不死身編・終その8
神社内にはそよ風が吹いている。まるで俺たちに応えるかのように、風は吹いていた。
「結局。私たちがただ話しているだけで、彼女は喜んでくれたみたいね」
ゲームをした、というのも一つの余興として楽しんでもらえたかもしれないけど、それ以上にただ俺たちのやり取りを見てもらっただけで十分楽しんでもらえたのだろう。
「ああ、そうだな」
シーナは少し微笑むと、今度は俺たちの方を見つめた。
「私は最初、この街に来て馴染めるかどうか不安だったんだ。そもそもの目的が魁斗と付喪神だったし。それに私は神魔会のメンバー。魁斗たちとは違うような人生を歩んできた……ようは異端者のようなものだ。そんな私がみんなと共に仲良くなれる自信なんてなかった」
シーナは俺たちの知らないところで、きっと色々な経験をしてきたはずだ。俺たちの想像もつかないような酷いことをされたかもしれないし、したかもしれない。
「それでも……私は魁斗や姫蓮。それに智奈や紅羽。他のみんなに出会えて……友達になれて幸せだった。私にも……こんな生活が歩めるんだなって思うと……かつての私からすれば到底考えられないことだった」
確かにシーナは変わった奴だ。誰もが彼女と仲良くなることは難しいことだろう。
それでも俺たちは彼女の友達であり続けると思う。そうでありたい。少なくとも俺は……俺たちはそう思っている。
「なんだよシーナ。急に真面目なこと言っちゃってさ。別に俺たちはこれからも友達だろ? まさかいなくなるなんてこと……」
「……」
シーナは答えない。
「お、おいシーナ?」
嫌な予感がした。彼女は神魔会のメンバーで、この街には仮で来ているだけ。いつかは元の居場所に帰る時が来る。それが……その時が、訪れてしまうのではないか。そんな嫌な予感がしてしまった。
「大丈夫だ。私はまだ……でも。いつ急に神魔会から帰れと言われるか……それだけはわからない。だからある時急に……みんなの前から姿を消さなくちゃならない日が来る」
シーナは決して表情を崩さない。けれど、どこか寂しげな瞳をしている。俺にはそう感じ取れた。
「こんなこと、今までの人生で何度もあった。拠点を転々とし、とある組織に潜入したりしたこともあった。今回もそれに近い。違いがあるとすれば、私の悩みを解決するための方法がここに来ることだった、というだけの話だ」
シーナは元々、ウォッチという付喪神のことがわからなく、それで近しい境遇である俺のことを知り、近づいてきたということだった。
そしてそれを提案したのは他でもない不安堂総司。
もしも……もしもの話だが。不安堂がシーナをこの街に送った理由が、俺や風香先輩の監視も含まれていたのだとすれば……その役割はとうに終えていることとなる。
であれば、シーナにいつ退却命令が下されてもおかしくはない状況ともいえる。
「だから今回も同じ。組織に命令されれば私は帰還する。それだけの話だ。だというのに……」
シーナはゆっくりと俺と富士見に近づいてきた。
「初めてなんだ。仕事とは関係なくこんなにちゃんと話せる友達が出来たのは。だからなのかな。帰れって言われたことを想像しただけで……こんなにも、胸が苦しいんだ」
彼女は、気づいたら俺たちの手を掴んでいた。手放したくない。彼女のそんな強い意志を感じ取れる。
「だから……ありがとう。2人とも、私と友達になってくれて」
シーナは光り輝くような笑顔で告げた。本当に心の底から感じている感謝。俺たちという友達と出会えたことの感謝。そして、自身の人生において明るい世界を与えてくれたことによる感謝。
それらを、その笑顔が物語っていた。
「全く。まるで今からいなくなっちゃうみたいなセリフね」
「ああ、いや……なんだか急に伝えておきたくなってな。改まって言うとなんだか照れるな」
急に恥ずかしくなったのか、少しだけ頬が赤くなっている。
「神魔会を抜けるって選択肢はないのか?」
俺はふとそんなことを問いかけていた。
もしも彼女が神魔会にいることで不自由に感じているのなら、俺はきっと……神魔会と戦ってでも、彼女を助けたいと思う。
「いや、それはないな。そもそも……抜ける気がない」
しかし、彼女の返答は想定外のものだった。
「もちろん神魔会にいて不自由なことも多い。そもそもが良く思われた組織じゃないからな。それでも……それでもさ」
シーナは空を見上げた。その先には、雲ひとつない青空が広がっていた。
「あそこは私にとって、唯一ある帰るべき場所なんだ」
それは俺たちには到底わからないことなのかもしれない。彼女の人生を知らないからこそ、何も言えない。
「ま、確かにそりゃそうだろうな。でも安心しろシーナ。お前にはこうして心配してくる友達ができたんだ。それだけでも十分いい収穫だったと言えるぜ? もしも神魔会が潰れたら怪奇谷たちを頼ればいい。そんぐらいにはな」
ウォッチは軽い口調ながらも、シーナを安心させようとしている。それだけは理解できた。
「はは。神魔会が潰れるって……どんな怪異に襲われたらそうなるんだよ。それこそオリジナルの悪魔とかか?」
「まあありえねーだろうな。でもそんぐらいもしものことがあったとしても、お前には居場所があるってことよ。だから、安心しろ。お前が死ぬまでは、俺様も付き合う。つまんねえ顔してないで、笑ってようぜ」
シーナには付喪神であるウォッチが付いている。だから彼女は大丈夫だ。この先何があっても。
「そうだな。ウォッチもありがとうな。それから魁斗、姫蓮もありがとう」
「私たち離れていても友達よ。だから安心して。いなくなったら忘れるなんてこと、ないから」
富士見の言う通りだ。忘れるはずもない。忘れるわけがない。こんなにおかしくて面白い友達、忘れたくても忘れられるわけないだろ。
「それじゃあ私はこのあと、用事があるから失礼する」
シーナは少しだけ名残惜しいのか、僅かに寂しげな表情をした。
「用事? なんの?」
「実はクラスメイトから相談に乗って欲しいと言われてしまってな……なんの相談かは聞いてないんだが」
「へぇー、シーナに相談か。物好きなやつもいるんだな」
「今のは、褒められたのか? それとも馬鹿にされたのか?」
俺はあえて答えることなく、ただ静かに笑った。
「じゃあな、2人とも。また学校で」
シーナは手を振り、俺たちに背を向けた。
しかしすぐに振り返ると、ニコリと笑った。そして。
「また来るよ、紅羽。私の……大切な友達」
金髪の少女は、いつになく少女らしく愛らしい笑顔で告げた。
「さあ、私たちも行きましょう」
「ああ、そうだな」
今日は富士見とのデートだ。デートはまだ始まったばかり。これからも続く。
俺たちは同時に足を進め、同時に歩みを止めた。シーナと同じように振り返ると――。
「私もまた来るよ、冬峰さん」
「俺もまた来るよ、冬峰」
外湖神社で俺たちのことを見守る神さまに、別れの挨拶を告げて立ち去った。
気持ちのいいそよ風が吹いている。ああ――いい風だな。




