不死身編・終その30
あまりにも……あまりにも予想外の存在が現れた。さも当然のように現れたその人物は、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「風香。お前どこに行ってたんだ? また変なこと企んでいないだろうな?」
父さんはいつものように風香先輩に接する。
「えへへ。ちょっとジュースを飲みにその辺のベンチまで……そしたら懐かしい人に会ってしまったもので……」
「まあいいさ。でもあまり軽率な行動は慎めよ? ただでさえお前の処罰に困らされてるんだからな」
「はいはーい。わかってますよー」
あまりにも自然すぎる会話に、開いた口が塞がらない。さすがの富士見も、この状況を理解するのは到底難しいようで、表情が固まってしまっている。あんなにも目を丸くした富士見を見るのは初めてかもしれない。
「ん? どうしたんだ2人とも? そんな呆けた顔して」
俺たちの反応があまりにも露骨すぎたからか、思わず問いかけくる父さん。
「い、いや……別に」
「ふっふっふ。師匠、魁斗君と姫蓮ちゃんは私に久々に会えて嬉しいんですよ!」
「久々にって……それはお前のせいだろ」
「えへへ」
父さんは軽く風香先輩の頭を叩く。
なんだ、これは。
どうして……どうして父さんは何事もなかったかのように、風香先輩と接し続けているんだ?
「まあいい。この際だ。風香、つい先ほど怪異庁から直々にお前の処罰が決定した。心して聞けよ」
しかし、話を聞く限り風香先輩がやらかしたこと自体は間違いないようだ。
であれば……父さんは無理していつも通りに接しているだけなのか?
だとすれば問題は風香先輩だ。彼女は何故俺たちの前にノコノコと姿を見せたのだろう? 下手すると殺されてしまうかもしれないというのに。逃げる選択肢はなかったのだろうか?
「風香。今後お前にはこのリングを腕に装着してもらう。これが一つ目の罰だ」
父さんは懐から、銀色の腕に嵌めれるぐらいのリングを取り出した。そしてそれを風香先輩の右手首に装着させた。
「うはぁー、なるほどなるほど。これは痛い罰ですね」
風香先輩は頭を抱えている。しかしなんだ……俺たちが想像していた罰に比べると……だいぶ軽いような……。
「ちょ……ちょっと待ってくれよ。なんだよそのリングは?」
俺は思わず問いかけていた。
「それは『怪異封じ』と呼ばれる特殊な機械でね。いわば特殊な怪異を封じるための道具なんだ。もっとも、怪異と言っても我々の持つ専門家としての力も同様だ」
春彦さんが口を開き、説明をしてくれた。
「そのリングを装着された者は、自由に力を使うことが出来なくなる。彼女の場合、除霊師、霊媒師、霊能力者としての力が使えなくなるのさ」
「正確には使えなくなるというよりも、使ってしまうと自身が苦しめられるというのが正しいかしらね」
今度は姫奈さんが口を開く。
「力を使うこと自体は出来る。けれどその代償に自身の体に大きな負荷がかかるようになっているの。いわば霊力に影響を与えるリングと言えばわかりやすいかも」
「ふーん。なるほどなるほど」
風香先輩はその場で何を思ったのか、リングに視線を向けた。
「んじゃものは試しってことで」
「バカ!! やめろ風香!!」
父さんの言葉を聞くことなく、彼女は目を閉じた。
瞬間、風香先輩の表情が変わった。まるで何かを見つめているかのような……いや、これは計測している……? それはつまり、霊能力者の力を使い、霊力を測っているのだ。
「うっ!!」
そのたった一瞬だった。彼女の体に大きな負荷がかかったように、重い重圧を感じた。ただ見ていただけの俺たちですら感じ取れる圧。それを直で感じた風香先輩は……。
「くっ……あっ、は、はぁ……はぁ……はぁ……ふ、ふふ。これは……す、すごい罰、ですねぇ……」
彼女の額にはものすごい汗が浸っていた。表情を無理やり作っているのが伝わる。
「このバカが!! そうなるってお前だってわかっていただろう!? だからこれからは無闇に専門家の力を使うな! わかったな!?」
「は、はぁい」
見ているだけでも冷や汗が湧いてくる。彼女に課せられた罰は、想像よりも厳しいものなのかもしれない。
「それじゃあ……風香先輩はもう力を一生使えないってことか?」
たった一回力を使っただけでアレなんだ。俺だったら二度と使いたくない。
「いや……そうとも限らない。あのリングは特殊でな。付けられた者自身では外すことは出来ないが、それ以外の決められた人物なら外すことが出来る。あとは一時的に効果を和らげることも出来る」
そう言って父さんは、再び懐からまた別のものを取り出した。小さな……銀色のリモコンのようなものだった。
「つまり……私の力を制限するのは師匠次第ってことですね?」
「そういうことだ。状況次第ではお前の力が必要になる場面だってあるんだからな」
そうか。それは、よかった。
いや……何を安心しているんだ。これは風香先輩に与えられた罰だ。あって当然の権利だ。彼女の身を案ずる必要なんて、これっぽっちもないのだから。
「私の力ですかー。そんなの必要になる場面ありますかねぇ」
「かもしれないだろ。それに、今後共に行動することを考えたらあり得ない話ではない」
今度行動を共にする……? どういうことだ? 風香先輩はこれまでと変わらず、父さんと共にいるのか?
なんだろう、この違和感。
彼女は罰を与えられている。その時点で間違ったことにはなっていない。
けれど、おかしい。やはり何かがおかしい。
「甘いんじゃないですか?」
突然、言葉を発したのは富士見だった。
「いくらなんでも……その程度の罰で済まされるなんて……だって……だって彼女は」
確かにその通りだ。力を制限されること。たったそれだけが風香先輩に与えられた罰というのはあまりにも軽すぎる。
彼女は多くの幽霊や人を利用し、傷つけた。
自身の体を悪魔へと変化させようとした。
そして何より……俺と富士見を、殺そうとした。
そんな人物に対する罰が、こんなもので許されるのか? 本来であれば、禁触者として殺されてもおかしくはない。そう思うのが普通だ。
当然、俺はそんなことを望んでいない。でも、それを怪異庁ともあろう組織が許すとは到底思えない。
やはり……何かがおかしい。数日前から感じていた違和感。俺と父さんの会話。記憶。どこかズレている。
もしも……俺の想像が正しいのだとすれば――。
「彼女は! 私たちを――!!」
「待て富士見!!」
俺は言葉を続ける富士見を静止した。その様子を見て、風香先輩はどことなく笑っているように見えた。
「父さん。一つ聞かせてくれないか? 風香先輩は……一体何をしでかして、なんで罰を受けるんだ?」
富士見は俺の言葉を聞いて、疑問を抱いているだろう。そんなこととうにわかりきっているだろうに、と。
彼女は悪魔になろうとした。それだけで十分な罪と言える。だったらもっと相応の罰があってもおかしくはないと。
「何をって……お前聞いてないのか?」
父さんは一瞬驚いたようだが、無理もないと言葉を続けた。
「風香はな、怪異庁の重要機密書類を盗もうとしたんだ。それがどれだけ馬鹿げたことかわかるだろ??」
そんな……ありもしない事実を、父さんは真剣な表情で告げたのだ。




