幽霊編・成その21
時刻は午前9時50分。時間は刻一刻と迫ってきていた。大除霊を開始する時刻は10時。その時間と同時に全ての幽霊の除霊が始まるのだ。
「魁斗くん。君の中にいる幽霊も全て除霊する。そのことに間違いはないね?」
除霊師である翔列が告げる。
俺の中にいる幽霊。それはほとんどが悪霊である。だけど……それでも助けになった幽霊もいたし、きっと除霊を拒む幽霊もいる。
「ああ、間違いない」
その瞬間、ドクンと心臓の鼓動が鳴り響いた。何度も見たあの真っ暗な世界。そこにいる幽霊たちが俺に問いかける。彼らはただその世界で、何を思い、感じていたのだろうか?
『カカカ』
言葉にならない声を出す、それは騒霊。
『それでいい。たまには自分の行動を見つめ直せよ』
暗い声。それでいて力強い声を出す、それは地縛霊。
『ふざけるなよ……チッ……でも怨霊のような奴らになるよりかはマシだ。認めねーけどよ!!』
『そうだよ。恨んでも何も解決にならない。だから一緒に行こう。大丈夫。私がそばにいるから』
叫び声をあげる犬と、穏やかな声を出す、それは動物霊。
『許さない……だけど、あの子がそれを望んでいないのなら……私は成仏されることで……救われるのでしょうか……』
凍え死にそうな冷たい声を出す、それは生霊。
『富士見……富士見……』
激しい恨みを持つ存在。彼らから別れた名前のない存在が放つ悲しい声を出す、それは怨霊。
彼らは俺の中にある世界で、ただその時を待ち続ける。ずっと警告していたんだ。俺が選択を間違えないように。
「ああ、大丈夫だ。俺の中もきっちり、綺麗さっぱりにしないとな」
視界は明るい。真っ暗な世界ではない。ここは、俺の存在する世界だ。
「怪奇谷君?」
隣で富士見が不思議そうに見つめてくる。
「大丈夫だ。今度は本当に大丈夫だ」
富士見に助けてもらうこともなく、俺は自力で戻って来れた。そう、もう大丈夫だ。
「それじゃあ魁斗。私が魁斗の身体に触れるから、楽にしてるんだぞ」
と、シーナが俺の元に近寄ってきた。
「あれ? シーナさん今日は魁斗に抱きつかないの?」
突然姉ちゃんがそんなことを暴露してきた。
「何!? お、おい魁斗それはどういうことだ!?」
「剛……? なんでそこで目を見開くのかな?」
騒がしい金髪……いや、茶髪の男がいるな。そういや剛のやつ、髪型は茶髪のままなのか。
「こ、今回は魁斗の中を見る必要はないからな。あくまでただ中に触れるだけでいいんだ。それで解放出来るから」
なるほど……確かにずっとシーナに抱きつかれたままというのも恥ずかしいしな。
「それじゃあ……魁斗君、シーナさん。それから冬峰紅羽ちゃん。2人ともこっちに来てくれ」
翔列に連れられ、俺たちは神社のど真ん中に立たされた。正面に翔列が立ち、その目の前に俺、そして冬峰が並んでいた。シーナは俺の真後ろで、腕を背中に当てていた。よく見ると周りには円が描かれていた。
「これからこの街の神様から力を借りて全て幽霊の除霊……大除霊を行います。皆さんは無事に成功することをただ祈っていてください」
翔列は丁寧な口調でみんなに告げた。それと同時に時刻は10時を告げた。
まるで時が止まったかのような……そんな時間が始まった。
翔列は何やら呪文のような言葉を告げている。きっと、それぞれの神社でも同じことが起きているはずだ。
それと同時に描かれていた円が輝き始めた。光り輝く円は、俺と冬峰を囲うように輝いていた。
「あっ、ねえ見て!」
恵子が外に目を向けていた。つられて見ると、神社の外で半透明な何かが消えていく様子が映っていた。
あれはきっとこの地に彷徨う幽霊たちだ。今この瞬間、この街に存在する幽霊たちは一斉に成仏を始めているのだ。
「…………」
シーナの手のひらを背中で感じる。その瞬間だった。俺の体からブワッと大量の霊力が溢れ出ていくのを感じた。幽霊としての形を保てないものは霊力となって消えていくのだろう。
そんな中、いくつか目に入る存在があった。
「キキキ」
複数の幽霊。その中でもたった1匹の大きな幽霊。その幽霊は何やら姉ちゃんに挨拶をしていたようだ。
「ふふふ。騒霊さん。あの時はありがとうね」
姉ちゃんは笑って答えた。彼らも姉ちゃんに影響を受けた存在だ。きっと姉ちゃんのことをよく想っていたに違いない。
「じゃあな。しっかりと自分の気持ちに向き合えよ」
男の姿をしたとある幽霊。彼は恵子に視線を向けていた。
「地縛霊……言われなくてもわかってるよ。ありがとう」
ポツリと恵子は呟く。さよなら、地縛霊。お前のおかげで俺たちは大切な思い出を取り戻せた。ありがとう。
「おい! しっかり強くなれよ!!」
犬の姿をした幽霊。その犬をなだめる1人の少女。2人はまっすぐと茶髪の男を見つめていた。
「ベロス……あったりまえだ」
剛は呟く。ベロス……犬のツヨシ。そして藍馬遥香。2人がいなくてももう剛は大丈夫だ。彼の周りには大切な仲間たちがいるのだから。
「……私なんかに支配されないように、しっかりすることね」
半透明な塊、それでいて誰かに似た姿にも見えた存在は、ただ1人の少女を見つめていた。
「私は……大丈夫です」
智奈の意思は強い。俺には何も言えないが、彼女ならこれから先何があっても乗り越えていけると思う。
「富士見……ふじ、み……ふ……」
真っ黒な塊。何者でもない存在。ただ残された悲しき存在。
「さようなら。私はあなたたちを忘れることなく生きていく」
富士見はずっと恨まれていただろう。それも富士見姫蓮は受け入れる。それが、超絶美少女である富士見姫蓮なのだから。
「…………」
俺の中から幽霊が消えていく。全ての幽霊が消えていく。これで全てが終わるのだ。
「…………」
この街に残された幽霊。それは守護霊や付喪神を除けば、その存在はたった1人だけになっていた。
「私、最期にみんなに伝えたいことがあるんです」
最期に残された少女は、輝く瞳をみんなに向けた。




