ティーチャー編その7
ドラコの背後に見える2人。1人は子供だった。小学生ぐらいの少年。白いTシャツを着ており、カエルの絵がプリントされていた。
もう1人は中年の男性だった。まるで西部劇に出てくるかのような服装をしていた。
ここまでだったらいつのまに後ろにいたのか⁉︎ という驚きだけで済むのだが、そうはいかなかった。
なぜなら浮いているからだ。上半身はあるのだが、下半身がない。正確には腰のあたりまでしかなく、そこから足に向けて薄くなっている。
完全に浮いているのだ。よくお化けなどを表現するときに描かれる姿だと思ってくれればいい。
普通に考えればこの2人が同志先生と会話していた幽霊なのでは? その思考に辿り着く。そう思った矢先、少年の方が俺の視線に気づく。
「おや? もしかして君は僕たちが見えているのかい?」
その発言に対して俺は黙り込む。しかしドラコは黙っていなかった。
「え⁉︎ う、嘘でしょ? お、脅かさないでよ!」
「いや、嘘じゃないよ。どういうわけか辰巳があの人に殴った瞬間から彼はこっちを気にしている。それに目があった。たまたまとは言い切れないと思うけどね」
少年は冷静に説明する。
「確かに言われればその通りかもしれんな。おい、ボウズ。俺たちが見えているなら返事をしろ」
今度は中年の男性が俺に声をかける。見た目の割には随分と高圧的な話し方だ。これ以上は誤魔化せないだろう。
「あー、見えてるよ。で? 率直に聞くけどあんたら、幽霊だな?」
俺の問いに1番反応したのはドラコだった。
「ちょ、ちょっと! あなた本当に見えてるの⁉︎ な、なによ! なにがストーカーだなんていってそれ以上にやばいやつじゃない!!」
ドラコは少年を睨んで叫ぶ。
「最初はストーカーかと思ったんだけどなぁ。まさか僕たちが見えるなんてね。これは初めての体験だなぁ」
俺はストーカーだと思われていたのか。
「俺はストーカーじゃねぇよ。同志先生が見えない何かと話してるって話を聞いてな。その真相を掴むためにこうして後をつけていたんだが……」
それを聞いて顔が真っ青になるドラコ。
「ちょ、ちょちょちょまち! 待って! え? 嘘でしょ? 同志、先生って……まさかあなた、わ、私の授業受けてる⁉︎」
同志先生からすれば、これは知られたくなかった問題だ。そりゃ血の気も引く。
「別にあんたの授業は受けてないよ。まあ連れはあんたの授業受けてるけどな」
「はっはっは! おい、ドラコ! こいつはお前んとこの学校の生徒かよ!」
「オジサン。あんまり辰巳をいじめないでください」
大声で笑う中年の男性。そしてそれを抑える少年。これじゃどっちが年上かわからないな。
「そんなことよりだ。お前たちはなんなんだ?」
「いや、ボウズ。質問するのはこっちだ。お前こそなんだ? どうして俺らが見える?」
痛いところをつかれた。と、言っても俺としてもなぜ急にこの2人の姿が見えるようになったのかわからない。
「わからない、と言った顔してんな。そんなら、その首にいるやつにでも聞いてみるか?」
は⁉︎ 今なんと言った? 首にいるやつ?? どう考えてもヘッドホンのことではないか。そして何より、ヘッドホンのことを見破ったのはこれが初めてだ。なんだ、こいつらは。
「あ、あはは。終わりだ……私の生活……何もかもが……」
その間に勝手に絶望したのか、ぺたりと倒れこむドラコ。
「辰巳。まだ終わってないよ。彼が何者かわからないんだからさ」
「そうだぞドラコ。こいつがどういうやつかによっては俺が手を出すってこともありえるぞ?」
そう言って拳を鳴らす中年の男性。
「いやいや、僕たちに実力行使はできないでしょ」
少年の方は冷静に言う。セリフから察するに、俺に直接触れることはできないということだろうか?
「なるほど、そういうことか」
「な、お前⁉︎」
ヘッドホンが声を出してしまった。
「いや、わかったんだよ。あの2人が。いや〜まさかそんなことあるのか〜」
ヘッドホンは勝手に納得したようだった。それを見て少年らは再び驚く。
「おおー。ヘッドホンが喋った。こりゃ珍しい光景ですね! オジサン」
「それに俺たちの正体がわかったとみえる。あいつ、いや。あれ、か。あれは何もんだろうな」
なんだ。勝手になに納得してるんだ。
「おい」
「ああわかってる。あいつらは霊格が高すぎる。だからアタシのこともすぐにわかったんだ」
霊格が高いだと? それがなんだというんだ。
「わからないのか? 霊格が高いっていったら大体正体は限られるだろ? つまりあいつらはな……」
ヘッドホンが確信に迫ろうとしたその時だった。突然、幕が上がったのだ。
何故かはわからない。すると俺はあるものに気づいた。ステージの横になにやらタイマーのようなものがセットされていたのだ。その数字はゼロになっている。ここで俺は大体察した。
おそらくこのご褒美、あるいはお仕置きには制限時間が設けられていたのだ。そしてその時間を超えてしまったので自動的に幕が上がったのだろう。
これではもうまともに話すことができない。俺は観客席、智奈の方を見る。しかしそれどころではなかった。
「な⁉︎ ど、ドラコ!!」
「どういうことだ!!」
「な、なぜあんなにも悲しそうにしているんだ!!」
「ペタンと座っちゃって可愛いなぁ」
観客が騒いでいる。何故だろうか。今一度、現在置かれている状況を確認した。
ステージには俺とドラコ、そして2人の幽霊と思われる人物。この2人は他の人には見えていないとすれば、当たり前だがステージにいるのは俺とドラコだ。そしてドラコは絶望して倒れ込んでいる。
事情を知らない人間が彼女の姿を見たらどう思うだろうか? なおかつ、ドラコを愛してやまないファンが見たらどうなるか?
「ふぅ」
俺は一息つくと、全力で出口に向かった。とにかく逃げる。そうしなければ、間違いなく俺は死ぬ!!!
「智奈ー!!! 逃げるぞー!!!」
俺は出口に向かって走りこんだ。
「あ、逃げたぞ!!」
「おのれ許さん! ドラコを泣かすとはいい度胸だな!」
「あの絶望顔もいいけど、その顔を見ていいのは俺だけだ!!」
「火あぶりの刑だ!!!」
やばい、やばいやばい!! まじでこのままだと死ぬ! というか殺される!!
「魁斗先輩、大丈夫ですか……?」
と、智奈が俺に追いついたのか声をかける。
「え、ああ大丈夫ではないが……って智奈、早いな!」
冷静になって考えれば智奈は他のオタクたちを追い抜いて俺の元にたどり着いた。その驚異のスピードに驚かないわけにはいかない。
「ええ。これでも昔はスポーツをやっていましたので……」
走りつつも真顔で言う智奈。そのサングラスが気になって笑いそうになるが、今はそれ以上に命の心配をするべきだ。
「と、とにかく逃げるぞ! ってやべぇ! もうすぐそこに!!」
オタク達も侮れない。もうすぐそばまで来ていた。死を覚悟したその時だった。
「なっ……!」
颯爽と現れたのは例の旅人だった。
「ここは私に任せて先にいグホォ!!!」
旅人は押し倒された。
「旅人ー! 最後ぐらい役に立ってくれよー!!!」
俺は最後の力を振り絞り、外へと出た。
「あっ! 2人ともー! 遅いですよー! もうこんな時間に……どうかしたんですか?」
外には俺たちを待っていた冬峰がいた。
「に、逃げろ冬峰! このままだとお前もオタク達の餌食になる」
「オタク?」
冬峰は不思議そうな表情を浮かべるが、すぐにそれは変わった。
「そういうことなら私に任せてください!」
「え?」
なぜか誇らしげに腕を組む冬峰。
「私がなんとかして差し上げましょう!」
 




