不死身編・終その31
風香先輩は、怪異庁の重要機密書類を盗んだ。だから然るべき罰を受けなければならない。父さんはそう言ったのだ。
なんだ、それは?
怪異庁の重要機密書類を盗んだだと?
そんな事実は一切ない。彼女がしでかしたこと。それはもっとタチの悪い出来事であって――。
「それに、お前があの不安堂総司の娘だったというのも問題だ。全く……道理で謎が多すぎると思ったわけだ」
父さんたちの記憶に齟齬があるのか? そうも考えた。しかし一部の記憶に間違いはない。彼女が不安堂総司の娘だということは事実だ。
であれば、一部の記憶が書き換わっているのか……?
「それは悪気なかったんですよー。私が彼の娘だと知られたら弟子になんてしてもらえなかったでしょう?」
「よく言うよ。そうやって俺の懐に潜り込んで、怪異庁に近づいたんだからな。全く……今まで過ごしてきた日々を思うと俺自身がバカらしく感じるよ」
父さんはああ言っているが、それでも風香先輩に対する態度は変わらない。
俺にとって怪異庁の重要機密書類がどんなものなのかはさっぱりわからない。けれど、これだけはわかる。
それは、悪魔化に比べたら断然大したことのないものだと。
「ええ〜? こんなぴちぴちの女の子と一緒に過ごした日々が不満だったんですかぁ?」
「ぐっ……誤解を招くような言い方をするな!」
「まあ人には色々な趣味がありますからね」
「!! ひ、姫奈さん!? そんな言い方しないでくださいよ!」
「姫奈……からかうのはよしなさい……」
俺は富士見の様子を伺う。彼女の表情は固まっている。きっと現状を飲み込めていないのだ。
「それでー。これが一つ目の罰だということはわかりました。一つ目、ということはまだあるんですよね?」
確かに父さんは、怪異殺しというリングを腕に嵌めることが一つ目の罰だと告げた。
であれば、まだ他にも罰があるのは間違いない。
「ああ。これは魁斗。お前にも関係することだ。よく聞いてくれ」
「俺にも……?」
どういうことだ? なぜ風香先輩に対する罰で、俺が関わってくる?
「結論から告げると……風香。お前はこれから俺の家で暮らしてもらう」
「なっ!!??」
な、何を……何を言っているんだ!? 風香先輩が俺の家に住むことになるだと!?
「……私が魁斗君の家に。はぁ、それはどういう?」
風香先輩も予想していなかったのか、少し反応が悪い。いつもならもっとテンション高く反応しそうなのだが。
「お前は一人暮らしだろう? これから何をしでかすかもわからないようなやつを野放しにはしておけない。だから監視も兼ねて、お前をウチに住ませることにしたんだ。それも怪異庁からの指示だ」
「なるほど……つまり私を監視するために、一緒に暮らしてもらう、と」
「そういうことだ。幸い俺の家は空き部屋が何個かある。言っとくが拒否権はない。これもれっきとした罰なんだからな」
そう。これは罰だ。風香先輩を監視するための罰。
「罰ね〜。私にとってこれが罰には到底思えないですけど」
風香先輩は俺を見てウインクした。
「魁斗、すまない。お前にも近々話すつもりだった。でも……あいつがやらかしたことを考えたら、これが1番ベストなんだ」
それはあまりに唐突な出来事だった。あの風香先輩が俺の家に住むことになる。そんなことを、一体誰が想像できただろうか?
「もし風香のことが嫌になったら遠慮なく言ってくれ。俺も対策を考える。俺だってあまりに急なことなんで、正直気持ちの整理が出来ていないんだ」
当たり前だ。今まで2人で暮らしていた場所に、家族でもない人が一緒に住むことになるんだぞ?
いや、それどころじゃない。そういう次元の話じゃない。
俺を殺そうとした人間と一緒に住むなんて話、普通に考えたらありえない。
「師匠。魁斗君なら大丈夫ですよ」
しかし風香先輩は、まるで答えがわかっていたかのように。
「彼、私のこと大好きですから。断るわけないですよ」
不適な笑みを浮かべ、静かに告げた。
「ダメです」
しかし、それを否定する者がいる。
「そんなの、ダメに決まってます」
「姫蓮……」
春彦さんは静かに娘を見つめた。
「ダメ……です。彼女は……彼女は私たちの……敵なんです。決して許しちゃ……許すことはできない人なんです!!」
富士見はそのまま勢いよく、俺の腕を掴んだ。
「姫蓮……気持ちはわかるけど……これは怪異庁が決めたことだから……」
「嫌。私は、絶対に嫌だ」
「き、姫蓮……」
まるで子供のように駄々をこねる富士見。そしてそれを見て驚愕する姫奈さん。
富士見は今まで、両親のことを異常なほどに慕っていた。だからだろう。決して文句を言うことも、わがままを言うこともなかったのだろう。
そんな彼女が、今初めて両親に反抗しようとしている。それほどまでに俺のことを……大切に思ってくれているんだ。
「姫蓮ちゃん……そこまで魁斗のことを考えてくれていたのか……ありがとう。そして、すまない……」
「……謝らないでください。私はただ……怪奇谷君を、危険な目に合わせたくないだけなんです」
富士見の手に込められる力が強まる。俺の腕はがっしりと掴まれたままだ。まるで決して離さないと言わんばかりに。
「姫蓮ちゃんが心配してくれる気持ちもわかる。こいつはとんでもなく変な奴だからな。魁斗に何をするかはわからない。そうならないように、俺がつきっきりで監視しておくから。心配しないでくれ」
「ええー、こんな加齢臭のするオジサンにつきっきりで監視されるなんて……ちょっときついです」
「なんだと!? お、俺が加齢臭のするおじ、おじさんだと!? そ、そんなはずはない! ちゃんとケアしてる! 大丈夫なはずだ!」
「っていうか。まず本人に聞いてみたらいいじゃないですか。ほら、さっきから黙り込んでる魁斗君に」
その言葉を受け、全員が俺に視線を向けた。
確かにこれは決められたこと。俺がどう答えようがその事実は確定している。
けれど、俺は答えるべきだ。そう、心が叫んでいる。
「ま、私は魁斗君がなんて答えるかなんてもうわかってますけどね」
「そ、そんなの!! か、怪奇谷君……だ、ダメよ」
きっと、富士見もわかっていたんだろう。だから俺がそんな馬鹿げた答えを出す前に止めなくちゃならない。そう思ったはずだ。
「富士見……ありがとう」
俺は富士見の透き通った瞳を見つめて答えた。
そして、今度は風香先輩に目を向けて、告げた。
「俺は風香先輩と暮らすことに……異論はない」
俺の答えは、最初から決まっていた。




