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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
悪魔編・偽

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悪魔編・偽その1

 いつもと同じ日。なんにも変わらない毎日。そんな生活をずっと送ってきた。それがいて当たり前の存在だと思っていた。

 だけど、世界は変わってしまった。

 今この街、来遊市に幽霊は存在していない。

 全ての幽霊の除霊。それを行う儀式、大除霊は無事に成功した。その結果、この街に現時点で幽霊は存在していないのだ。

 何度も遭遇した幽霊。吸収した幽霊。共に過ごした幽霊。それらが全て消えたのだ。未だに実感が湧かない。


「おはよう。どうした? ボケーっとして」


 ベッドのそばから声がする。ヘッドホンはいつものように存在している。彼女だけは変わらずに俺のそばにいてくれる。それだけは唯一の救いでもあった。


「いや……なんていうか……未だに実感が湧かなくてな」


 思わず呟いていた。別にそんなことを告げるつもりはなかった。大体今日は12月30日。大除霊が行われた25日のクリスマスから5日も経っているのだ。そろそろ慣れてもいい頃だろうに。


「ったく……アンタ、こっちを見ろ。ここに超可愛いアタシがいるだろ!? それだけで十分だろ!」


 ヘッドホンはカタカタと体を揺らす。ヘッドホンなりに俺を気遣ってくれてるんだろう。


「超可愛い、ね。ま、そういうことにしておくよ」


「なんだその反応は? このアタシが全身全霊を持って慰めてやっているというのに!!」


「はいはい。ありがとよ」


 実際に少しは元気が出た。ヘッドホンだけは変わらない。その事実だけでも本当に救われているんだ。

 俺はそんなヘッドホンをいつものように首に着け、リビングへと向かった。


「アンタの父ちゃん。まだ帰ってきてないのか」


 ヘッドホンが告げた通りだ。俺はしばらく父さんの姿を見ていない。最後に会ったのは24日、大除霊の準備をしていた時だ。その後は瀬柿神社近くのホテルに泊まっていると連絡が来ていた。それだけならなんの疑問も抱かないのだが……


「そうみたいだな。とりあえず今日の朝飯は何にすっかな」


 大除霊が無事に成功し、みんなと別れた後に父さんから再びメールが届いた。


『大除霊の後始末にしばらく時間がかかる。帰るのは数日後になるかもしれない』


 とのことだった。大除霊の後始末ってなんだ? そうも思ったが、俺には到底わからないことだろう。きっと準備を進めていた父さんや他の専門家じゃなければ知る由もないだろう。


「そうだな〜。アタシは納豆の気分だ!」


「納豆か。まあたまにはいいな」


 昔にもこうして数日家を空けることだって何度もあった。その時は何をしているのかさっぱり知らなかったが、今となってはそれも理解できる。それは除霊師として仕事をしていた。それなら全て納得が出来るのだ。


「ああ〜、アタシにも口があればなぁ。その美味そうなメシが食えるのに」


「悪いな。これは人間の特権さ」


「クソ!! せめて匂いだけでも楽しんで……いや、納豆は……臭いな」


「……ヘッドホンって嗅覚あるのか?」


 とにかく父さんはしばらく帰ってこないだろう。俺はただ1人、この家で過ごす。何も起こらない。ただ普通で、何もないよくある毎日を過ごすだけだ。

 12月30日。今年もあっという間に終わりを迎えようとしていた。

 思えば今年は俺にとって激動の人生だったと言えるだろう。

 4月。とある銀髪の悪魔と出会い、俺自身に秘められた力を解放させた。幽霊の存在を知り、さらにはその悪魔と契約を交わしたりもした。

 7月。不死身の女こと富士見姫蓮と出会った。出会った瞬間『私を殺してくれませんか?』などぶっ飛んだことを言ってきた人物だ。

 彼女は本当に不思議な人物だった。それでいて彼女の瞳には、目を惹かれるものがあった。不死身の幽霊のことを解決することは出来なかったが、結果として彼女と共に過ごすことにあった。

 その後なんやかんやあり、幽霊相談所を立ち上げることになった。その過程で出会ったのが生田智奈だ。

 智奈は俺のことを昔から好きだったらしい。俺も彼女のことは好きだが、あくまで1人の後輩としてだ。それに俺には自身に課せられた罰がある。そのせいで智奈を苦しめたのは言うまでもないだろう。

 そして幽霊相談所を立ち上げてから最初に出会った相談者。それが冬峰紅羽だ。

 その正体は自身が死んだことに気づいていない幽霊、浮遊霊だった。俺は幽霊の吸収を拒み、彼女をこの世に残すことを選んだ。その結果彼女を苦しめることになったが、それと同時に大切な思い出もたくさん作れた。

 そんな彼女はもうこの世にはいない。きっと今頃、昔のようにあの神社で弟とともに遊んでいるのだろう。

 7月の下旬に近づくと、俺はとある再会を果たした。離れ離れになった家族、その姉と妹。奏軸香と奏軸恵子だ。

 姉ちゃんは昔と変わらず、それでいてしっかりと大人になっていた。大切な約束も忘れることなく、俺のことをずっと想ってくれていた。

 その優しさにつけ込まれて、ポルターガイストを引き起こす幽霊、騒霊に取り憑かれてしまった。だけど姉ちゃんに影響され、騒霊は自ら除霊を望んだ。それだけ姉ちゃんの影響力があったと言えるだろう。

 そして俺は自分勝手な理由で、妹の恵子のことを忘れようとしていた。だけど恵子はちゃんと俺のことを覚えていた。一緒に遊んだことも、大切な約束のことも。

 そんな恵子もとある幽霊に取り憑かれてしまった。特定の土地に執着する悪霊、地縛霊だ。だけどその地縛霊も恵子の影響を受け、俺たちの手助けをした。彼にも感謝してもしきれないだろう。

 月は変わり、8月。俺は今まで見たことのない、あり得ない存在と出会うこととなる。

 見えない何かと会話している人物。その人物とは、俺の通う場芳賀高校に所属している非常勤講師兼アイドルのドラコである同志辰巳だった。

 それだけでも意味不明な情報量だが、それ以上に驚いたのはとある2人の幽霊だった。同志先生に取り憑く2人の幽霊、通称ボクとオジサン。彼らは本来見ることの出来ない高級霊、指導霊だった。そんなあり得ない存在と出会うことで、俺はこの街の異常性を改めて理解した。

 そして9月。かつて俺と争った謎の組織、神魔会。その神魔会のメンバーであるシーナ・ミステリが俺の前に現れた。

 彼女は俺と同じように特殊能力を持っており、さらには付喪神も一緒だった。似たような状況である俺のことを知りたいと接近してきたシーナは少し変わった……いやだいぶ変わったやつだった。だけど俺はそんな変わったシーナでも好きでいられると思う。

 それからというものも、俺の生活は激変したと言ってもいいだろう。

 冬峰を探し出すために神隠しに自らあったりした。

 来遊市を危機に陥れようとする怨霊たちと戦った。

 根井九を助けに行こうとしていたらいつの間にか富士見と仲直りしていたな。

 かつての敵だった万邦夜美奈の願いを聞いた。

 2人の指導霊とも別れることとなった。

 友人の土津具剛に取り憑く動物霊ともぶつかった。

 そして12月25日。全ての幽霊を除霊するために、大除霊を行なった。

 騒霊、地縛霊、怨霊、生霊、動物霊。そして、浮遊霊。関わった全ての幽霊が成仏された。

 そんな生活が、人生がこの1年間だった。気づけば当たり前になっていた生活。出会いも全て今年のことだ。

 そんな今年も、もうすぐに終わろうとしている。あっという間だった。その感覚に妙な感情を覚える。


「来年は……どんな年になるかな」


 ポツリと呟いていた。


「また……新しい出会いが、出来事があるのか? 何が……何が起きるんだろうな?」


 あまりに激動だった今年。そのしわ寄せで来年は何もないかもしれない。それは俺が恐る……何もない退屈でつまらない日々に戻ってしまうのではないか、という不安だった。

 当然、怨霊のような出来事は起きない方がいいに決まってる。だけど……それでもこの日常が当たり前だと認識してしまった俺は、何もない……幽霊のいない世界に満足が出来るのだろうか?


「さあね。ただこれだけは言える。出会いがあるなら別れもある。ってことはさ、別れもあるなら出会いもあるってことじゃない?」


 出会いがあるなら別れもある。

 別れもあるなら出会いもある。


「アンタは今年色々な人間、幽霊と出会った。そして、別れた。なら次は出会う番だ。きっと、アンタは素敵なものに出会えるだろうよ」


 ヘッドホンの声は、どことなく静かなものだった。まるで、いつか聞いた銀髪の悪魔のような声で。


「…………ふっ、なんだよ。お前らしくないな。そんなこと言うなんて」


「なっ!? なにぃ!! アンタこのアタシがせっかく良いこと言ってるんだぞ!!」


「はいはい、ありがとよ」


 俺は首にあるヘッドホンをポンポンと軽く叩いた。でも実際に感謝している。ヘッドホンの言う通りだよな。これから先何があるかなんてわからない。そんなこと、誰にもわからないんだ。ただ大人しくその時を待つ。それが今の俺に出来る精一杯のことなんだ。


「まあしっかし……確かに幽霊がいなくなったおかげ……というかせいで幽霊相談所に顔出す機会がなくなっちまったのは事実だよな。アンタ、あれから誰にも会ってないもんな」


 あれから、というのは大除霊の日を指す。あの日は冬峰を見送るために多くの人が集まった。当然学校も冬休みなので、それ以降人と関わる機会を失ってしまった。


「アンタ、このままだとふたりぼっちで年を越すことになるぞ? いいのか?」


 ちゃんとヘッドホン(自分)を入れているのは流石だな。だがしかし彼女の言う通りでもある。俺はこのままだと、人間としては1人で年を越すこととなる。別に気にすることでもないとは思う。思うのだが……


「そう、だな……」


 何故か心の中に妙なモヤがかかっている気がした。俺は今、何を考えたのだろうか?

 この激動の1年。その最後を1人ではなく、誰かと過ごしたいと思ったのだろうか?

 だとすれば俺は――

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