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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
動物編・欺

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動物編・欺その4

 根井九の言葉に衝撃が走った。富士見がこの男と付き合っていた?? そんなバカなことがあるか。あいつは出会ってすぐに私を殺してくれと言うような奴だぞ。そんな奴がこんな男と付き合えるはずがないじゃないか。何かの間違いだろう。


「えっと……天理。一体何の話をしているんだ?」


 しかし月根さんは意外にも困惑しているのか、眉を細めている。


「とぼけないてください。確かに当時私はあなたのことが好きだった。それを知っていて姫蓮は私からあなたを奪った。そのことを1番よくわかっているのは他の誰でもないあなたでしょ?」


 まさか……根井九と富士見が喧嘩している理由って……


「天理。君はとんでもない勘違いをしているかもしれない」


「勘違い? そんなはずはないです。私はっきりとこの目で見ましたから。あなたと姫蓮が手を繋いで歩いている姿を」


「いや、いやいやそうかーそこを見られてたのか。確かになんの否定もできないが、あれにはわけがあったんだ」


 月根さんは今にも笑い出しそうな表情をしている。いや、さすがに笑ったらまずいだろう。


「なあ、天理。俺ってさカッコいいだろ?」


「へ……?」


 今のは根井九の声ではない。完全に俺の声だ。思わず声が漏れてしまった。あまりにも想定外のセリフだったからだ。


「……今は私にとって1番なのは剛。だけど過去にあなたのことが好きだったのは事実。確かにイケメンですからね」


 根井九よ。お前はもしかして面食いなのか。


「そう、その通りだよ。だから結構困っていたこともあってね。実は当時、バイト先のおばちゃんに狙われていてね。それはもう酷かったんだ。ことあるごとに連絡先を聞いてくるし、俺のことを監視するわで酷かったのさ」


 ま、まあイケメン特有の悩みというものだろう。俺には全く縁がない話だ。


「そこで俺は思いついたのさ。恋人がいれば諦めてくれるんじゃないかと思ってな。実際に恋人を作るのもありだったが、俺は受験のためにあの時は恋愛はしないようにしていた。それは天理も知っているだろ? そんな時たまたま姫蓮が目に入ったから頼んだんだよ。『俺と1日だけ恋人のフリをしてくれって』ね?」


 俺は富士見とした偽りのデートを思い出す。つまりは富士見はあの時の俺と同じような立場にいたというわけか。


「そんなこと……後からだってなんとでも言えますよ……それに……」


 根井九は信じられないのか肩を震わせている。


「姫蓮は否定しなかった。私が問い詰めてもあの子は何も否定しなかった」


 そうだろうな。それは俺でもわかる。きっと富士見は否定しない。だけどそれを1番理解しているのは――


「あいつはそういう奴だろ? そんなことむしろ付き合いが長い天理の方がわかってそうだけど」


「…………」


 重い鎖に縛られたかのように黙り込んでしまう根井九。これ以上この話をしてもなんの意味もない。とにかく話を進めよう。


「と、とにかく今出来ることは月根さんに取り憑いている幽霊をどうにかすること。そのためには夜まで待つ必要がありますけど」


 根井九は本当に黙り込んでしまった。大体話の流れは理解できた。根井九は好きな人物を富士見に取られたと勘違いしていたんだ。だから一方的な喧嘩別れとなってしまったんだ。

 それが勘違いだと理解すれば、どうなってしまうかなんて理解出来る。


「夜? どうして夜にならないといけないんだ?」


「そうですね。幽霊は基本夜に行動するもんなんですよ。特殊なやつを除いてですけど。だから夜になればその時に吸収すれば解決ですよ」


 そんなにうまくいくとは思わないけどな。しかし月根さんが幽霊に取り憑かれたのがこの街でないのであれば、その幽霊は特殊な存在ではないと思う。


「……そうか。だけど今日の夜は用事があってダメなんだ。だから明日でもいいかな?」


 意外にも俺の提案を断った。用事、か。幽霊をどうにかすることよりも優先する用事でもあるのだろうか?


「ま、まあ月根さんがそう言うなら全然大丈夫ですけど……」


「ああ、すまないね…………ちょっと彼女と電話してくるよ」


 月根さんは根井九を心配そうに見つめると、すぐに部室を後にした。


「…………」


 俺もつられて根井九に目線を向けた。彼女は今どんな気持ちを抱いているのだろうか?


「あんたは……月根さんの言葉を信じるの?」


 深く冷たい声を漏らした。


「さあな。正直昔の富士見のことなんて知らないし、根井九との関係も知らない」


 それは事実だ。確かに言い訳として月根さんが嘘をついている可能性だって全然あり得る。

 だがそれでも俺は本当だと思う。何より富士見が否定しなかったこと。それがどうにも富士見らしい。そんな気がするんだ。


「信じるか、というよりも信じたいってのが正直なところかな」


 思わず声に出していた。そんな言葉を聞いて根井九は目を見開いていた。


「なんだ、あんたやっぱり……いや、いいよ」


 根井九は何か告げようとしたが、突然立ち上がった。


「なんだ? もう帰るのか?」


「うん。今日はもう相談する気にもならなくなっちゃったし」


 暗めの声を残して根井九は去っていった。最後に置きっぱなしにしたままのコップに目を向けて。


「あのつり目。結局何しに来たんだ? っていうか何気にすげ〜情報ゲットできたなアンタ!」


 黙り込んでいたヘッドホンがウキウキと語り出す。確かに根井九の目的はなんだったのだろうか?


「しかし動物霊の狐、か。たまたまかそれとも何か繋がりがあるのか」


 繋がりはないだろう。ただ今回の問題が上手く解決すれば、剛のこともどうにかなるのではないか、そんな淡い期待を抱いてしまっていた。

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