動物編・欺その2
その日の剛はずっとテンションが低かった。何か嫌なことでもあったのだろうか? そんな風にも思った。
だが剛はそんな時は気合いでどうにかする奴だ。無理矢理テンションを上げていくに違いない。それでも彼はそんなことを一切しなかった。
俺は見かねて肩を叩いて声をかけた。その時だった。一瞬、酷く冷たい感覚がした。それと同時に彼の瞳が邪悪なものに見えたのだ。
「……」
ただその一瞬だけの出来事だ。だがたったそれだけで嫌な予感がした。
「ん? 魁斗、どうした? 顔が歪になってるぞ?」
シーナはそんな俺の表情を読み取ったのか、心配そうに声をかける。
「顔が歪って……おいおいシーナよ、もっといい表現はなかったのか!?」
ウォッチの騒がしい声に今度はシーナの表情が引きつる。
「む……なら魁斗よ、顔が黒いぞ」
なんかそのセリフ、前にも誰かが言ってたな。
「いや、大丈夫だ。とりあえず動物霊の犬について調べてみるかな」
見間違いではないだろうが、なんとなく決めつけたくなかった。まだ彼は大丈夫だ、そう心の中で思いたかったのかもしれない。
「そうか。それならこれから作戦会議だな。何か食べものを買ってこよう」
シーナは勢いよく立ち上がると宣言した。
「え……それなら私も付き添います…………シーナさんだけだと不安ですし……」
「おお、さすが智奈だ。では共に行くとしよう。魁斗、何か希望の品はあるか?」
智奈のセリフには特に触れないんだな。
「いや、特には……いや。カレーパンを頼む」
「魁斗先輩がカレーパンなんて珍しいですね」
確かに俺はカレーパンよりライス派だからな。しかしどうにも気分を変えたかった。いつもと違うことでも起これば何か変わるかもしれない。
そうして2人は部室から購買へと向かっていった。部室の中は静まり返り、妙な空気が漂った。
「アンタ、どうしてみんなに話さなかった?」
「え?」
ヘッドホンの声に思わず驚いてしまう。
「あの金髪野郎の目。あれは普通じゃなかった。アタシが見てるんだ。アンタが見てないわけないだろ」
当然だ。俺が見ているんだ。ヘッドホンが見てないわけがない。
「ああ、見てたさ。でも……それだけで色々決めつけるのはよくないだろ」
「ど〜だか。あの感じは普通じゃないって。アンタだってわかってんだろ?」
ヘッドホンの言葉に嘘偽りはない。それでも俺は信じたくなかった。
「この街の元凶が消えてから……残った幽霊がおかしくなってるって」
それはきっと剛に限った話じゃない。きっと他の幽霊も。俺の知っている幽霊。きっと、彼女たちも――
ゴンッ!!
と、突然部室のドアを強く叩く音がした。わざわざノックをするということは、いつものメンバーじゃないことはわかる。何よりシーナと智奈はついさっき部室を出たばかりだ。
「ど、どうぞー」
今日は特に相談者がいるという話は聞いてなかった。だとすれば教師か何かか? そんなことを考えていた。
「えっ」
ドアがゆっくりと開いた。その先にいた人物はあまりにも意外すぎる人物だった。
「……い、言われた通り来たから」
髪型はツインテール、そしてつり目が特徴的な少女。土津具剛の彼女である根井九天理が不服そうに立っていた。
「ね、根井九? ど、どうした? なんだって根井九がこんなところに?」
俺の顔を見るやさらに嫌そうな表情をする。
「……私だってまたここに来ることになるなんて嫌だったよ。でもあんたが聞きたいことがあればここに来いって言ったんでしょ」
そんなこと……いや、そういえば外湖神社でそんな話をしたような……
「お、おう。と、とりあえず入れよ」
しかし本当に来るとは、完全に予想もしていなかった。
「言われなくても入るから。大体あんたよりも私の方がここのこと知ってるし」
宣言通り、当然のように棚からコップを取り出してお茶を淹れ始めた。よく見ると蛇の絵が描かれたコップで誰も使っていなかったが、これは根井九のコップだったのか。
「…………」
「なに? そんなにジロジロみないで。私は剛だけのモノだから。あんたの視線で汚さないで欲しいんだけど」
「いや、そのコップ根井九のだったんだなって。誰も使わないから不思議だったんだよ」
「え……あ」
俺の言葉に気づいたのか、根井九は自身が手に持つコップに目を向けた。まるでありえないものを見るかのように。
「なんで……これとっといてあるの……おかしいでしょ」
「ん?」
根井九はどことなく肩を震わせているように見える。
「どうし……」
「なんでもない!! 黙って! それ以上喋ったらあんたのその汚らしい口をゴミで塞いでやる!」
まだ何も言ってないぞ、俺は。
「そんなことより怪奇谷。あんたさっき1人で喋ってなかった? 今この部屋には誰もいないよね?」
ゆっくりとソファに座る根井九。どことなく違和感がない。まるで本来そこにいた存在かのように。
「あ、ああ。電話してたんだ」
「ふーん、電話ねぇ……」
根井九は疑いの視線を送ってくる。
「別に隠す必要はないから。この部屋、幽霊いるんでしょ? 紅羽ちゃんみたいな存在がきっとここにもいる。そうでしょ!?」
「い、いや決してそんなことはだな……」
「なに? 隠す理由でもあるの? わざわざ呼び出しておいて秘密にするのはさすがにひどいんじゃない?」
根井九の勢いは止まらない。クソー、こんなことになるなら来てみろよなんて声かけるんじゃなかった。
「本当に違うんだ。動物霊のことについて考えてたんだ…………剛のことも含めてな」
話題を変えるしかない。それに理由はどうあれ根井九がここに来たのは嬉しい誤算だ。ちょうど剛のことについて聞き出すことが出来る。
「……そう。動物霊のことって?」
しかし意外にも反応が悪い。何か選択をミスったか?
「ま、まあ動物霊の特性を調べてたんだ。剛に取り憑いているのは犬だったよな」
動物霊の犬に取り憑かれると利口になる、喧嘩腰になるなど性格に変化が現れやすくなる。
「そうだよ。そうだ、せっかくだし動物霊についてテストしてあげるよ。私が今から言う内容はどんな動物霊に当てはまるでしょうか?」
「お、おい急にどうした……」
なんだかこんな状況、前にもあった気がするぞ。
「それじゃあまずはそうだね…………目立ちたがり屋な性格になる動物霊は?」
本当にやるのか……
「えっと、そうだな……確か……猿、だったかな?」
確か動物霊の猿に取り憑かれると注目の的になるらしい。それが故に目立ちたがり屋な性格になると言われている。
「やるね、正解。それじゃあ次いくよ。綺麗好きになる動物霊は?」
「あー、それは前になんかネットで見た気がするな。確か猫だったか」
動物霊の猫に取り憑かれると綺麗好きになるらしい。それ故に潔癖症になってしまうとか。
「ふーん、それじゃあ次。商売上手になる動物霊は?」
商売上手? つまりはお金関係ってことか……だとすれば。
「龍か?」
動物霊の龍に取り憑かれるとお金にがめつくなると聞いたことがある。だからそうだと思ったのだが……
「あれ、違うんだけど。なんだあんたも間違えるなんて大したことないね」
「えっ、違うのか?」
マジか。正直ドヤ顔で答えていたからめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。
「答えは狐だよ。割と簡単かと思ったんだけどね」
動物霊の狐。確かに言われてみればそうだったかもしれない。パチンコなどのギャンブルにハマりやすくなってしまうらしくかなり困った幽霊だ。
他にも狐が神の使いであることから、自分を神と勘違いすることもあるとか。
「狐か……そういや狐に憑かれると目がつり目になるらしいな。もしかして根井九取り憑かれてるんじゃね?」
半分冗談で伝えてみたが、思ってたよりも表情が真面目な根井九。
「お、おい。まさかに本当に取り憑かれてるなんて言わないだろうな?」
「……そうね、私に狐は取り憑いていない。でもあんたも知ってるでしょ? 1度幽霊に取り憑かれた人は憑かれやすくなるって」
それは当然知っている。身近な人間で挙げるなら姉ちゃんがそれに当てはまる。騒霊に取り憑かれ、さらには怨霊にも。
「ん? いや、待て。その言い方だとまるで過去に取り憑かれたことがあるかのような言い草だな」
「え? そりゃあるけど。ってか剛から聞いてないの?」
「いやいや! 聞いてない! そもそも剛が犬に取り憑かれているのを知ったのだって、怨霊と戦う時に初めて知ったんだぞ!」
根井九は意外そうな表情で俺を見る。
「へぇーそうなんだ。剛、それだけ私のこと大切にしてくれたんだね」
1人で勝手に照れている根井九。いやいやそんなことよりもだ。
「それで? 過去に取り憑いていた幽霊ってのは?」
「剛が言わなかったんだし……内緒で!」
「はぁ!?」
「別にいいでしょ。私になんの幽霊が取り憑いていたかなんて。そんなことよりも――」
根井九は別の話題に話を切り替えようとした。きっとそうだった。しかしそれは遮られた。
何故か? 今度はノックもなく唐突に扉が開かれたからだ。しかしそこに立つ人物は富士見でもなければシーナでも智奈でもない。全く知らない人物だったからだ。
「おおー、懐かしいな」
髪を茶髪に染めた爽やかな1人の男が突然現れた。黄色のパーカーを着ていて、その服にはどういうわけか狐が描かれていた。
そんな正体不明の男。少なからずとも俺は知らない。
ただ、彼女を除いて。
「つ、月根さん……?」
「よお、久しぶりだな。天理」
一体、彼は何者だ?




