不死身編・終その6
俺たちは何故か『告白するとしたらどんな告白をするのかゲーム』というものをやっていた。
敗者はシーナだったので、彼女の告白を見て終了。そのはずだったのだが……。
「いいわ。私も、私の告白を見せてあげる」
ウォッチに乗せられ、どうやら富士見もこれから告白をするつもりらしい。ウォッチに顔があったら、今頃とてつもなくニヤけているに違いない。
「き、姫蓮。ほ、ほんとにやるのか?」
富士見はシーナの前に立つ。シーナはそんなことを想定していなかったのか、相当慌てている。
「ええ。私の告白、ちゃんと聞いてね?」
「ッ……!」
富士見の発言一つ一つに動揺を隠せないシーナ。シーナって思った以上に恥ずかしいことが苦手なんだな。
「……」
富士見は黙っている。そして静かに手を伸ばし、シーナの顎に手をあわせた。
「シーナさん。私はあなたが好きよ。だからあなたのこと……もっと教えてくれる?」
「……は、はい」
「っとカーーーーット!!!! おいおいだからなんで気軽に返事しちゃうかね君は!!」
「き、気軽に返事なんかしてない! き、姫蓮があまりにもほ、本気のような声色だからつい……」
シーナは相当恥ずかしいのか、富士見から距離をとって顔を俯かせた。まあ……あんなこと至近距離で言われたら誰だって胸に来るさ。
「……」
すると、富士見は俺の方をチラチラと見ている。ああ、そうか。順番的には次は俺に告白をする番か。
と、冷静に回答を得たが、よく考えろ。俺たちは互いに好き合っている。である富士見の告白とは、もはや嘘ではなく、本気の告白になってしまうのではないか!?
「まあいいさ。ほら、次は怪奇谷にする番だ」
きっと富士見もそのことに気づいている。だから自分から言い出せずにソワソワしているんだ。そんなことをシーナもウォッチも知るはずがないのだから。
「え、ええ。やってみせる。ただ告白をするだけなんだし。大したことはない」
富士見はその場から動くことなく、俺の方をハッキリとは向かずに立ち尽くしていた。
「ん? おい、富士見。その距離感はなんだ? さっきまでとはえらい違うじゃないか」
「ち、違うわ。今から向かうの」
ウォッチめ……何も知らないからって。
しかしそんなことも言えず、富士見はあっという間に俺の前に。
「な、なに? ちゃんとこっちを見なさい。私のこの美しい顔面が目に入らないとでも?」
「い、いえ……」
俺は改めて富士見の美しい顔面に目を向けた。整った顔立ち。大きすぎず、小さすぎもしない瞳。それでいて透き通った白い肌。見ているだけでこんなにも彼女に夢中になってしまうほどに惹かれてしまう。
「……始まらないな」
「まあ待て。きっとこれからさ。お前は黙って見てるんだな」
シーナとウォッチの声がしてようやく気づく。俺たちはただ黙ってお互いを見つめあっていた。
そのことに気づいたのか、富士見の頬が少しだけ……ほんの少しだけだが、赤くなったような気がする。
「……す、好きよ」
沈黙を破った一言。彼女の言葉はたった一言。それだけだった。
「な、なんじゃそりゃあ!? お、おい富士見さんよぉ。さっきまでの勢いはどうしたんだ? まさか……怪奇谷相手だからって照れてるとかそんなわけ……」
「お、おいウォッチ! 少し黙れ! お前にはわからないのか!? 姫蓮の言葉。あれはたった一言だけだが、それでいて様々な感情が含まれている! たった一言で……それだけなのに……あの表情……空気。何もかもが別次元だ。なんて奴なんだ……姫蓮は」
「シーナ。お前いつからそんな限界富士見オタクになった?」
シーナの感想。それはあながち間違いではない。彼女の放った言葉はたった一言だ。けれどその一言には色々な感情が込められている。照れ臭さもあるだろうし、きっと本心も含まれている。そんな感情が、たった一言だけで俺に伝わってきた。
「ふじ……」
そんな彼女に声をかけようと思った時だった。突然彼女はグーパンチを俺の胸あたりに軽く当ててきた。
「……??」
「……やりなさい」
「んん??」
よく聞き取れなかった。一体彼女はなんと言ったのだろうか?
「あなたも告白しなさい!! みんなやったんだから、怪奇谷君もやるべきよ!!」
ああ、そういう。別に想定していなかったわけじゃないから、そこまで驚くことではないけど。
「な、なに!? か、魁斗が私たちに告白だと!? お、おいそれは非常にまずくないか……」
この場で一番慌てているのはシーナだ。なんだってシーナが一番驚く?
「いやまあ……別に本当の告白じゃないし……まあいいんじゃね?」
「か、魁斗……なんという軽さだ。こんな……こんなこと……」
シーナは相当慌てている。これはもしや……。
「おいおい。まさかとは思うがシーナ。お前俺のこと好きだったりする?」
「!!!!」
自分でもとんでもない発言だと理解している。それでもシーナのこの慌てよう。その可能性も十分あり得ると思った。
ま、まあそれを富士見の前で言うのはどうかと思うけど……。
「な、なにを言ってるんだ! 確かに魁斗のことは好きだ。でもそれはその……異性としてではなく友達として好きなんだ。だからその……申し訳ない」
あ、あれ? なんだか違う答えを得た気がする。
「はっはっは残念だったな怪奇谷! フラれたな!!」
「ま、待てー!! なんか俺がフラれたみたいになってるけど……じゃあシーナのあの慌てようはなんだってんだよ!!」
ただ単に照れていただけだっていうのか? もちろんそれもあり得なくはないが。
「いやだって……もしもこんな光景を恵子にでも見られたら……私の命の保証はできないだろ?」
「は?」
恵子? それって妹の恵子のことか?
「いやまあ……確かにあいつ俺のこと溺愛してるだろうしな。それは言えてるかもしれんな。はは」
「怪奇谷君」
しまった! 再び背後から妖気が!!
「よ、よし。さっそくやるか! んじゃあ手始めにシーナ!」
「お、おう」
俺はシーナの前に立った。とりあえずさっさと終わらせなければならない。そうでもしないと背後から刺されてもおかしくはない。
しかし……俺は馬鹿正直にシーナを見つめた。女の子にちゃんと告白したことなんて……考えてもみれば一度もないな。富士見とのあの日を除いて。
シーナは真面目にやった。適当にやるのはさすがに失礼か? であればある程度はちゃんとやらないとまずいだろう。
「……」
考えろ考えろ。そこまで本気っぽくなく、それでいてふざけすぎていない感じ。
………………。よし。これしかない。
「シーナ。俺は君のその美しい髪に惹かれた。ぜひ付き合ってくれ」
「…………か、髪……にか。う、うん。それはとても光栄だな」
あ、あれ……? なんか思ったより反応が悪い気がする。
「怪奇谷……お前って奴は……」
「な、なんだよ。これでも必死に考えたんだぞ! な、何か文句あるのか?」
「ふふっ」
おや? 今背後で小さな笑い声がしたような気が……。
「……なに?」
「今、笑ったよな?」
「そう? 笑ったつもりはないけど、そう思えたならごめんなさいね」
富士見め……ものすごく優越感に浸っているな。なんだかこのまま馬鹿にされるのも悔しい。
それに俺が好きなのはシーナではなく、他の誰でもない富士見だ。例えどんな理由があろうとも、どんな状況だったとしても。俺は――。
俺は富士見の元に距離を詰め、勢いよく彼女の両肩を掴んだ。彼女の顔が目と鼻の先まで近くにある。呼吸音が響く。それは俺のものでもあるし、彼女のものでもある。
そんな彼女を近くで感じる。そのすぐそばで、俺は口を開いた。
「俺は富士見姫蓮が――」
瞬間、俺は言葉を続けることが出来なかった。
どうしても、どうしても。俺はその先の言葉を伝えることが出来なかった。




