幽霊編・成その19
12月25日。世間一般でいうクリスマスというイベントがある日だ。街中はイルミネーションでいっぱいになっており、いかにもクリスマスムードな状態だった。
きっと今日という日を俺は忘れることはないだろう。それはこれから先もずっと、ずっとだ。
「冬峰……?」
目を覚ますと隣で寝ていたはずの冬峰の姿がない。あって当然の存在が、隣にはいないのだ。
「お、おい……」
俺は急いでヘッドホンを掴み、階段を駆け降りた。
「お、おいちょっとアンタ痛いって!?」
そんな……もう冬峰は消えてしまったのか? そんな……そんなことあるもんか。あいつは……昨日はまだ存在していたのに。なんで……そんな急に……
「あっ、魁斗お兄さん! おはようございます!」
しかし、リビングに入るとそこには1人の少女の姿があった。
「冬峰……」
「ふふふ。あっ、今日は私が朝食作ったんですよー。昨日のお礼です!」
冬峰はニンマリと笑って答えた。テーブルに目を向けると、そこには目玉焼きとサンドイッチが置いてあった。
「冬峰が……作ったのか?」
「ええ! 味は保証しませんけど……幽霊が作った料理なんて滅多に食べれる機会ないですよ! 貴重な体験ですねぇー」
と、冬峰に背中を押されて椅子に座らされてしまう。
「ほら、早く食べましょう」
正面に冬峰は座った。ただその明るい瞳でじっとこちらを見つめる。
「ああ……」
俺は目の前に置かれているサンドイッチに手をつけた。
「それじゃあ……いただきます!」
「いただき、ます」
俺と冬峰は同時にサンドイッチを頬張った。お世辞にもとても美味しいとは言えない味だった。きっと料理し慣れていないというのもあるのだろう。
それでも……それでもこの味は、俺にとって一生忘れられないものとなった。
何故だかわからない。多分コンビニで売っているサンドイッチの方が美味しい。だけど、この味は……今しか食べれない特別な味なんだ。そう思うと、酷く胸が締め付けられ苦しい。
「う……あ……」
言葉が出ない。なんだ、これ。どうしちゃったんだ。
「魁斗お兄さん」
ふと、目の前に座る少女が声をかける。
「食べたら、出発しましょうね」
明るく透き通る瞳をした少女はただゆっくりと告げた。それに答えることができず、ただただ目玉焼きとサンドイッチを食べ続けた。
「ふふ」
冬峰も同じく食べ始めた。これは俺たちの最初で最期の食事。だからなんだろう。こんなにも酷く悲しい気持ちを抱いているのは。
食事を終えた俺たちは外に出ていた。目的地は決まっている。全てを終わらせる地。その地に今足を伸ばしていた。
「それでですねー、シーナさんったら自信満々に逆立ちをしてくれたんですよー! 面白い人ですよねー!」
「ああ全くだ! それでいてウォッチとかいうやかましいヤツまでセットなんだからな! アタシにはもう理解出来ない連中だよ」
「ええー? でもヘッドホンさんは同じ付喪神でしょー? 理解し合えると思うんだけどなー」
「やめい! アタシをあんなやつと一緒にするなよな? アタシの方がよっぽどすごいんだからな!」
「あはは、確かにそれは言えてるかも」
歩きながらくだらない話をする。そんな当たり前のようで当たり前じゃない日常。俺は今から……そんな場所から離れようとしていた。
「魁斗お兄さんはどう思います? ヘッドホンさんとウォッチさんのすごさ、どっちが上だと思います?」
「え……? そ、そうだな……そりゃあ……」
「…………」
これから先に向かえば、もう全てが終わる。こんなくだらない会話も出来ずに、ただ何かが欠けた日常になってしまう。
「……冬峰」
つい、足が止まってしまう。
「魁斗お兄さん?」
風が冷たい。とても、寒い。こんなの……俺はやっぱり――
「アンタ。発言するなら言葉に気をつけろよ。今度は真面目に言ってる。これは……アンタのためにもなるんだよ」
言葉が詰まる。ヘッドホンの言っていることは正しい。俺はきっと、冬峰と別れたくないんだ。だからこんなにも酷く悲しい気持ちを抱いている。この先に向かえば、全てが終わってしまう。それがきっと、嫌なんだ。
俺はきっと、まだ冬峰と居たいと思ってしまっている。
「わかってる……わかってるよ。俺だって……俺だって本当はこんなこと……言いたくない……だけど……だけど……!!」
俺は思わず後ろで立ち止まっている冬峰を抱きしめていた。
「俺はまだ冬峰と一緒にいたいんだよ!! こんな……こんな別れ方は嫌なんだ! なんで……なんでこんなことになっちゃったんだよ……せっかく仲良くなれたのに……いいヤツなのに……なんで、なんでさよならしなくちゃならないんだよ!!!!」
それはただの我儘だった。俺の身勝手な我儘だ。この街や世界のことは知っている。それでも……俺にとってはそんなことはどうでもいいと思えるぐらいに、冬峰の存在は大きくなっていた。
「冬峰……もしも一緒に……この街から出て逃げるって選択肢があれば……お前はそれを選ぶか?」
「アンタ……そんなの……」
「わかってる。そんなことすればどうなるのかなんて想像もつく。だけど……何か方法があるかもしれない。冬峰を悪魔にさせずにどうにかさせる方法が。まだこの世界には知らないことがたくさんある。きっと冬峰をどうにかする方法を知っている人がいるはずだ。そういう人たちを見つけよう。そうすれば、そうすればきっと――」
そこから先、何故か言葉が出て来なかったのを鮮明に覚えている。理由は至って単純なものだった。
目の前でうっすらと笑みを浮かべる少女が、あまりにも美しかったからだ。
「魁斗お兄さん。ダメだよ。私は、今日あの場所で、元いた世界に帰るよ」
冬峰はゆっくりと俺の体を引き剥がした。そのとても冷たい体が離れていく。
「魁斗お兄さんが私のことをそこまで想ってくれたのは素直に嬉しいよ。でもそれじゃあ……きっと魁斗お兄さんが辛いだけだよ。それに……それに、魁斗お兄さんには私意外にも大切な人がたくさんいる。その中でも特に大切に想っている人がいることを、私は知ってるよ。だから、大丈夫だよ。私がいなくても、あなたは大丈夫だから」
そんなことわかってる。俺だって……俺だって本当はこんなつもりじゃ……
「アンタ。あの犬と金髪野郎に言ったことを忘れたわけじゃないよな? 自分の発言には責任を持て。今のアンタは……あの時のアイツらと同じだぞ」
俺はただ、冬峰と一緒にいたいと思っていただけだ。それの何が悪い。そう感じていた。
だけどそれは……俺の我儘だ。やってはいけない、身勝手な我儘だ。あの時の剛や、動物霊と同じ……それでは俺だけじゃなく、冬峰自身が救われない。ただ彼女を余計に苦しめてしまう。
それで、一体誰が幸せになれるというんだ?
「確かに私はみんなとさよならをすることになる。でも……私と一緒にいた事実は無くならない。それだけでも私は十分だよ。みんなの記憶に残っているだけで……私はそれで十分幸せなんだよ?」
冬峰にとっての幸せ。それは――
「ああ、ああ。わかったよ。わかったよ冬峰。俺は……俺は本当だったら今すぐにでもお前を連れてこの街から出ていきたいさ。それが今の俺のやりたいこと……だけど」
俺は冬峰の手をしっかりと握る。行くべき場所に連れていくために。
「俺は冬峰のやりたいことを優先する。それが……冬峰にとっての幸せ、満足できることなんだからな」
自分のやりたいことを放棄してでも、冬峰を満足させてあげよう。




