幽霊編・成その13
冬峰家を一時的に後にし、俺たちは再び外へと出た。目的地は隣に佇む古びたアパート。その一部屋に用がある。
風香先輩が暮らしている部屋。椎奈さん曰く、今の時間帯なら部屋にいてもおかしくはないとのことだった。
「風香お姉さん。いるといいですね! 私も最近会えてなかったので!」
冬峰は明るく振る舞っている。だけど彼女は椎奈さんの話を聞いて、内心どう思ったのだろうか? そんな思いが俺の中に浮かんでくる。
椎奈さんは冬峰家の実の子ではない。だけど養子として引き取っている以上、れっきとした家族の一員だ。それを聞いて冬峰はどう感じたんだろうか。
「あの女か……むしろいない方がいいな」
ヘッドホンは冷たい声を出す。彼女はあまり風香先輩のことを好いていない。理由は知らないが、どうも気に食わないらしい。
「…………」
一歩前を冬峰が歩き、俺の隣には富士見が並んで歩いている。富士見は一言も発さずに黙り込んでいる。
椎奈さんが語っていた施設のこと。俺にはどうもその施設は、富士見と関係しているんじゃないかと思ってしまう。根拠や理由はないが、どうも引っかかる。何が原因なのかはわからないが、どうしても気になってしまう。
「なあ、富士見。さっき椎奈さんが言ってた――」
「怪奇谷君」
そのことについて問いただそうとした時だった。俺の言葉を遮って富士見は口を開いた。
「私とあの人が知り合いなんじゃないか? って思ってるでしょ? それは違うわ。私とあの人は知り合いなんかじゃない。全く知らない赤の他人よ。だから気にしないで」
何も言っていない。それでも俺が問いかけようとしていたことを読み取ったのか、先手で否定された。
「私とあの人は知り合いじゃないから」
と、念を押すように告げられた。
「……ああ。わかった」
富士見がそう言うならそうだと思おう。きっと触れられたくない話題なんだ。
それでも……俺の心の中ではモヤモヤが晴れなかった。何故だろうか。
いや、多分わかっていた。俺はただ、知りたかっただけなんだ。話してほしかったんだ。俺の知らない富士見のことを――
「それで? 部屋はどこだっけ?」
ヘッドホンが声を上げる。椎奈さんから伝えられた場所によると、部屋は1階の1番端、105号室だ。
「ここですねー。どうします? みんなで驚かせちゃいます??」
無邪気そうにはしゃぐ冬峰。風香先輩にしばらく会ってなかったからか、純粋に楽しみなのだろう。
そういう俺はというと……何故か不安だった。怨霊との戦い以降、1度も姿を見せていない風香先輩。メールで連絡は取れているものの、声すら聴けていない。彼女の生死を保証するものがどこにもなかった。だから不安だったんだ。
「待って。彼女が無事とは限らないんだから、私がチャイムを鳴らすわ。もしも幽霊に取り憑かれていて襲われでもしたら困るでしょ?」
そう言い富士見はドアの前に立った。
無事とは限らない。そうだ。風香先輩の身に何か起きていることだって考えられる。万が一のリスクも考えねばならない。
「風香お姉さん……何かあったかもしれない、ってことですよね?」
冬峰が不安そうに俺の顔を見上げた。
「そりゃあ何日も姿を見せなきゃさすがにな。でも安心しろ。あの人は変人だ。そうそう倒れたりはしないさ。どっかの不死身の女さんみたいな」
「あら。それは私のことかしら? ま、確かに私は倒れないわ。何せ超絶美少女の富士見姫蓮なんだから」
いつものようにドヤ顔を決める富士見。やっぱり富士見はこうでなくちゃな。
「それじゃ、鳴らすわよ」
富士見はゆっくりと部屋のインターホンを鳴らした。しかし数秒待っても返事がない。痺れを切らして2回鳴らしたが、それでも返事はない。
「何やってんだあの女は。便所にでも篭ってんのか??」
「……」
と、富士見はふとドアノブに手をかけた。いやまさか……開くわけが――
「あ、開いた……」
冬峰はポカーンと口を開けている。それは俺も同じだ。返事がないのに何故ドアが開いている? まさか本当にトイレに入ってるとかじゃないよな?
「お、おい富士見。入るのか?」
富士見はそのままドアを開けて中に進んでしまった。いくらなんでも勝手に入るのはまずいような……
「もし風香さんの身に何か起きていて、中で倒れでもしていたらどうするつもり?」
た、確かにそれはまずい。風香先輩の身の安全を確認するためにも、1度中を確認した方がいいかもしれない。
「お邪魔しまーす!」
ということで、俺たちは風香先輩の部屋に上がってしまった。古びたアパートということもあり、全体的に造りは古めだと感じた。そして部屋も狭いのだが……意外にも部屋の数は多く、リビングやキッチンだけでなく、居間が2つも用意されていた。
肝心の部屋の中だが、かなり普通の部屋だった。それでいて高校3年生らしからぬ雰囲気だった。ただテーブルとテレビがあるだけ。それ以外のものはリビングには一切置かれていなかった。
「な、なんか……おじさんの部屋みたいですね」
冬峰ですら苦笑いをしている。確かにらしくはない。いや、そもそも風香先輩らしい部屋ってなんだって話だが。
「私が眠っていた部屋はここだった。ここもただ布団が敷いてあるだけね」
リビングの隣に面する部屋を開けると、ただ布団が敷かれているだけだった。
「しっかし……あの女ここで1人暮らしか?」
考えてもみれば、風香先輩に家族はいないのだろうか? 何故こんなところで1人で暮らしているのか? 一体どこから引っ越してきたのか? 何故、父さんに弟子入りしたのだろうか?
あの人は、一体なんなんだ??
そんな、一瞬不安なことを考えた瞬間だった。胸が苦しい。冷たい……なんだ、これは? 今までの心臓の鼓動よりも激しい音が脳に響いた。
冷たく、暗い空間が目に浮かぶ。どこだ……? そして脳に響く声。
『富士見……富士見……』
違う。コレは声じゃない。意思だ。何かの意思が俺の脳に訴えてくる。
『富士見……許さない……富士見』
誰でもない恨みが脳に伝わる。コレはアイツじゃない。ただの一部。その一部が呪いを残している。そんなものが俺の中に――
「怪奇谷君!!」
何度目かわからない。だけど目の前には富士見の顔があった。
「…………」
はっきりとしたことや原因はわからないが、これだけはわかった。俺の脳に響く声。いや、存在達というべきか。その正体がなんなのかを。
「怪奇谷君? 大丈夫なの?」
富士見達に心配はかけられない。何度目かわからないが、今は目の前の課題に取り掛かろう。
「……大丈夫だ。それより、風香先輩の姿はやっぱり見えないな。留守なのかな?」
部屋の周りを見回すが、さすがにカーテンの裏とかに隠れてるなんて馬鹿げたことはないだろうし、やはり留守なんだろう。
「これはなんですかね? DVD……ですかね?」
冬峰はテーブルの上に置いてあったモノを手に取った。確かにDVDのようだ。しかしそれがなんなのかは見ただけではさっぱりだ。
「だろうな。けどそれだけテーブルの上に置きっぱなしか」
「どうします? 見ちゃいます?」
冬峰が悪そうな表情をしてニヤリと笑みを浮かべる。
「全く……あなたをそんなふうに育てた覚えはないですよ」
富士見が冬峰の頭を軽くチョップすると、DVDを奪い取ってテーブルに戻した。
「むむ。でも気になるじゃないですかー!」
確かに気にはなるが、さすがに勝手に見るのはまずいだろう。
「怪奇谷君。あなたは風香さんがいないと思っているようだけど、まだ一部屋残ってるわよ」
「え……?」
確かにスルーしていた部屋が1つだけあった。廊下、そしてトイレの正面に位置する部屋だ。そこだけまだ見ていなかった。ちなみにトイレは最初に確認したが、当然いなかった。
「ここ。もしかしたらここにいるかも」
富士見はドアの前に立ち、そしてそのドアノブに手をかける。
「ま、待て」
つい富士見の手を掴んで動きを止めてしまう。
「何?」
「い、いや……」
わからない。自分でも何故彼女の動きを止めてしまったのか理解ができない。ただなんとなく、不安だった。風香先輩の生死を気にする不安ではない。全く別の……この先ほどから抱える不安がなんなのか、まるでわからなかった。
「もしも……風香さんがこの部屋で何か起きていたとしたら……最初にそれを目にするのは私だけでいい。私は不死身だから。何があっても死にはしない」
それは……最初に見る理由にはならない。それでも富士見の意思は固いようだ。
「そういうことなら私も大丈夫ですよ。だってもう死んでますし」
「ふ、ふゆみんよ。平気でそんなこと言うなよな?」
こればっかりはヘッドホンに同意だ。
「いいから。万が一ショッキングな光景だったら困るでしょ? そんなものあなた達に見せたくないから」
富士見は意思を固めると、ドアノブを回した。そしてゆっくりとドアを開く。そのわずかな隙間から彼女が見たものは――
「――――――」
体感にして約3秒ぐらいだろうか。その一瞬で富士見はドアを閉めてしまった。彼女の表情は固まっている。なんだ? 一体何を見たんだ?
「姫蓮お姉さんー?? 何を見たんですかー?」
冬峰が無邪気に駆け寄る。しかし。
「見ちゃダメ!!!!」
普段聞かないような大きな声で制止する富士見。しかしすぐに表情を元に戻すと、ふうと一呼吸入れた。
「……ま、簡単に言うと大量のR18グッズが置いてあった。ありえないわね」
「は……?」
思わず情けない声を出してしまった。
「アールジュウハチ? つまりはエッチなオモチャってことですね! ヒュー!」
「そう。だから冬峰さんには見せられないのよ。いくら実年齢が高いとはいえ、見た目は小学生なんだから」
「えっと……一応この姿中学生なんだけど……」
しかしそういう理由なら納得がいく。腑に落ちないが。
「まあ……そういうことなら一応俺も確認を……」
「怪奇谷君? あなたそこまでデリカシーのない男だったのかしら?」
「……冗談だよ。で? 風香先輩はいないんだろ? だったらもう出ようぜ。そろそろ暮奈さんも帰ってくるかもしれないし」
何故だか俺は早くこの部屋から出ていきたいと思ってしまっていた。
「……そうね。それには私も同感」
「あーあ。風香お姉さんに会いたかったなー」
俺たちはこうしてこの部屋を後にした。
部屋を出る瞬間、チラリと例の部屋に目を向けた。
そこにあったものは果たして、本当はなんだったのだろうか?




