怨霊編・真その46
人の姿をした存在から黒い影が溢れ出していた。それはあらゆる方面から俺を狙ってくる。あれに触れてしまえば普通の人間ではひとたまりもないはずだ。
あれはまさに怨霊そのものと言ってもいい。ヤツが抱いた怨み、それらに直接触れてしまえばどうなるか……
そして今ヤツはさらなる変化を遂げた。怨霊から悪魔への変化。正確にはその途中。とはいえヤツは悪魔の力を使い、自身の体は悪魔そのものとなっている。
『どうした!? そんなコソコソ動いてるだけじゃ俺には触れられんぞ富士見ィィ!!』
俺は黒い影を避けながら出来るだけ接触を試みる。しかし影はそれを拒む。思うように近づけない。
先ほども言ったがヤツは悪魔そのものとなっている。つまりはエクソシストである俺にしか倒すことが出来ない。
俺は手に掴む十字架に目を向ける。これは富士見家で長年ずっと守ってきたもの。出発前、春彦から受け取ったものだ。
これをヤツの身体に突き刺す。そうすれば悪魔祓いができ、消滅させることが出来る。
そのためにはヤツの身体に触れなければならない。
『ハハハハハハハハハハハハ!! 知っているぞ富士見! それを俺に突き刺すことで悪魔祓いが出来るのだろう。あまりに単純だ。単純すぎてつまらんな! そんな一瞬で終わってしまってはせっかくの再会が台無しだ!』
笑いながら黒い影を飛ばしてくる。その影が姫蓮の身体を引き裂く。
しかしその傷はすぐに塞がれていく。
「今更いえた口じゃねぇが、女の子の身体は大事にしろよな!」
『ハハッ、本当にお前が言えた口じゃないな。だが富士見である限り手加減はしない!!』
ヤツも経緯はどうあれ、姫蓮のことを富士見家の一員だと認めているようだ。だからこそ本気で殺しにかかってきている。
「無駄だ。俺は不死身の幽霊! お前が悪魔だろうがなんだろうが、俺を殺すことは出来ない!!」
『知っているさ。そもそも殺すつもりなど毛頭ない。殺さないのであれば取り込んでしまえばいい話だ』
「取り込む……だと?」
ヤツは元から俺を殺すつもりなどない。それはヤツの言動からして察することが出来る。
だとすれば目的はなんだ? ずっと考えていた。
『この世界に存在する幽霊。その中でも俺が1番悪魔になるにあたって適していたのは確実だ。だがな、それは俺だけに限った話ではない。この世界に存在する幽霊。誰でも悪魔になれるのだよ。お前だってその1人だ富士見』
この世界に存在する幽霊。それは主にここ来遊市の幽霊を指しているのだろう。
この街の幽霊はイレギュラーな存在ばかりだ。初代怨霊もその1人にすぎない。
だとすれば、他の幽霊だって可能性はあった。誰だって条件さえ満たせば悪魔へと変化してしまう可能性があると言うのだ。
『お前も500年の月日を得た。お前だって悪魔へとなれる。だから俺と1つになり、完璧な悪魔として君臨するのだ!』
「それが……お前の目的か?」
人の姿をした存在は答えない。ただじっとこちらを見ている。
「残念だが俺は悪魔にはならない。俺は仮にも先祖霊という分類に属しているからな。お前のような悪霊とはわけが違うんだよ」
『そうだったな。守護霊が悪魔になりでもしたらとんでもないことだからな』
しかし人の姿をした存在はニヤリと笑う。
『だからこそ俺に取り込むのさ! お前はただのきっかけにすぎない! そのための材料というわけだ!』
「……お前は俺がこの世界に存在していることをどこかで知った。そしてこの俺を求めた。だから音夜を利用して姫蓮に俺を取り憑けさせた……ってことか」
怨霊達は富士見を狙っていた。いわゆる姫蓮を。姫蓮に取り憑いている俺を。それはこのためだったのか。
『待っていればお前がここに来ることはわかっていた。だが待ちきれなかったんでな。何せ500年だ! そんな長い月日も何もせずにここにいたんだ! そこにお前がいることを知れば動かざるを得ないだろ!!』
それで姫蓮を狙っていたのか。しかし音夜だけは目的が少し違った。ヤツは姫蓮個人を恨んでいた。だから少しだけズレが生じたのだろう。
『結局お前を捕らえることは出来なかったが、最終的に自らここに来ることは理解していた。まさに今この瞬間だ! 俺には余裕があるがお前には後がない!! 逃げることすら出来ないぞ!』
ヤツの言う通りだ。ここで逃げて1度体制を立ててから再び……ということは出来ない。
そんなことをしてみろ。街はあっという間に闇に包まれ、多くの人間が怨霊に取り憑かれて死ぬ。
時間がないのだ。今ここで。こいつを倒さなければならない。
「……わかってるさ」
しかしヤツの力はどんどん増していく。どんどん本物の悪魔へと近づいている。それがわかる。
『しかしよく見ろ。この状況を。お前に勝ち筋はない。諦めるんだな』
影はさらに増え、力は増幅している。確かにこのままいけばジリ貧だ。いくら不死身とはいえ、追い詰められてしまえば意味がない。
このまま終わるのか? それではなんの意味もない。
『富士見ィィィィ!! 俺と共にこい!!』
影が一斉に迫る。それは姫蓮の身体を貫き、俺だけを抜き取る。
そう、なるはずだった。
『何ィ!!』
目の前まで迫っていた影は動きを止め、俺から見て反対方向へと進んでいった。そしてその先には。
「影がどうした! こんなもの所詮ただの怨霊の塊だ!!」
魁斗の父、怪奇谷東吾が構えていた。そして除霊師の力を使い、影を消し去った。
『バカな。なぜお前が意識を持っている……』
さすがのヤツも驚きを隠せていない。
「わからないなら教えてあげよう。そもそも、私たちが無策でここに乗り込むとでも思っていたのか?」
俺の背後からゆっくりと春彦が姿を表す。
「春彦……」
「姫蓮……いや、祐也さん。すいません、これが順応するのに少し時間がかかってしまったようです」
春彦は首に下げた1つのお守りを見せた。このお守りはこの街の市長から預かったもので、ここ瀬柿神社で作られたお守りだ。
「これがあったから俺たちはこうして無事でいられる。ここの本来の神様の御加護があるんでな」
除霊師も同じくお守りを身につけている。
「瀬柿神社の本来の神様を乗っ取ったお前に一時的には押し負けてしまったが、それも時間の問題だった。結局お前はここの神ではない。所詮は悪霊。神のふりをしたところで本物にはなれない。お前はいてはならないのだ」
春彦は霊媒師の力で影を操り、それを除霊師の元に向かわせる。
「結局お前は本物の神様に負けたってことさ!」
除霊師はその影を消し去る。
初代怨霊はなぜ瀬柿神社に居座ったか。それは単純。除霊されないためだ。そして本来であれば悪霊は神域である神社には入ることは出来ない。しかし初代怨霊を神として崇めればそれは可能となる。
だから初代怨霊は神のふりをして瀬柿神社に祀られた。しかし当然瀬柿神社には本物の神様がいる。
さすがに俺は神様とやらに会ったことはないからなんとも言えないが、さすがの神様も居心地はよくはないんじゃないか? そう勝手に想像している。
神様が力を貸しているのかどうかはわからないが、お守りが機能しているのは事実だ。それは紛れもない本来の神様からの御加護であることがわかる。
『それがなんだ? 俺は神などに興味はない。俺の目的は富士見だけだ……ただそれだけだ!』
ヤツの視線はこちらに向けられる。しかし影の数は圧倒的に減っている。それもあの2人のおかげだ。
「そうかよ。だったら俺の目的もお前を倒すことだけだ!!」
俺は動いた。影を避け、一気に距離を詰めた。ヤツは一瞬驚いたがすぐに次の行動に移す。だが遅い。一歩こちらが先をとった。
「くらえ!!」
振り下ろした十字架が肩に突き刺さる。
「!!!!!!」
瞬間、ヤツの身体が青白い炎のようなものに包まれた。
その時だった。俺の頭の中。それも深い深い奥の中。何か、何かが。見えた。
何が見えた? 今のはなんだ? 一体何が起きたんだ?
『ぐああああああああああ!!』
悲痛な叫び声をあげた人の姿をした存在は十字架を振り払った。そして俺は再びヤツから距離を取る。
『はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……』
呼吸が乱れている。ヤツの体力を消耗させたのは事実だ。やはり俺の手でトドメを刺すことが出来る。
だというのに。なんだ。この違和感は。頭の中がギリギリと痛みを訴える。これは、なんだ?
俺は何を知っている?
「祐也さん! ーーやさん! ーーーー!!」
近くで春彦が呼ぶ声がする。しかしそれは段々と遠ざかっていく。
思い出せ。俺は、俺は。
何を望んで。何を求めたのかーー




