動物編・真その14
時刻は夜の23時。辺り一面は当然真っ暗に染まっており、この時間体にもなると外を歩いている人の数も減ってくるだろう。言い方はアレだけど、この辺りはただでさえ田舎なのだ。余計に人の姿を確認することが難しいかもしれない。
「無事にチェックインできましたね」
私の隣を智奈が歩いている。彼女はたった今借りた宿泊施設の鍵を私に見せてきた。
「しっかしまあ、こんなど田舎に何があるんかねぇ」
後方には不良軍団のリーダー、龍牙さんがズカズカと音を立てている。
「い、いや……これはこれで雰囲気出てるかも! あっ、ごめん! 遊びに来てるんじゃなかったね」
その隣には私の親友である天理がどことなく嬉しそうにしていた。全く、こんな時だっていうのに。
私たち4人は威廻羅神社を目指して森の中を歩いていた。宿泊施設にチェックインだけ済ませ、例の噂を確かめるために。
「えっと……その、大変申し上げにくいのですが……」
智奈はチラリと天理の方を見た。2人はまだ顔見知り程度でそんなに仲もいいわけじゃないから、ちょっとだけ雰囲気が気まずそうだ。
「土津具さんのこと……心配じゃないんですか?」
智奈の疑問も理解は出来る。天理の彼氏である土津具君は今どんな状況かわからないが、普通じゃないのは確かだ。それなのに天理はどちらかというと平然としていた。その様子を見て疑問に思ったのだろう。
「ああー、うん。もちろん心配だよ。心配はしてるんだけどさ……私はベロスのことも知っててさ……もしかしたらそんな大したことじゃないんじゃないかって思ってて。いつもみたいにふざけてるだけなんじゃないかって……ううん、きっと私がそう思いたいだけだったのかも」
きっとこの中で誰よりも彼を心配しているのは間違いなく天理だ。それ故に少しだけ目を背けたかったのかもしれない。
「い、いえ! すいません、出過ぎた真似を!!」
「いいんだよ。私も私でちょっと頭飛んじゃってたかも」
天理は自身の頭をポカっと叩いた。いちいち可愛い仕草をするなこの子は。
「それにしてもまだ着かないのか? さっきからずっと同じ道を歩いてるようだぞ」
龍牙さんは少しイライラしているのか低めの声を出した。
「いえ、まだ少しかかりますよ。同じ道に感じるのは暗いですし森の中ですからね」
智奈は携帯の地図アプリを使って進んでいる。余程のことがない限りちゃんと目的地には辿り着くはずだ。
「休憩が必要になればいつでも言ってください。あ、私は不死身なので大丈夫ですが」
「……なあ、天理。あんたの友達は頭がイカれてるのか?」
「まあまあこれが姫蓮なもので」
むむ。頭イカれてる呼ばわりは侵害だ。ま、否定は出来ないから反論はしないでおこう。
「それじゃあさ、歩きながら情報でも整理しようか!」
天理の提案もあり、今1度情報を整理することにしよう。
「まず1つ。剛は現在ベロス……動物霊の犬に体を乗っ取られている状態だね。確か剛は……幽霊に取り憑かれても平気な体質? だったはずなんだけど、それでも剛が表に出てくることは今のところない状態だね」
土津具君は特殊体質者という、幽霊に取り憑かれても平静を保てる体質の持ち主だった。霊媒師であり私の父、富士見春彦によって力を扱えるようになったとは聞いていたけど、それでも主導権は土津具君にあったと聞いていた。
しかし今の彼はそうではないらしい。完全に動物霊に意識を乗っ取られている状態だった。
「それはおそらくこの街の影響で動物霊が力をつけてしまったことが原因でしょうね。彼だけではないでしょうけど、彼もその1人だったということね」
この街に残された脅威。次第に力を増して初代怨霊の席を埋める存在。新たな悪魔を産みかねない……そんな存在になりつつあるんだ。
「しかし……その動物霊のベロスさん、でしたっけ? 以前怨霊との戦いの際には積極的に協力してくれたと聞いています。それがどうして……?」
智奈は見ていないかもしれないが、私は1度彼に助けられている。本人は道案内だけと言っていたが。
「そりゃあ、自分の目的達成のために怨霊ってやつが邪魔だったから協力してるふりしてたんじゃねーの?」
確かにそういう展開もよくバトル漫画などであると思う。何を隠そうホッパーマンにもその様なキャラクターがいて――
「あり得なくはないけど……私が聞いた話だとベロスの目的は人間の娯楽を楽しむこと、だったはず。それに自身の記憶はほとんどないって言ってたらしいし」
いけないいけない。思考を戻そう。
動物霊の目的は基本成仏だとどこかで聞いた気がする。彼もそれに当てはまっているのだろうけど、その前に人間の娯楽を味わいたいというのが本音だろう。
しかし、それがどうしてこの街の支配へと変わってしまったのだろうか?
「この街を支配することが人間の娯楽……いえ、どうも理解できないです」
「……そういや、アイツこんなことも言ってたな。強くなりたいって」
「強く、ですか?」
それは、どういうことだろう? 強くとは具体的に何を指しているのだろうか? 身体的に、あるいは精神的か。またあるいは、霊力的に。
動物霊が掲げる強さとは、一体なんなのだろう。
「初代怨霊が消えたことで溢れた霊力によって力を増しただけじゃなく、生前の記憶を取り戻したということも考えられるのではないですか?」
「ああ? そりゃつまり生前強くなることを目標にしていた犬がいたって? そりゃねーだろさすがに」
「す、すいません……」
龍牙さんの圧に押し返されてしまう智奈。しかし智奈の意見には同意しかねる。犬が強くなる思想を抱くとは大抵思えない。私たち人間に理解できないだけであって、もしかしたらそういう感情を抱いているのかもしれないけど。
「でも、あり得ない話ではないよ」
しかし、意外にも天理はそれを肯定した。
「多分さ、みんなきっと勘違いしてることがあると思うんだけど……」
天理は何処となく得意げに話し始めた。
「動物霊の正体って、何かわかる?」
え……? 質問の意図がわからない。動物霊の正体ってそんなの決まってるのに。
「何言ってんだ? 動物が死んだ後になるんだろ?」
「はい。そうです。それじゃあ……智奈ちゃん、ネットで動物霊について検索かけてくれる?」
「へっ……? は、はいっ」
突然の振りにあたふたしながらも、携帯で動物霊について調べ始めた。
「えっと……こちらのサイトには『動物霊とは、動物が死んだ後になるもの』と書かれていますが……」
「ああ、うん。そりゃそう書いてあるよね。それじゃあ別のサイトもいくつか見れる?」
「えっと……はい、それはもちろん見れますが…………あれ?」
疑心暗鬼になりながらも智奈は複数のサイトを見比べた。
「えっと……別のサイトには『動物霊は死んだ動物がなるものではなく、人間がなるもの』と書いてあります」
人間……? なぜ? 動物霊って動物がなるものではないのだろうか?
「他のサイトは……こっちは動物が、こっちは人間……書いてあることがバラバラでどれが正しいのか……あっ……もしかして」
「ふふ、そういうことだよ」
天理はにんまりと笑った。
「動物霊の定義。実ははっきりとしていないんだ。つまりは動物からも、人間からもなれると……どっちの可能性も秘めている存在なんだよ」
動物霊の話を怪奇谷君に聞いた時はそんなこと言ってなかった。天理の方が一歩上手だったみたいね。
「だからもしも仮にベロスの生前が人間だったなら、強くなりたいって願望を抱いていてもおかしくはないんだ」
しかし余計に謎は深まった。土津具君に取り憑く動物霊の正体はなんなのか。強さを求める理由はなんなのか。
「その答えが、きっとここにある」
森を抜け、目の前にはたった1つの古びた神社が佇んでいた。




