悪魔編・偽その4
富士見が帰っていない。それはつまり、大除霊のあの日。カレーパンを買いに行くと言って別れたあの日から、富士見は家に帰っていないこととなる。
巻き込まれたのか? 一体何に? どんなトラブルに巻き込まれた? 富士見は無事なのか? そんな感情が頭の中でグルグルし始めた。
「もしかしたら姫蓮は……ここにいるんじゃないかって……そうも期待していたの」
姫奈さんはわかりやすく暗い表情を浮かべる。誰だって自分の娘が帰ってこなければ心配はする。
「魁斗君はさっき、東吾さんからメールが来ていたから大丈夫かもしれない。そう言ったよね? 私もそう信じたい。だけどね、姫蓮からも実はメールが来ているの」
父さんが帰ってこない理由。それは何か事情があって帰れないのではないか、というのが俺の考えだった。だからあんなやっつけなメールを送って来たんだと。そう思っていた。
「姫蓮からはこう来ていた。『友達の家に遊びに行ってくる。いつ帰れるかはわからない』とだけ」
その文章……確かにおかしい。まず富士見に友達は少ない。悪い意味でなくだ。
それにあんな家族を慕っている富士見が、そんな適当な感じで泊まりに出掛けるだろうか? 理由があるならちゃんと説明するはずだ。
「姫蓮は確かに最近お友達が増えた。それでも泊まりに行くようなことは……前に何回かあったけど、滅多にあることではなかった」
俺の知る限りでは……ポルターガイスト事件の時に奏軸家に泊まったことがあった。
後は1度俺の家に泊まりに来たことがあったな。あれは確か……シーナがウチに泊まるか否かで、なんやかんやあって富士見と智奈も泊まることになったんだったな。
直近でいえば、動物霊との戦いの時も富士見は智奈たちと共に旅館に泊まっていたな。
他にはパッと思い浮かばないが……そういえば、万邦猛気と争った時に毒を盛られて、あの人の家に――
「それに……やっぱり1番おかしいのは……文章」
姫奈さんは俺に過去のメールを見せてきた。表示されていたのは富士見とのやりとりだった。どれも細かく説明されていた。
例えばとある日の予定。そのメールにはこう書かれていた。
『姫蓮です。今日は怪奇谷君、シーナさん、天理、土津具君と肝試しをして来ます。帰りの時間は何事もなければ、22時前後の予定です。帰宅次第家事を手伝います。よろしくお願い致します』
いつかの肝試しをした時の予定が丁寧に説明されていた。あいつは母親相手ならここまで丁寧に説明するのか。やりすぎな気もするが……
「あの姫蓮が……普段からこんなメールを送ってくるあの子が……こんな、大雑把なメールを送ってくるとは考えられない」
普段と違うメール。そして帰ってこない2人。それぞれに共通しているのはメールだった。
なぜ2人は戻らずにメールだけ送られて来たのか? そんな疑問に、1つの回答が浮かんでくる。
「誰かが……別の誰かがメールをした」
思わず呟いていた。それ以外に考えられなかった。
2人はそれぞれ、何かに巻き込まれた。そしてその中で別の人物に携帯を奪われてしまったのではないか? それならばメールが届くのに、帰ってこない理由には繋がる。
「そう。姫蓮も……東吾さんも、もしかしたら誰に囚われてるのかもしれない。それこそ……例の霊力が高い謎の存在に」
可能性はある。こんな偶然は滅多にないだろう。2人は何者かに囚われている。あるいは致命的なダメージを負い、とても帰宅できる状態ではない。それらの可能性が大いにあるだろう。
「……俺、2人を探します」
俺は急いで上着を羽織った。近くにコートを置いてあってよかった。
「ま、待って!! 闇雲に探しても時間がかかるだけよ! 今結界の範囲を広めて……」
「その間に2人に何かあったらどうするんですか!? 富士見にはまだ不死身の力は残っている。だとしても……それでもアイツは……アイツはただの……」
俺がやろうとしているのはただ無策なことだ。2人を探す方法なんてないし、力もない。
だけどそれで黙って家に籠ってろと? 冗談じゃない。俺はなんとしても探す。どれだけ地道な作業でも。俺は探してみせる。
「…………魁斗君。あなたそこまで……」
姫奈さんは何を思ったのか、懐からとある物を渡してきた。
「……これは?」
「見てわからない? コンパスよ。ただし、これは普通のコンパスではないわ。いわゆる、霊力を測れるコンパスよ」
霊力を測れるコンパス、だって? そんな物が存在しているのか??
「といってもこれが感知出来るのは大したものじゃないし、正確でもないの。ちょっとした異常をキャッチ出来るだけ。だからあまりあてにはならないかも。だけど無いよりはましだと思う……」
俺は手に持つコンパスに目を向ける。どこをどう見ても普通のコンパスだ。だがよく見ると、針が1本ではなく2本付いていた。そのもう1本の針はビクともせずに停止していた。
「近くに異常な霊力……今はいないけど例えば幽霊。幽霊がいればこの2本目の針が方向を示してくれる。でも……何度も言うけどこれは正確じゃない。だからあまりあてには……」
「姫奈さん。ありがとうございます」
俺は彼女の言葉を遮って礼を言った。
「俺……2人を……いや、4人を見つけます。だから……安心して準備を進めていてください。お願いします」
姫奈さんも姫奈さんなりにみんなを探すだろう。きっと春彦さんも同じだ。
だから俺には俺に出来ることをする。例えそれが無謀な策でも。やらずにはいられない。
「ええ。あなたになら……あの子を任せられる。だから、お願いします」
姫奈さんはその場で深く頭を下げた。俺が見つけられる根拠なんて何もない。だけど彼女は信じてくれた。ならばその期待に応えよう。
俺は家を飛び出した。みんなを探し出すために。この幽霊のいない街を駆け巡る。
「すまねぇなヘッドホン! 結局こんなことになっちまって」
のんびり街を歩こうと思っていた矢先にこれだ。結局この街にいる限り、退屈でつまらない生活は送れないのだろう。
「…………」
ヘッドホンは答えない。ただ黙って俺を見守っていた。
何故彼女は黙っていたのか。その真意は、俺には理解できなかった。




