動物編・真その31
恵子からのプレゼントも受け取り、落ち着いたところで俺たちは出発した。
「そういえばメイさん。あの時剛に惹かれたって言ってたけど……もしかしてメイさんの初恋って剛だったりする?」
「なわけあるか。土津具ごときがあたしについてこれると思うか?」
「……む、無理そうだね」
話によれば、根井九は動物霊の蛇に取り憑かれていたことがあり、剛の起点で風香先輩を利用して除霊したと聞いている。
そして龍牙さん。彼女も話によると動物霊に取り憑かれていたらしい。しかし詳しいことは何も教えてくれなかった。
ただはっきりしているのは、彼女に今現在幽霊が取り憑いていないということ。つまりそれを除霊した人物がいるということだ。
果たしてそれは、どっちなんだろうな?
「ところで生田さんのアレって……確か生霊だっけ? もう完全に自分のモノにしちゃったの?」
恵子が智奈に問いかける。智奈が操る生霊。本来であればそんなことは出来ない。が、霊媒師の協力を得てなんとか実現したのだ。
「いいえ、そんなことはないですよ。今回もたまたま運がよく上手く操れましたけど……正直あの時は気を抜いたら一瞬で乗っ取られていたでしょうね」
智奈の霊力はこの街でもトップクラスだ。その霊力に影響される生霊はとんでもない力を宿している。気を抜けばいつ彼女が乗っ取られてしまうかもわからない。
「そんな危険なこと……あんまりやらない方がいいと思うよ。私なんかに言えたことじゃないけど」
姉ちゃんは純粋に智奈のことを心配しているんだ。
「いえ、ありがとうございます。私も出来るだけやらないようにしますから」
そんな智奈を見て剛は俺の隣へと並んだ。
「なんていうかさ……色々と悪かった」
剛は昨日。全てが終わった後にみんなに謝罪をした。それで許されると思っていないのか、その後もやたらとみんなのことを気にしていた。
だからだろう。まだ剛の中ではスッキリとしていない。気持ちが晴れていないんだ。
「ああ、ほんとだよ。お前のおかげでみんなどれだけ大変な目にあったか」
「…………」
前を歩く富士見がチラリとこちらを見つめた。
「だからお前はとりあえず普通にしていてくれ。変に気を使う必要もない。いつものうるさくてやかましい土津具剛に戻ってくれれば俺はそれでいいよ」
実際それでいい。剛だってある意味被害者なんだから。
「あの動物霊犬。アイツは剛を守ろうとしていたんだよな? それで力を……」
その願いが暴走しすぎてしまった。実際にあのまま力をつけ続けたら、本当に悪魔になっていたかもしれない。悪魔になってしまえば剛は当然――
「ああ。ベロスは俺を守ろうとしていた。それがアイツの願いだった。だから俺もそれに答えようとした。ま、その先のことはぶっちゃけ何も考えてなかったからな。だから止めてくれてありがとな、魁斗」
剛は俺の肩を叩いた。彼は本心で感謝していた。自分を止めてくれてありがとう、と。もしも彼を止めてくれる人間がいなければ、今もこうして笑い合えることもなかっただろうし、彼の大好きな人と一緒にいることも許されなかっただろう。
「まあな。それが俺に出来ることだったからな」
「それにしても……地縛霊だっけ? 随分と強い奴だったな」
地縛霊にも感謝しきれない。ゴーストドレインを使ってしまったから、彼は今も俺の中で眠っているだろう。そしてきっともう2度と会うこともないはずだ。
「ああ。地縛霊は純粋にこの土地を守りたかった。それと同時に恵子の思いも受けて変わったんだ。それはお前に取り憑いていた動物霊も同じだろ?」
「確かに、そうかもな。アイツ、最初の頃なんて俺の身体で好き勝手するつもりだったらしいし」
剛が特殊体質者じゃなければきっと会話することもなかったのだろう。それでも剛の影響はきっと受けていたはずだ。
「…………なあ、魁斗」
剛はふと、歩みを止めた。
「どうした?」
「いや、俺さ。ベロスに乗っ取られている間、ずっと意識は体の奥深くに沈んでいてさ。自分のこともはっきりとわからない状態がずっと続いていたんだ」
剛は目を泳がせている。何か……何か得体の知れない何かを見てしまったかのように。
「それでも1つだけ……たった1つだけベロスから流れ込んでくる感情があったんだ」
「それって、動物霊の記憶か?」
「いや、違う。確かにそれも読み取ったけど、それは割と後半の話だ。そうじゃなくて1番最初……その時の話だ。ベロスの記憶じゃない……アイツが……アイツが感じていた脅威に対しての感情が流れ込んできたんだ」
記憶じゃない……? 動物霊が感じていた脅威。それはつまり、この街に残された脅威のことを示しているのか?
「よく、わからないけど……アイツはある人物を恐れていた。そいつがどんな奴だったのかさっぱりわからないけど……少しだけ、覚えていることがある」
なん、だ? この妙な感覚は。
「その人物は女で」
暗い、真っ暗な記憶の中にその人物が朧げながら浮かび上がる。なぜ? なぜその人物の姿が浮かんでしまったんだ?
「不思議な人間なんだ」
いや、違う。この記憶は、俺のものじゃない。だとすれば? この記憶は誰のもの? 俺に取り憑いた幽霊……だとすれば――
「はっきりと……はっきりとしたことは言えない」
『いいか……兄貴、最■にこ■だけは■えておく』
存在しない会話が蘇る。アイツは、最後に……何かを伝えようと……?
「でもその人物は」
『あの女……■■だけは、気■つけろ……このオレを――』
呼吸が荒くなる。違う。なんだこれは。こんなもの、俺は知らない。きっとこれは別の誰かの記憶だ。そうに違いない。そうじゃなければ説明がつかない。やめろ。これ以上俺を惑わせるな。やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!!
「俺たちの知っている――」
「あーーーー!!!!!!」
突然、目の前から叫び声がした。
「うるさっ……おい、天理なんだ! 急に叫ぶんじゃねぇ!」
「剛!! 私剛とあの日遊園地デートする予定だったの完全に忘れてた!!」
思考が完全に戻された。目の前には俺の知っている人物たちが歩いている。
「ねぇ剛! この後行っちゃわない??」
「……きゅ、急すぎない?」
根井九は剛にがっついていく。
「なら、いっそのことみんなで行くというのはどう? 私はどうせ暇だし」
意外にも富士見がそんなことを提案してきた。
「き、姫蓮先輩がそういうなら私も……」
「私は突然行くぞ。またあのコーヒーカップに乗ってみたいしな」
「天理の面倒見てやらねぇとだからな」
「えっ遊園地!? あ、でも宿題が……」
「恵子。こんな時ぐらい遊ばないとダメだよ。たまに弾けるぐらいが元気なコツなんだから」
と、みんな乗り気だ。
「しゃーない。天理、みんなで行こうぜ」
「そ、そうだね。その方が楽しいかも」
そうだな。きっとその方が楽しい。
「怪奇谷君も当然、来るでしょ?」
富士見は俺の目を見て言った。その時、ふと思った。俺は、彼女に何もかも見透かされているのではないかと。
忘れよう。アレは違う。何かの間違いだ。あんな記憶はなかった。存在しなかった。そうだ、そうに違いない。
『忘れるな』
忘れてしまおう。
『お前の敵は、すぐそばにいる』
こんなふざけた記憶、忘れるに限る。
「どうしたの?」
すぐそばにいる少女はただ純粋な瞳でこちらを見つめる。その奥に、何を宿しているのかも知らずに。
「もちろん、行くさ。ちゃんと参拝が終わったらな」
目的地である威廻羅神社が見えてきた。全てが終わった今、俺たちは再びここに訪れていた。戦いのためではなく、参拝のために。
「なあ、剛。1つだけわからないことがあるんだ。聞いてもいいか?」
「……ああ、なんだ?」
「あの動物霊……アイツがお前に取り憑いた理由だよ。取り憑いた後に剛の影響を受けて離れなかったのはわかる。だけどそもそもどうして剛に取り憑こうとしたのかがわからないんだ。だってアイツが彷徨ってる地はこの辺りのはずだろ? それなのにどうしてわざわざ街の中心部までって思ってさ」
今となってはどうでもいいことかもしれないが、純粋な疑問だった。地縛霊はある程度動物霊犬の正体を暴けた。死んだ犬が藍馬遥香に取り憑き、その後死んだ藍馬遥香ごと幽霊になってしまったと。
だからこそ純粋な疑問が1つだけ残った。どうして彼らは剛に取り憑いたのだろうかって。同じ思考を持っていたから? それとも何か別の要因が……?
「あはは、そうだな。確かにそれは俺にしかわからないかもな」
剛は笑って答えた。それほど単純で簡単な理由なのだろうか?
「それはな、つまり俺が――」
俺は、死んだ。
そして、私も死んだ。
俺はただ遥香を助けたかった。だから遥香の側にいて守りたかった。
私は気づいたら幽霊に取り憑かれていた。そしてこの幽霊が彼だと気づいた。だから私は彼と共にいることを望んだ。でも気づいたら私は飛び降りていた。どうしてかわからない。けど、無性にそうしたくなった。
俺たちは、幽霊となった。極めて特殊でわけのわからない幽霊だ。一言で動物霊なんて言っていいものか。
当然幽霊はこの世界にいていいものじゃない。だから除霊される。そういうものだ。これでいいんだ。俺たちは霊界へと向かい、成仏される。それが俺たちの運命だった。
しかし気がつくと目の前には知らない世界が広がっていた。金属がひしめき合う音、電子的な音、そして人間の話し声……そんなもう2度と見るはずのない世界を目撃していた。
何故だ……? 何故俺は再びこの世界へと戻ってきた? 考えられるのは1つ……
誰かに、呼び出された――
「おっ、大丈夫か! ばあちゃん!」
「おやおや、すまないねぇ」
気がつくと、1人の少年と年老いた老人の姿が目に入った。老人はスーパーで買ってきたであろう荷物を落としてしまい、それを少年が拾っている最中だった。
「こんな婆さんに構ってたら……学校に遅れてしまうんじゃ……」
「大丈夫だって! 問題ないさ! この俺、土津具剛に任せてくれ!!」
剛。つよし……つよし。それは、どこか遠い記憶に浮かぶ1つの名前。
「あなた、怪我してるの?」
ああ、そうか。俺は、そうか。
「大丈夫だよ。あなたは強い。私が保証してあげるからね。大丈夫……これからあなたはここで暮らすんだから。私がしっかり面倒見てあげるからね」
少女は俺に語りかける。
「そうだ! 名前付けてあげなくちゃね……えーと……」
ようやく、思い出したよ。俺の、俺の名前を。そしてどうして剛、お前に取り憑いたのかもな。
「ツヨシ!! あなたの名前はツヨシ! いいでしょ? 強い、からとったんだよ! 気に入ってくれるかな?」
俺とお前の、名前が同じだったからだ。
動物編・真 完




