不死身編・終その14
姉ちゃんはたこ焼きを幸せそうに頬張った。その様子を見て、少しだけ腹が減ったのは内緒だ。
「そ、それよりどうして魁斗たちがここにいるの!」
3個ほど食べて満足したのか、突然冷静になって俺たちに目を向けた。
「いやなに。そそくさと離れる姉ちゃんが怪しかったものでな。こっそりつけてたんだ」
「ふふ。あたしは見逃さなかったよ! 姉ちゃんがまだまだ食べ足りないってことをねっ!」
「うっ……そ、そうだよ。ほ、ほんとはもっと食べたいんだから……」
非常に恥ずかしそうに告げる姉ちゃん。その姿を見て罪悪感と、喜びの2つが同時に湧き上がった。
「恵子。よくやった」
「ふん」
俺と恵子はグータッチをした。
「何よもう! 2人ともいじわる! もう優しくしてあげないからねっ」
「無理ですよお姉様。お姉様が優しく出来ないなんてことは不可能なのです」
「うぅ〜」
富士見の言う通りだ。こんなこと言って姉ちゃんは結局俺たち兄妹に優しい。それが俺たちの姉である奏軸香なのだから。
「……」
すると何やら姉ちゃんをじっと見つめている人物がいる。いや、正確には姉ちゃんが手に持つたこ焼きをだが。
「あなた。これそんなに欲しいの?」
「へ? い、いや大丈夫! 私は敗者だから。何も言う資格はないんだよ!」
そう言いつつも、椎奈さんはチラチラたこ焼きを見ている。よっぽど欲しいんだな。
「はい。私もう3個も食べたから残りの3個あげる。最初からこうすればよかったのかもね」
姉ちゃんは笑ってたこ焼きを椎奈さんに手渡した。
「えっ……で、でも! あなたさっきまだ食べ足りないって!」
「そ、それはいいの! も、もうお腹いっぱいになっちゃった」
そんなわけなかろう。そういう姉ちゃんだってたこ焼きから目が離れていない。
「そう。そういうことならありがたく貰うね! あっ、お金半分でも大丈夫?」
「いいよ。私だってお金払ってないんだし」
「え? そうなの?」
「うん。店主さんが面白いものを見れたからタダでいいよって」
俺は思わず陽司さんの方に目を向けた。すると彼の姿はなく、そこにはたこ焼き屋だけが残されていた。
「それじゃあありがたく!」
椎奈さんはたこ焼きを受け取ると、にっこりと笑った。
「やあ……確か怪奇谷魁斗君だったよね。それと……富士見さん。久しぶりだね」
「えっ……ああ、どうも。まさかこんなところで会うだなんて思いもしなかったですよ」
どうやらこの人もちゃんと俺たちのことを覚えていてくれたようだ。
「それにしても君とこの人の関係ってなに? もしかして彼氏彼女?」
「ちっ、ちちち違うよ! わ、私は魁斗の姉! キョーダイだから!」
「ほう……姉ちゃんが俺の、彼女かぁ」
「魁斗!? だ、ダメだよ? わ、私たちはそういう関係になっちゃダメだからね? なるんだったらせめて恵子となってね?」
「おいちょっと待てー! なんであたしがこんなアホ兄貴と!!」
こんなにあたふた慌てる姉ちゃんも珍しいな。まあ予想もしない発言だったから仕方がないか。
「……」
「あっ」
そして俺は気づく。もう何度も経験したかわからない冷たい視線の存在に。
「お姉様が魅力的なのはわかるけど、自重しないというのなら、私がお姉様を奪う」
「わかったわかった。頼むから落ち着けって」
小さな声でボソボソと呟く富士見。抑えるのが大変だ。
「なるほどねー。家族っていいね。私には姉妹とかいないから……そういうの羨ましいな」
椎奈さんは俺たちを静かに見つめた。
「それじゃあ私は行くね。あ、また機会があったらこの前のあの子にも会わせてよね」
椎奈さんは手を振って駆け出した。
「そうだな。また機会があったら」
椎奈さんが走った先に、高齢女性の姿が見えた。あれは……。
「椎奈ちゃん。急にいなくなったから心配したんですよ」
「えへへ。それよりこれ見てよ。お母さんが食べたがってたたこ焼きだよ。一緒に食べよう」
「あら。よくそんな話覚えてましたね。それじゃあ向こうでゆっくり食べましょうか」
「うん!」
2人の家族は明るい光が照らす先へと消えていった。
「ねえ、魁斗。あの人知り合いなの?」
すると姉ちゃんも気になっていたのか、とうとう問いかけてきた。
「うーん、まあちょっとした知り合いって感じかな」
「そう……」
姉ちゃんはすっと俺に近づくと、耳元に口を近づけた。ほんのり甘い匂いがする(決してたこ焼きの匂いなどはしない)
「女の子遊びもほどほどにね。富士見さんに怒られないように」
「ぶっ!!」
俺から離れた姉ちゃんの表情は、いつになく小悪魔的なものだった。
「なに? 姉ちゃん今なんて言ったの?」
「うん〜? 気になる? それはね、恵子が愛しのお兄ちゃんを取られて嫉妬しちゃうから、あんまり遊んじゃダメだよって言ったんだよ」
「は、はぁ!? バカじゃないの!? それに今言うんだったらこっそり言う意味ないじゃん!?」
「あははー、バレたー」
「バレたーじゃない! このイタズラ姉貴めっ!」
目の前でわちゃわちゃと騒ぎ立てる2人の姉妹。俺はそれを見て改めて思った。2人と再会できてよかったと。離れて暮らしていても、俺たちは血のつながった家族なんだって。
「やっぱり、あなたたちは似たもの同士ね」
隣で微笑む富士見。きっと富士見も俺たちのことを見て同じように思ったはずだ。
「ああ。これが俺たち家族ってもんだ」
きっとこれからも俺たち家族が離れることはない。そばにいなくてもだ。それだけは保証できる。
「ふふ、それじゃあ怪奇谷君。そろそろ行きましょうか」
富士見は俺の手を引っ張った。
「お姉様、恵子さん。私たちそろそろ行きますね。今日はありがとうございました」
富士見の言葉を受け、姉ちゃんと恵子は同時に停止した。
「あっ、そっか。そうだよね。なんだか勝手に私たち今日ずっと一緒にいるものだと思っちゃってたよ。違う違う。今日は違うんだったね、うん」
「ふん。あたしは別になんとも思わないけど? 姉ちゃんは寂しがってそうだね」
「ち、違うよ! ただ今日は久しぶりに楽しかったから……ちょっと名残惜しいなって思っただけ」
姉ちゃんは少しだけ目を逸らして言った。その言葉に嘘はないのだろう。
「それは俺も同じだよ。でも今日は――」
「富士見さんとデートなんだもんね。いいよ。あたしたちが邪魔するわけにはいかないから」
「い、いやデートというのはな……」
「ふん!」
「いてっ!!」
恵子に再び脛を蹴られた。これ、何回目だ?
「いい? 富士見さんを悲しませたらあたしが許さないからね」
「は、はい……」
富士見に聞こえないように小さな声で呟く恵子。
「ふん。富士見さん。こんなダメ兄貴だけどよろしくね」
「ええ。任せて」
その時の富士見の表情は、どことなく明るく見えた。
「じゃあ、行くか」
姉ちゃんと恵子のそばから離れるのは少し名残惜しいが、今日の目的は富士見とのデートだ。恵子の言葉は間違っていない。だからそのためには次の目的地に向かう必要がある。
「……」
俺と富士見は歩き出す。けれどなんだろうか。妙に2人のそばから離れるのがこう心に来るとは思わなかった。
「魁斗!」「兄ちゃん!」
すると、ほぼ同時に2人から呼ばれた。
思わず振り返ると――。
「「またね!」」
まるで擦り合わせたかのように、完璧なぐらい同時に言葉を告げた。まさに姉妹って感じだ。
名残惜しいが、何もこれが永遠の別れというわけではない。たまたま今日出会って、またいつかどこかで再会する。ただそれだけのことなんだ。そう思うと元気が出てきた。
「富士見」
「なに?」
俺は隣を歩く富士見を見つめた。そしてその空いている手のひらをしっかりと握った。
「俺のそばから離れるなよ」
「……そう」
先ほど出来なかったことを俺はした。今度こそ離さない。だからしっかりと繋いでおこう。そう思えた。
姉ちゃんと恵子。2人とは離れていても、ずっと一緒だ。
「そういえば……」
安心したら、一つだけ疑問が浮かんだ。
どうして、あの2人は俺たちがデートしているって知っていたんだ??




