悪魔編・偽その8
安堂風香。彼女は本当に今を楽しんでいた。その表情はいつものように笑顔だった。だけどその笑顔を見ても、私は不快になるだけだった。
「あなたが……冬峰さんをこの世界に呼び戻し……利用しようとした」
冬峰さんは後1歩のところで現実世界に戻ってしまいそうな状態だったという。風香さんが何かしなくても彼女はいずれここにやってきていた。それは私もそう思う。
だけど……風香さんの目的が、冬峰さんを利用しようとしていたなら話は変わってくる。
「そーだよー。紅羽ちゃんはサブプラン。私の中でも上位に来るぐらいには重要な存在だったよ。だから本当に最期の瞬間に立ち会えなくて残念なんだ」
風香さんは残念そうに呟いた。冬峰さんがいなくなったことを本気で悲しんでいる。
「冬峰さんが……一体どんな想いで今まで過ごしてきたと思ってるんですか!? あなたのことも慕っていた。きっとこんなこと知ったら……あの人は酷く悲しむ。なんで……なんでそんなことを……」
冬峰さんは風香さんのことを本当に慕っていた。だけどもしも、自分が利用されるためにこの世界に呼び出されたことを知ったら……彼女は一体、何を思うのだろうか?
「しょうがないでしょー。悪魔になるためには色々な条件が重なるんだから。その上で重要なのは霊力の高さ、それからイレギュラーな存在。紅羽ちゃんもその1つに当てはまっただけにすぎないよ」
風香さんは淡々と、事実を告げているだけのように言葉を繋いでいく。
「それに、私が呼び出さなきゃ紅羽ちゃんはみんなと出会えなかったでしょ? きっと私には感謝してると思うよ?」
全く悪びれることなく、告げた。彼女は本当に悪いことをしたと思っていないんだ。
「……もう、いいです。あなたが最低な人だったと理解できただけでもう十分です」
「えー? なんでそんなこと言うかなぁ。私はただ私のやりたいことをしただけなんだけどな。魁斗君と同じだよ。わかる? 姫蓮ちゃん。私と魁斗君は同じなんだよ」
その言葉に心底腹が立った。私は自分でもわかるぐらいに、酷く睨みつけた。
「同じ? あなたと怪奇谷君が? はは、何をバカなことを。彼はもっとまともです。少なくともあなたとは違う」
「違くないよ」
しかし風香さんは私の言葉を遮る。
「魁斗君は私と同じだよ。だってそうでしょ? まともな人間が、悪魔を助けようとしたりするはずがないって」
予想外の言葉に思わず息を呑む。何故……何故風香さんがそのことを知っているの??
「……あれぇ? もしかして姫蓮ちゃんは知らなかった? まあそれもそうかぁ! このことを知ってる人は数少ないからねぇ!! 姫蓮ちゃんが知るはずもないか!!」
私はそのことを知っている。だけどそれは言わない約束だ。彼と……彼女を守るためにも。
「……それで? だからなんだっていうんですか。怪奇谷君が悪魔を助けようが、そんなことはどうでもいい。あなたがやってきたことの方が許されない」
「どうでもいい? いや、そんなことはないよ姫蓮ちゃん。わかる? 悪魔だよ。悪魔。この世界に存在することを許されない存在だよ? それを助けようとした魁斗君こそ、許されない人なんじゃない? 忘れたの? エクソシストの使命を」
悪魔を召喚した人間は殺さなければならない。何故なら悪魔と関わった人間は100%罪を犯すからだ。と、富士見祐也は言っていた。
確かに怪奇谷君は悪魔リリスと契約をした。召喚したわけではないけど、悪魔と契約した行為自体が許されるはずもない。だけどそれは……彼女を助けるため。自身の欲望を満たすためではなく――
でも……彼はリリスを助けたいから助けた。自分のやりたいことをやっただけだと、そう告げていた。それは言い換えれば、助けたいという欲望を満たしたということとも言える。
私は怪奇谷君の行動を尊重する。だけど、それが世間一般で通用するかどうかと問われれば……
「もしもこのことを師匠が知ったら……姫蓮ちゃんのご両親に知られたら……果たして、魁斗君は許されるのでしょうか?」
不適な笑みを浮かべる風香さん。何故彼女がそのことを知っているのか。それはわからないけど、絶対にその事実をみんなに知られるわけにはいかない。
「もしもあなたがそんなことをしようと言うのなら……私はあなたを殺してでも止めてみせる。絶対に」
私の中で憎悪が渦巻く。人に対して鬱陶しいとか悪意を感じたことは多々あったけど、ここまで人に対して殺意を抱いたのは初めてかもしれない。
「いい顔だね姫蓮ちゃん。そういう顔した姫蓮ちゃんを今から歪ませられるって思うと本当に興奮してきちゃった!!」
風香さんは私の頬を両手でしっかりと掴んだ。その瞳がはっきりと私の目に映る。
「怪奇谷君を殺す……そうすれば私を壊せると、そう思ってるんですね?」
「思ってるよ。ああ、早く殺したい!! だけどちゃーんと人間のルールは守らなきゃ。悪魔になるその瞬間まで……ああもうもどかしいな!!」
彼女の髪の毛……凶器の形に変形したソレは、彼女の感情に釣られて動いているのか、激しく暴れ回っていた。
「無駄に堅苦しいですね。こんな馬鹿げたことするぐらいなのに、人間のルールはちゃんと守るなんて」
「当たり前でしょ!? 私は人間として生まれた。その時点で私の願いは叶わなかった……だけど今は違う! 悪魔になれば人間のルールは適応されない! 生き物を……人を……大好きな人を殺せる!! それだけでもう私は大満足なんだよ!!」
生き物を殺す。安堂風香が密かに持っていた願い、野望。それを実行するためには、人間を捨てる必要があった。だから彼女は選んだんだ。悪魔になる道を。




