不死身編その3
俺は彼女を実家へと連れてきた。しかし想定外の事件が起きる。
「お、魁斗じゃないか? 隣にいるのは……なんだ、彼女か⁉︎」
父親がいた。めんどくさいことになりそうだ。
「初めまして、こんばんは。わたくし、怪奇谷君と同じ学校に通っています富士見姫蓮と申します。怪奇谷君が『今日は親、いないからうちに来いよ』と素敵に誘ってくださいましたので……」
「おお、やるな! 魁斗! おっと失礼。名乗られたら名乗らねばな! 俺は怪奇谷東吾と言う。妻とは離婚して今は別居中だ! 子供は3人! と、いっても一緒に暮らしているのは魁斗だけだ! よろしく!」
「…………」
今の会話の一瞬だけで虚言どころか、家庭事情がほとんど露わになってしまうというのはどうなんだろうか。
「アンタ、大変なのね。アタシはアンタの味方よ」
首元から素晴らしいお言葉を頂いたところで敵に質問する。
「父さんなにしてんだよ。仕事じゃなかったのか?」
「なんだ俺は邪魔か! そうだよなー、せっかく彼女を連れてきたんだもんな! だが安心しろ。俺はもうすぐ出るからな!」
「彼女じゃないけどな。出るって、なんか用事か?」
「ああ、まあそうだな。ちょっと家庭のために戦いに行くところってとこだ!」
「そうかよ。もう戻ってこなくていいぞ」
「ひどいな! それが父親に対して放つ言葉か!」
「そうね。さすがに今のは失礼なんじゃないかしらね」
こいつっ! あとで覚えておけ!
「アタシは、味方だからな」
そんなこんなで父は言いたいことだけ言って去って行った。
そしてそれから数分後の出来事。
「さて、本題に入るか」
「いや待ちなさいよ」
あれから色々やりとりをした後、ようやくウチへと入ることができた。俺と父親、2人暮らしにしてはいい家に住んでいると思っている。部屋も無駄に多いのだが、それは別居してる姉妹がこっちに来た時用の部屋らしい。
「ああ、そうだな。本題の前に1つ。なに彼女ヅラしてんだよ! まだ初対面だっていってんだろ!」
と、罵声を浴びせながら俺は2人分のコーヒーを淹れる。
「あれは仕方ないのよ。あなたのお父さんを追い出すための作戦なんだから。むしろ私に感謝して欲しいぐらい」
「そ、う、か、よ! 大体父さんいないって言ったのそっちだろ」
「いやいや、自分の家庭事情を他人に押し付けられても」
「勝手に把握しといてそれはないだろ‼︎」
コーヒーはブラックしかなかったのでブラックでいいだろう。
「ありがとう」
彼女はコーヒーを受け取り飲み始めた。すると何故か怪訝な顔をする。
「なんだ? もしかして苦いのダメか?」
「え、いや、私といったら普通に微糖かと思ってたんだけどね」
「なんだよそれ! 私といったらってそんなの知るかい!」
とか言いつつ俺は砂糖を探しに入る。すると彼女は懐から瓶に入った砂糖を取り出した。
「いや、なにそれ」
「マイ砂糖」
ドヤ顔で言われた。そこはマイシュガーだろ。
「うん。やっぱりこの甘さよね。あんなにっがいもの飲めるわけないもの」
「一応確認しておくけどさ。俺のこと嫌いなの?」
「嫌い、と言ったらどうするの? 追い出す?」
……ッ! なぜそこで上目遣いでこっちを見つめる! よく見るとこいつ結構可愛い顔してるな……
「おい! なに顔赤くしてんだよ! アンタにはアタシがいるだろう? こんなに可愛いヘッドホン世界のどこを探しても見つからないぞ?」
「はっ……! あぶねー。助かったぞヘッドホン。あとでいっぱい撫でてやる」
「目の前でイチャつくのは構わないけど、そろそろ本題に入らない?」
この切り替えの早さはなんだ? 嫌がらせか?
「えっと、知ってるとは思うけど一応。俺は怪奇谷魁斗だ。怪奇現象の怪奇に……」
「あーいいいい。知ってるから。そんなことより私の自己紹介を聞くべきじゃない?」
ほんとにこの女、俺のことなんだと思っているのだろう。
「私は富士見姫蓮よ。苗字は富士山の富士に見るの見。名前は姫に蓮華の蓮で姫蓮よ。どうかしら? 私の解説?」
「え? いやどうかしらって……そりゃわかりやすい解説ですね」
「適当ね。あなた私のこと嫌いなの?」
「それはこっちのセリフなんだがな」
まあそんなことはどうでもいいのだ。やっと本題に入れる。
「で? お前が不死身の女でいいのか?」
「訂正しなさい」
「は?」
不死身の女と呼ばれるのが嫌だったのだろうか。凄まじい殺気を漂わせ、こちらを睨んでくる。今にも殺してきそうな表情で。
「ま、待て! 話し合おう!」
「私は……お前じゃない!」
「ん?」
なんだ? 何か俺は勘違いをしていたのか?
「さっき自己紹介したでしょ? 私には富士見姫蓮というれっきとした名前があるのよ? なのにお前だなんて。ひどい人なのね」
「あー……」
まあ、これは俺が悪いだろう。確かに自己紹介したのにお前など言われていい気分はしないな。と同時にホッとした。
「すまん。謝ろう。えっと……じゃあ富士見。富士見は不死身の女で間違いないんだな?」
「あなた謝れるのね。ええそう。私がその噂の不死身の女とかいうのね」
「……まあ聞き流すとしてだ。てことはやっぱり富士見は不死身なのか?」
「なにそれ。富士見は不死身? ギャグのつもりなの? 全然笑えないわね」
話が進まないな。ほんとに相談する気があるのか?
「まああなたの言う通りってところかしらね。私は不死身よ」
不死身。さらっと口にしているが本当に不可思議な現象である。いくら非常識に慣れたとはいえ、さすがにこんな事例は初めてだ。
「なに? もしかして疑ってる?」
考え込んで黙っていたらあらぬ誤解を生んでしまったようだ。いや、ある意味疑っていたのかもしれない。
「い、いや違う。考え事を……」
「証拠、見せてあげようか?」
次の瞬間、富士見はポケットからカッターナイフと取り出しそのまま。
「お、おい!」
自らの腕に垂直で差し込んだ。しかし、血が出てこない。富士見はゆっくりとカッターナイフを抜き取る。すると傷がじわじわと回復していった。
「どう? これでわかったでしょ?」
確かにこれは普通じゃない。不死身の説明になるかもしれない。それは理解できる。
だけどなぜだかわからないが、今の行動にはとても腹が立った。
「次からはもうそういうことはするな。したら絶対許さない」
「……」
富士見は不思議そうな目線でこちらを見つめる。……沈黙が続く。先ほどまでの明るい雰囲気は一瞬でなくなった。少しだけ気まずい。
「全く。いつまでだんまりを決め込む気だ。アンタらを見てるアタシの気にもなりな」
ヘッドホンが空気を読んだのか、声をあげた。
「すまん。ただ、いくら不死身とはいえ自分の体をもっと大事にしろ」
「ふう……そうね。さすがにショッキングなシーンだったわね。これからは気をつける」
ただ彼女のありえない行動、それによって富士見が本当に不死身ということがわかった。後はそうなった経緯だ。それを知る必要がある。
「じゃあ富士見。どうしてそうなったのか、原因とか理由がわかるなら教えてくれ」
「いいけれど、私からも1つだけお願いがあるんだけど構わない?」
「なんだ?」
「まず、あなたの……あなた達の話を聞かせて欲しいの。疑っているわけではないんだけど、本当に頼っていいのかを知りたくて……失礼なことを言ってるのはわかってる。それでも先にそれを聞かせて欲しいの」
富士見は担任から俺の話を聞いていただけに過ぎない。そんか素性も知らない訳の分からない奴に全てを話すべきか迷うのも当然だ。
「そうだな。じゃあまずはここらで俺のことを話すとするか」
信用を得るためにも自分のことを話すべきだ。だから手始めに俺はこう切り出した。
「俺は普通の人間じゃない。幽霊を吸収することができる特別な存在。つまりはイレギュラーな存在だ」