ポルターガイスト編その1
突然だが俺の家庭事情を話そうと思う。
俺の父、怪奇谷東吾は10年前に離婚した。その結果、俺たちはバラバラとなったのだ。
俺には姉が1人。そして妹が1人いた。昔の俺は大の姉好きだったらしい。妹とはそんなに長い間暮らしていなかったので、あまり覚えていない。たまに母親は俺に会いに来てくれたり、父親は姉たちに会いに行っていたようだ。
さて、なんで今こんな話をしようと思ったのか。それには理由がある。
そう。訳あってその姉妹がうちにやってくるのだ。あまりに唐突な話だったのでかなり驚いた。なんでも、母さんが少し体調を崩して現在入院中とのことだ。
そのため、夏休みの間だけ我が家で暮らすらしいのだ。そして本日、7月24日。夏休み前に一度我が家に視察に来る日だった。
『……予定されている来遊市新競技場の建設についてですが、建設費用の問題が浮上していますが、そちらについての見解はどうなのでしょうか?』
朝食食べつつ、朝のニュースを確認する。そういえば新競技場が作られるって話があったんだった。
話によると来遊市の南のあたりは森林が多く、その土地を利用できないかとお偉いさんは考えたらしい。森林を伐採してまで作る必要はあるのかとだいぶ議論になっているらしい。
「まあ、ぶっちゃけどうでもいい話だよな」
俺は1人呟く。自分に関係がなければ興味がないのなんて当然だろう。
「できたらアタシはスポーツが観たいな! あれが観たい! えっと……フィギュアスケート!」
残念ながら、フィギュアスケートは見ることはできないだろう。
そんなこんなで今日は早めに家に帰らなければならない。俺はささっと支度を済ませて家を出る。
緊張……しないといえば嘘になる。姉に会うのは単純に恥ずかしい。
そして妹。妹ははっきりいって記憶にない。だから会ってちゃんと話せるのか、それが不安だった。
「楽しみだな〜。アンタの姉妹だろ? どんなだろ〜」
「そんなに期待するもんじゃないだろ」
「いや、超絶気になるね。なあ、どんな性格なんだ?」
性格。そう言われて考える、というより思い出す。
姉は一言で言うとおっとり系だろう。大人しく、みんなのお姉さんみたいな存在だった。恥ずかしながら、昔はよく頭を撫でてもらっていたっけ。
「アンタ、もしかして大の姉好き??」
「ば、バカいうな! それは昔の話だっ!」
ああ、くそ。直接言われるとやはり恥ずかしい。
「で? 妹は?」
妹。俺が妹と過ごした期間はたったの4年間だ。まだ子供だったので本当にどんなやつだったのかも全く覚えてないのだ。
「じゃあどうするよ? 超絶美少女になってたら? え、やばくない? 実の妹に手を出すとかアンタやばすぎだって」
「バカだな。呆れるぐらいにバカだな。そんなことないから安心しろ」
美少女になってるかどうかは別として、実の妹に手を出すとかありえないだろ。
そんなくだらない雑談をしていたら学校が見えてきた。ヘッドホンをカバンにしまおうと立ち止まった時だった。
「やあやあ! 君は怪奇谷魁斗君であってるよね?」
突然、声をかけられた。明らかに高揚している声だ。聞いたことのない声だったので間違いかとも思った。でもその声の主は確実に俺の名前を呼んでいた。ということは間違いではない。一体誰だ? 俺は振り返った。
背は高く、腰まである長い髪、顔立ちも整っており、よく見ればかなりスタイルがいいのがわかる。目の前には、俺と同じ制服を着た女の人が立っていた。
「え、あ、はい」
「いやー声をかけようか迷ったんだよねー。だってずっと独り言言ってるんだもん」
「あ、ああ。その、通話していたんですよ」
適当に誤魔化す。しかしこの人は誰だ。っていうかめっちゃ美人だな。
「あー電話してたのか。なーんだ。私はてっきり」
女の人はなぜかキメ顔を作り言った。
「幽霊とお話ししてるんだと思ったよ」
幽霊、今この人はそう言った。なぜかキメ顔のまま立ち止まる女の人。素性がわからない故に下手なことは言えない。
「……あなた、何者ですか? なんで俺のこと知ってるんですか?」
「やだなぁ、君『幽霊相談所』やってるじゃないか! 名前ぐらい知ってるよ」
あ、そうか。確かにそれならふざけて幽霊とか言ってからかっているという可能性も高い。
「ただそうだなぁー。何者か……うーん……まあそうだな、この場合はこう名乗っておこう!」
「……?」
なんだ、この人。
「君の頼れる先輩であり、カッコいい大人の女性ってやつかな!」
カッコいい大人の女性。この人は大きく胸を張ってそう言った。さらに続けた。
「私も自分で言うのは恥ずかしいんだけどねー。この前中学生ぐらいの女の子に言われちゃったんだよー。『わー! 私、あなたのようなカッコいい大人の女性に憧れてるんですー!』ってねー」
まさか、この人が。
「で、あの子。無事に君の元に辿り着いたのかな?」
冬峰に『幽霊相談所』を勧めたのはこの人だ。
「あんた、冬峰のこと……知ってるんですか?」
「……? 知ってるかどうかで言えばほとんど知らないよね。聞いた話だと弟さんがいなくなったって話だから、私がそれは神隠しじゃない? って教えたぐらいかな」
この人が冬峰に神隠しだと思い込ませたのか。でも悪意があるようには見えない。だとすればこの人も本当に神隠しだと思ったのかもしれない。
「……」
そしてもう1つ。この人には冬峰が見えていた。つまり、この人は霊的存在という可能性がある。……とはいえそんな証拠はまったくもってない。
ならどうやって確認する? はっきりと聞くことはできない。ならば。
「あの、1ついいですか?」
「うん?」
「あなたは、幽霊って信じますか?」
「YES!」
即答だった。
「あれ? 意外だった? まあこう見えても私、霊感が強いみたいなんだよねー。だから時々幽霊を感じることがあるんだよー」
なるほど。世の中には霊感が強い人がいる。この人もその内の1人ってことだ。もしかしたら本当にそれが原因で冬峰が見えていたのかもしれないな。
「そうですか。ならいいんです」
「ねえねえ魁斗君。私とちょっとお話ししない?」
そう言って女の人は俺の隣に寄ってきた。近い。そしてこの人本当に美人だ。香水かなにかは知らないがすごいいい匂いがする。
「ね? いいでしょ?」
耳元で囁かれた。ああ、俺絶対変な顔してる。後でヘッドホンに怒鳴られそうだ。
「あ、いいねそれ」
ヘッドホンのことだろう。興味を示したのか、まじまじと見ている。
「ふーん。面白いね」
女の人はヘッドホンから目を離すと、横でなぜかクルッと一回転してこう切り出した。
「ズバリ! ポルターガイストについて!」
ポルターガイスト。ポルターガイスト現象とも言われるそれは『騒霊』という幽霊が引き起こす霊障のことだ。
簡単に言えば、誰もいないのに物が動いたり、音がしたりする現象のことである。あまりにも不可思議な現象なので、超常現象としても扱われている。
「それが、どうかしたんですか?」
「ポルターガイストって怖いよねー。だってさ、誰もいないのに物が動いたり音がするんだよ? か弱い女の子だったらビックリして死んじゃうかもしれなよ?」
「それはないんじゃないですかね」
「魁斗君は、ポルターガイストの原因ってなんだと思う?」
原因か。騒霊が引き起こしているって言えばそれで済むことなのだが、なんとなくそれは見透かされている気がしたのであえて違うことを言うことにした。
「俺は、たまたまそう見えるだけだと思います。都合よく条件が揃って、物が動いたり音がなったりしてしまうんじゃないですかね?」
「ほほう。これまたビックリ。君はてっきり幽霊のせいですってドヤ顔で言うかと思ったんだけどね」
なんだろう。富士見といいなぜ顔でいじられることが多いんだろうか。
「実のところ私は幽霊が原因なんじゃないかと思っていた口でね。君と意見が一致するかと思ってたんだけど残念だ」
実際にはこの人の言ってることは当たりだ。本当にその通りなのだから。俺はまだ騒霊は見かけていないが。
「まあいいや! おっと、そろそろ予鈴がなってしまうな! 急ごう! 最近遅刻が多くて怒られてるんだ!」
スタスタと走っていく。こんな人のどこがカッコいいんだろう。などと考えていたら女の人は最後に振り向いた。
「あー、そうそう。ポルターガイスト現象。最近近くであったみたいだから気をつけてね! じゃっ!」
そう言い残し走っていく。ポルターガイスト現象か。気がかりだが今日はそれどころではないからな。
「あ、名前聞き忘れたな」
流れで聞き忘れてしまった。先輩と言っていたから3年生だろう。今度見かけたら聞いておこう。
「おい、そんなことよりアンタも早くしないと遅刻するぞ?」
「あっ」
この日、俺は遅刻した。




