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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
先祖編

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先祖編その6

 俺たちは市長室の前まで案内された。

 

「それじゃ、いきましょうか」


 同志先生は自ら進んでノックをした。すると中から小さな声で返事が聞こえた。

 先生はドアを開けると中へ進んだ。それに続いて俺たちも中へと入る。

 部屋には1人の男性が腰掛けていた。この街来遊市の市長、須郷海矢だ。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、そちらに」


 市長は目の前の椅子に腰掛けるように進めた。軽く会釈をすると俺たちは順番に腰掛けた。


「すみませんね、あなたたちが来ることを他の役員に伝えるのをすっかり忘れていました」


 市長は白髪が混じった髪を掻いた。テレビや雑誌でたまに目にしたことがあり、その時はお堅い人だと思っていた。しかし実際には結構抜けた人なのかもしれないな。


「いえ、そんなことないですよ」


 同志先生はニッコリと笑って答えた。さっきまであんなに怒っていたのに……なるほど、これが大人の対応というものか。


「どこがだ! さっきまでプンプンだったじゃないか!?」


「まあまあ、世の中生きていくのは簡単じゃないんですよ」


 この2人の反応は俺と夜美奈にしか見えていない。きっと見えていたら同志先生は不満そうな表情をするだろうな。


「同志辰巳さん。それから怪奇谷魁斗さん。生田智奈さん。あなたたちにはまず一言言わせていただきたい」


 と、市長はゆっくりと立ち上がった。


「この街を救っていただき、本当にありがとうございました……それから……大変な目にあわせてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 突然、深々と頭を下げて謝罪した。


「ちょ!? し、市長さん? 急にどうしたんですか!? 頭をあげてください!」


 思わず同志先生も立ち上がってしまう。慌てているのか声も裏返っている。


「どうもこうもありませんよ……私は、私はなんて無力な人間なのでしょうか。この街の最重要人物であるのに、何も出来ず……あろうことか一般の市民に全てを託してしまうなんて」


 市長は全てを知っていた。それでも何もしてこなかった。いや、しなかった。出来なかったのだ。


「私は正直今でこそ信じられないのです。あのお方……あの怨霊を除霊したという事実が。私は彼をこの目で見た。見たものを呪い殺そうとするぐらいの深い闇に包まれた存在……それを見たからこそわかるんです。絶対にどうしようも出来ない存在だと」


 これも全て聞いた話だが、前市長は怨霊に殺されたとのことだ。自殺と報じられていたが、それは違った。

 そんな現場を直視していたのだ。無理もない。


「怪奇谷さん、あなたのお父様や富士見さん。皆さんが戦うと言った時、私は絶対に勝てないと思っていました。それだけに絶望的な存在だったのです」


 市長は俺を見た。まるで信じられないものを見ているかのように。


「ですがあなたたちは成し遂げた。まさか本当にあの怨霊を倒してしまうとは……感謝してもしきれないです。それと同時に思ってしまうのです。私はなんて無力なんだろうと。せめて皆さんを信じてあげるぐらいなら出来たかもしれないのに……信じることすら出来なかった」


 市長は再び頭を下げた。きっと深く後悔しているのだろう。何も出来なくても、せめて信じてあげるべきだったと。


「市長さん。あなたは全然無力なんかじゃないですよ」


「えっ……」


 同志先生の言葉を聞いて、思わず声を漏らす市長。


「全部聞いた話ですけど……私は知っていますよ。あなたが託してくれなかったお守りがなければ、富士見さんや怪奇谷さんの命は危なかったこと……瀬柿神社に人が行かないように手配してくれたこと……全てが終わった後に情報操作でみんなに混乱をもたらさないようにしたこと……これらは全て須郷市長、あなたのおかげなのですよ」


 その通りだ。市長の協力が無ければ怨霊問題の解決は難しかっただろう。


「それどころか無力なのは本当は私ですよ。ただ現場にて立ち尽くしてることしか出来なかった」


 確かに同志先生に力はない。幽霊に取り憑かれた者や戦う力を持っている者ではない。


「って言いたいところですけどね。どうやら私にも価値はあったみたいなんですよ。私に取り憑いている幽霊のおかけで、強い幽霊が近づきにくくなっていたらしいんです」


 それは彼女に取り憑いている先祖霊、そして2人の指導霊。彼らが高級霊に属する存在だからだ。他の幽霊が無意識に近づきにくくなっていたのだ。


「みんな、それぞれ何かの役に立っていたのです。だから市長さん、前向きにいきましょう。明るい未来のために」


 そう語る同志先生の瞳は光り輝いていた。本心から語っているんだ。彼女も心の中で深くそう思っているからこそ。


「……ふふ、まるで先生のようですね。やはり彼女と似ています」


「えっ? いや先生だなんてそんなぁ……って私一応教師やらせていただいてます」


 市長は微笑むとゆっくりと腰掛けた。


「……ってちょっと待ってください。今なんておっしゃいました? 彼女と似てる?」


「はい。あなたのお母様、同志睦美さんにそっくりだと言ったのです」


「えっ!? そ、その人……」


 と、何故か驚いたのは夜美奈だった。


「どうした夜美奈。急に声をあげて……」


「………………」


 と、今度は突然黙り込んでしまった。どうしたんだろうか?


「市長さん、私の母と顔見知りだったんですか?」


「ええ。何を隠そう私も睦美さんも宝山さんの元で学んでいた身だったのですから」


 同志先生の母、同志睦美が春彦さんの父、富士見宝山の元で学んでいたのは知っていた。しかし市長も一緒だったとは思いもしなかった。


「幼い頃のあなたにも会ったことありますよ。その時の夢は確か……お母さんみたいな女優、でしたね」


「はは、私そんなこと言ってたんですね」


「……今は、違うのですか?」


「いえ。今も一緒ですよ。ただ……そんなに昔から言ってたのにまだ全然だなーって思いまして」


 そんなことはない。同志先生は夢に向かって必死に頑張っている。自分を責める必要なんて全くないのに。


「大丈夫です。あなたならきっと……いや、絶対なれます。必ず」


 いつになく強めの口調で告げたのは夜美奈だった。


「あ、ありがとう。そうよね、いちいちこんなことで弱気になってたらお母さんに笑われちゃう」


「辰巳…………」


「笑うやつなんていねーさ。安心しろドラコ。お前の将来は俺が保証する」


 2人の声は彼女に届くことなく、先生は市長を見た。


 「それで市長さん。電話でお伝えしたことですけど……」


「はい」


 市長は同志先生から視線を外すと、今度は夜美奈に目を向けた。


「万邦夜美奈さん。あなたのことも全てお聞きしております。怨霊に取り憑かれていて街を恐怖に包んだこと。家族のこと。そして……たった今困っていることも」


 夜美奈は申し訳なさそうに俯いてしまった。自身がこの街にもたらした被害、そのことを考えてしまったらきっと頭が潰れてしまいそうなぐらいな罪悪感に襲われるだろう。


「安心してください。私はあなたも被害者だと思っています。誰も……誰も悪人はいなかった。みな、被害者なのです。あなたもこの街で困っている人です。私に出来ることなら出来る限りのことを約束します」


 誰も、悪人はいなかった。そうだと思いたい。きっと、そうだった。


「……ありがとう、ござい……うっ、うう」


 夜美奈は今日何度目かわからないぐらいの涙を流した。


「大体の話は聞いています。正直万邦という名前を聞いてどこかで耳にしたと思っていました」


 市長は自身の机に並べられている資料、その1つを手に取った。


「やっぱり夜美奈のご先祖は何かやっていた人だったんだ。これで何か手がかりが掴めるかもしれないぞ」


「そうですね、しかし一体どんな役職の方だったのでしょうか?」


「さあな、それは聞いてみてからのお楽しみだ」


 智奈の言う通りで役職も気になるが、正直そこは大して気にする必要もないだろう。


「市長である私が知らないはずもないわけです。絶対にその名前を1度は目にしているからです」


 手に持つ資料、それを同志先生へと手渡した。


「えっ……こ、これって……」


 俺は先生が持つ資料を横から見させてもらった。


『2代目市長 万邦能矢』


 資料には、その重要人物の名前が記されていた。

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