悪魔編・偽その10
俺の背後には意外な人物が立っていた。
音夜斎賀。富士見のことを恨んでおり、怨霊と共にこの街を危機に陥れた人物。
俺は初めてこの男を見た時、感じたことがある。
絶対にこの男とは相入れないだろうと。
何故だか理由ははっきりとわからない。だけど本能なのかなんなのかはわからないが、俺はそう感じてしまった。富士見に向けたあの視線、言葉。それだけで俺はこの男を敵だと認識していた。
「お前……なんでここに……いや、それよりも」
音夜の体は酷く傷ついていた。まるで全身を何か刃物のようなもので引き裂かれたかのように。
「はっ……この傷が気になるか? 全くもって無様なもんだ。この俺ともあろうものが……こんな……」
まだ体が痛むのか、音夜は傷口を抑える。
「お前、何があった? わざわざそんな状態で敵である俺の前に姿を現したんだ。何か考えがあるんだろうな?」
「はぁ……わかっちゃいたが、こうも敵意剥き出しで接せられると面倒だ」
音夜は近くの壁に寄りかかり、ため息をつきながら空を見上げた。
「俺は……お前と戦うつもりはない。そもそも理由がない。今の俺にそんな余裕はないからな」
「ふざけるな。お前が富士見を攫ったんだろ? それ以外に誰がいるっていうんだ。それにお前の条件なら悪魔になる可能性だって――」
「いや、待て。コイツの言う通りだと思う。だって、今のコイツには怨霊は取り憑いていない」
俺の言葉を遮り、ヘッドホンは告げる。
「そりゃそうだろ。大除霊で幽霊はみんな消えた。だからその前にその怨霊が悪魔に変化したんだ。だから取り憑いていないのは当然だろ!」
「……はぁ。まああれだな。疑いを晴らすのがこんなに面倒なことだとは思いもしなかった」
音夜はまるで、自分ではないと告げているようだ。そんなはずはない。確かにそう思いたかった。だけど……現に今の音夜を見て、悪魔のような歪な存在にはまるで見えなかった。どこをどう見ても、ただの怪我した人間にしか。
「……何が、言いたい? お前の目的は、富士見なんじゃなかったのか?」
音夜と富士見。2人はかつてとある保護施設で共に暮らしていたらしい。そんな2人がどのように過ごしてきたのかはさっぱりわからないが、きっと関係性はよくなかったはずだ。
挙げ句の果て、音夜にいたっては両親を奪われている。どんな経緯かは知らないが、恨む理由としては筋が通っている。
「それは、もういい。そんなことはもう……いいんだよ」
その言葉は本心だった。本当にそんなことは心の底からどうでもいいと、告げていた。あれほど執着していた思いを、あっさり捨てたのだ。一体、何があったと言うんだ??
「お前は……富士見を、助けたくはないのか? 助けたいと思うのなら……協力しろ」
「なっ――」
富士見を助けるだと? 音夜の口からそんなあり得ないようなセリフが飛び出した。まるでわけがわからない。一体どういう経緯があれば、この男はこうなるというのだ。
「……俺を信じないならそれでいい。だがな……そうこうしている間にも富士見に危険が迫っているのは間違いない。俺は見ての通りボロボロで使い物にもならねぇ。だから……動ける奴が必要なんだよ。確実にアイツを助けられる……そんな人間を」
まるであり得ない。俺の目の前にいる人物は本当に音夜斎賀か? 誰かが化けているのではないか? そんな思いもあった。
だけど、そんなことはもはやどうでもよかった。
富士見に危険が迫っているかもしれない。であれば、助けずにしてどうする!
「……俺はまだお前を信用し切っていない。けどわざわざお前がそんな嘘をベラベラと俺に告げる理由もない。だから……信じる」
「そうかよ。そこんところは話が早くて助かるぜ。さすがは富士見のこととなればってところか」
「それで……富士見は今どこにいる? どういう状況だ? 何に……何に襲われている!?」
「待て。順に話す」
音夜は壁から離れると、真正面に俺を見据えて告げた。
「まず始めに告げておく。敵は幽霊でもなければ妖怪でもない。ましてや……人間でもない」
それはつまり、ヘッドホンの予想通りで――
「悪魔になりかけの存在……か」
「あぁ? お前そこまで掴んでんのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「アタシが助言したんだ。多分この街に潜んでいる存在は、悪魔になりかけの出来損ないだってな」
音夜は一瞬だけニヤリと笑った。
「ハハっ……そういやお前には優秀な助手が憑いてるんだったな」
「助手だと!? アタシはパートナーだっ!」
そういや音夜はヘッドホンのことについてはあまり触れていないな。思えば以前、音夜の前でヘッドホンは喋っていたような気もする。だからかあまり気にしていないのか。
「まあいい。悪魔ってとこまでは掴んでるなら話は早い。だが、それが誰なのか。お前たちは知っているか??」
悪魔。それが誰なのか。それはつまり、悪魔の名前を指しているのか? あるいは、ヘッドホンが告げたように……人間から変化した悪魔のことを指すのならば――
「……知らない」
そう、知らない。俺はその悪魔を知らない。
だけど、何故だろう。この時不思議と、思ってしまった。
音夜を追っていた彼女は、何故今の今まで姿を見せなかったのか。
「そうか。ならば教えてやる」
彼女は何故、姿を消したのか。そんな疑問が渦巻いた。
そして思い出す。地縛霊と動物霊。彼らが脅威に感じていた存在。それは俺の知っている人だった。
忘れたかった。記憶から消したかった。きっと何かの間違いだと。そう思いたかった。
そう。だから本当は、なんとなく。心の奥底で理解していた。理解してはいけなくても、なんとなく。
「その悪魔はお前のよく知る女」
ずっと、ずっと。理解しないようにしていたんだ。俺は、あなたのことを敵だと思いたくなかった。
だから、ずっと。嘘であってほしいと願っていたんだ。
「除霊師の弟子……確か名前は……なんだったか?」
除霊師。それは俺の父、怪奇谷東吾である。その弟子となれば、たった1人しか存在しない。
いつも楽しく明るく振る舞い、どこか胡散臭いけど頼れる先輩。そんな彼女の、人間の名は――
「安堂風香。それがあの人の……俺の先輩の名前だ」
全て、夢であってほしい。非現実であってほしい。そう願いたかった。だけどそれは、叶わぬ願いだった。




