなかった。
なぜなら、俺には初めから好きなやつがいたから。
だから彼女の想いに応えなかった。彼女が苦しむことを知っていながらも。それでも俺は、応えなかった。
「……ふふ。みんなのおかげですよ?」
その時の智奈は、まるで本当に天使のような笑顔だった。
「ねえ魁斗先輩。私、今すっごく幸せですよ。だから……」
彼女の笑みに嘘はない。全て真実だ。
「魁斗先輩も、自分に嘘つかないで……幸せになっていいんですよ?」
どうして、智奈の言葉がこんなにも胸に突き刺さるのだろう?
「智奈……あなた……」
富士見も思わず呟く。
なんだ、それ。それじゃあまるで智奈は……俺のことを……俺の想いを……全て、何もかも――。
「あっ! そうだ。姫蓮先輩! 実はちょっと相談したいことがあって……少しお時間いただけませんか?」
あまりに唐突な言葉だった。富士見も想像していなかったのか、一瞬表情が固まっていた。
「え? そ、そうね。別に構わないけど……」
「それじゃあちょっとあっちの方まで……」
智奈は富士見の手を掴んで、少し先にある遊具の方へ向かおうとし始めた。
「な、なんだよ。ここじゃ話せないことなのか?」
「ダメですよ魁斗先輩。これは女の子同士のお話なのです。それとも魁斗先輩は、無理やり私たちの話に入り込もうとするようなデリカシーのない人なんですか?」
智奈がここまで拒否してくる時は、本当に聴いて欲しくない話をする時だ。
「わ、わかったわかった! 安心して話してこいって」
「ふふ、少しだけ姫蓮先輩をお借りしますね」
なぜかいたずらっ子のような仕草をする智奈。そしてそのまま富士見の手を引っ張り、俺の元から離れていく。
「魁斗先輩」
しかし途中、彼女は振り返り。
「頑張ってください」
ただ一言、そう告げ去っていく。
たった一つの言葉。それだけなのに、なぜか……俺の心に、重くのしかかった。




