怨霊編・真その45
瀬柿神社は山の上にあり、周りは入り口をのぞいて全て柵で覆われている。
とはいえ人が越えれないような柵ではなく、やろうと思えば越えることが出来る程度の柵だ。もちろんそんなことをすれば神社の人に注意されるのは当然だろう。だからそんなことをする人間はほとんどいないと言っても過言ではない。
しかしそれは人の話であり、それ以外は例外と言える。山なので動物だっている。猫が柵を飛び越えることだってある。だが今語っているのはそんな動物でもなく、もっと別のものだ。
例えば、上から流れ込んできた黒い影とか。
黒い影は瀬柿神社へと向かう階段から流れ落ちていた。それを最低限防ぐために俺と智奈はここにいる。
しかし影が素直に階段だけから流れるとは思わない。案の定影は他の場所からも下に向かって流れ込んでいた。
そうなると俺たちだけでは対処出来ない。だからこそだ。そのために俺たちには仲間がいる。
「霊力の流れが……一気にこっちへ……」
階段を前に1人立ち構えるのは富士見の母、富士見姫奈。彼女は霊能力者で、霊力を感知することが出来る。
今彼女はきっと感じ取っているはずだ。全ての影が山から下っていることに。
「やはりこちら側に集中しているのね」
影の量は圧倒的に正面、いわゆる南側が一番多いとされる。次点で北、そして東と西は比較的少なめのようだった。
これは単純な話で、瀬柿神社の北側にはもう一つの階段を作る計画があり、ある程度の通路が確保されていたのだ。それが仇となり流れやすい道を確保してしまったのだ。
「…………これは」
姫奈さんは影とは別に何かを感じ取った。複数の霊力。つまりは幽霊だ。周辺に複数の幽霊が集まってきているのだ。
おそらくほとんどが低級霊。しかし怨霊の影響か、その力は増していた。それぞれが制御出来なくなっており、皆が悪霊へと移り変わっていた。
「なるほど……さらなる力を求めてこちらにやってきたということですか」
全ての元凶である初代怨霊。それが放つ力を求めて無意識のうちに集まってきたのだろう。
「私に貴方達を除霊する力はありませんが……とおせんぼするぐらいの力はありますよ?」
姫奈さんは両手を広げた。それと同時に結界が貼られ、幽霊は階段の先へと進めなくなる。
しかしそれでも全ては防げない。幽霊の数は数えきれないほどだ。こんなのがいっぺんに攻めてきたらさすがの結界も長くは保たない。
そしてその予想どおり、結界は破られてしまった。
「うっ……しかしまだこちらには……ッ!!」
次の結界を貼ろうととした時だった。1匹の幽霊が高速で姫奈さんに向かって突っ込んで来たのだ。いくら霊能力者とはいえ、取り憑かれてしまったらどうすることも出来ない。
取り憑かれることだけは避けなければならない。しかしこのままでは結果は見えている。
避ける。そんな単純なことが瞬時に出来れば苦労はしない。しかし幽霊は止まらない。間に合わない。
そんな時だった。姫奈さんの目の前で幽霊は何かに弾き飛ばされた。そしてそこには1人の男が立っていた。
「やぁ。お怪我はないかいお嬢さん?」
男は振り返って口を開く。そこには俺の友人、土津具剛が立っていた。
「あら。お嬢さんだなんて。でももしかしたらあなたの方が年上なのかしらね」
「おっ? 面白いこと言うじゃねーか! まあそんなこと覚えてねーからわからんけどなッ!」
実際にはここに立っているのは土津具剛ではない。彼に取り憑いた幽霊の1人、動物霊だった。
動物霊が表に出ているのは智奈の時と同じく、霊媒師である春彦さんが教えた力だ。これによって剛の体の主導権を握り、自由に動くことが出来る様になっているらしい。しかしあくまで剛の意思を尊重し、剛が無理やり元に戻ろうとすれば戻れるらしい。
「ところであなた、どうしてこっちへ?」
「なあに。俺のいた方は大した脅威も無さそうだったんでな。こっちの方がやばいと判断して来たのさ」
そう言いつつ目の前に群がる幽霊達を蹴り倒していく。同じ幽霊であれば幽霊も倒すことは出来る。
「そうね。それは私も感じていた。危険なのはこちらと北側ね。だとすれば……」
剛は西側からこちらに合流した。それは南側が1番危険だと判断したからだ。だとすれば、同じ判断をするものがいるはずだ。
そう思った矢先、少し離れたところで地面が割れるような音がした。その周辺には複数の幽霊が。そしてその中心に2人の人物がいた。
「あっ、見て恵子! 魁斗のお友達も来てるよ!」
「ん? なんだ先越されちまったか。まあ考えることは同じだよな」
「……うーん、わかってはいるんだけどあんまりその口調で話して欲しくないなぁ」
「そう言われてもな。オレはオレだからな。変えようがないんで我慢してくれ」
俺の姉である奏軸香。そして妹の恵子。実際には恵子に取り憑いた幽霊、地縛霊だった。
地縛霊は霊媒師の力を必要とすることはなく、自力で恵子の体を利用している。しかし地縛霊は悪霊なので、恵子自身に悪影響を与えているのは事実。出来るだけ表に出て来て欲しくない幽霊だ。
「あなたたちもこっちに来たのね。やっぱり幽霊同士感じるものがあるのね」
おそらく動物霊、地縛霊は南側が1番危険だと瞬時に判断出来たのだろう。それもそのはず。この2人もれっきとした幽霊なのだから。
「おいそこのお前! どっちが多くの幽霊を倒せるか競争しようぜ!」
「あ? くだらないな。そんなの当然オレが勝つに決まってるだろ?」
「言ったな? なら俺が勝ったらドッグフード奢れよ!?」
「人間にドッグフード食わせるつもりか? もっと憑依先の人間を大事にしろよな? 恵子はいいぞ? いい身体してるからな」
色々言い合いながらも背中合わせで幽霊を倒していく2人の幽霊。案外いいコンビなのかもしれない。
「うーん。やっぱり恵子があんなことしてるのって違和感あるなー」
「そうね。これが終わったらちゃんと除霊しましょうね」
「へへ、そういうわけだから今のうちに好き放題やらせてもらうぜ」
動物霊と地縛霊は姫奈さんと姉ちゃんに敵を引きつけないようにうまく戦っていく。
「恵子! 辛くなったらいつでも私を使ってね!」
姉ちゃんは地縛霊に向かって声をかける。
「ちょっとあなた。もしかして自分に地縛霊を取り憑かせるつもり?」
姫奈さんは驚いている。まあそれもそうだろう。姉ちゃんには幽霊も取り憑いてないし、特別な力があるわけでもない。つまりは恵子の代わりとしてここにいるのだ。それが姉ちゃんに出来ること、そう本人が主張していたから。
「まあ、私幽霊に取り憑かれるの慣れてますから」
それが1番良くない傾向なのはまだ理解出来ていないようだ。
「しっかしこいつらなかなか減らねぇな。街の人間どもがこっちに向かってきたりでもしたらもっととんでもないことになるな」
地縛霊は霊障を使って次々と幽霊を倒していく。
「なんだ、お前悪霊のくせに人間を心配してんのか? 随分と珍しいやつもいるもんだな。だがそれなら心配はいらねーぜ!」
それに答えたのは動物霊だった。
「あ? どういう意味だ? ついでに珍しいのはお前もだ」
「なあに。街の連中はこっちには来ない。そう仕向けているからな」
動物霊はニヤリと笑って自分自身の胸に指を突き当てた。
「こいつの彼女と仲間を信じろ」
時は同じく。瀬柿神社から離れ、瀬柿病院周辺。そこには一般人の姿はほとんど見えなかった。単純に被害が酷いからという理由だけではない。瀬柿神社へと向かう道。それらが全て塞がれていたからだ。
「な、なんだねこれは!?」
「おい、俺の家はこの先なんだ! 通してくれ!」
少なからずともある程度の人々はいた。しかし彼らはここを通ることが出来ない。
「それは出来ないな。この先であたしの知り合いが大事なことしてんだ。命が惜しければ引き返すんだな」
道を塞いでいるのはいかにも柄の悪い男たち。そしてその中心で構えているのは1人の女だった。
「そ、そんなこと言って……警察に突き出すぞ!」
「やれよ。証拠はないけどあたしらのバックには市長が関わってるらしいぞ? あんただってこの街の状況ぐらい理解できてんだろ?」
「う……」
先に進もうとしていた者たちもこの街の状況はなんとなく察していた。それもそうだろう。街中の電波がおかしくなり、病院周辺は何故か破壊され、悪夢にうなされる人が多出しているのだ。
そんな状況で何もないとは言えないだろう。
「本当に大丈夫なんだろうな? 天理」
「大丈夫ですよ! 全然やっちゃってください! 剛がいいって言ってましたから!」
「いやまあ、土津具のやつもついにおかしくなったのかと思ったが……こんな状況だし何が起きてもおかしくはないよな」
剛の彼女である根井九天理は剛と合流することに成功した。その際剛に頼まれたらしい。街の人たちが瀬柿神社に向かわないようにしてほしいと。
根井九はその頼みを聞き、知り合いに頼んで道を塞ぐことにしたのだ。
「それにしてもメイさんも随分とあっさり信じましたね? 普通幽霊とか信じないと思いますよ?」
「いやなに。あたしだって幽霊ぐらい信じるさ。信じたくなくても、信じる以外ないんだよ」
「……?」
この人は剛と根井九の共通の知り合いらしい。いかにも怖い風貌をしていて俺だったら近づきたくはない。
「まっ、街がおかしいのはあたしたちだって感じてたさ。だから信じたんだよ」
「はい。私も本当は剛の元にいたいけど……私に出来ることはこれだから。私に出来ることをする……それが剛のためになる」
「……よかったよ。あんたが土津具の理解者になれて」
彼女達がここにいる限り、瀬柿神社に人はやってこない。
そしてさらに同時刻。瀬柿神社の北側。山からは徐々に影が地に向かっていた。そして南側と同様に複数の幽霊が集まりつつあった。
しかし心配はいらない。ここにも信頼できる守護神が存在する。
「おりゃー!!」
小さな幼女が宙を舞い、幽霊達を倒していく。
「よーしいいぞいいぞ! そのままやっちまえ嬢ちゃん!」
「いやぁしかし僕達の予想がこんなにも的中するとは。本当にこのために僕達は存在するようなものなんですね」
「ちょっとそんなこと言ってないで冬峰さんをサポートしないと! 私たちにできることなんてそれぐらいなんだから」
指導霊の2人、そして同志辰巳。
「いえ、そんなことないですよ先生。役に立たないと思っている人ほど役に立つことが多いものです」
そう口にするのは冬峰を操る少女、シーナ・ミステリ。シーナは幽霊を操る能力、ゴーストコントロールで冬峰を操って幽霊を倒しているのだ。
「あなたに取り憑いている幽霊は指導霊。指導霊は高級霊です。低級霊からすれば上位の存在であり、近づきにくい存在でもあるんです。だからあなたが近くにいるだけで私たちは比較的安全と言えるんです」
「そ、そうなの? あんたたちやるわね」
「だから言ってるだろ? 俺たちは優秀なのさ」
「まあ僕たちも攻撃できたらもっと優秀でしたけどね」
指導霊は人に触れることは出来ない。それは幽霊も同じだ。
「だからここは私たちにお任せを。先生はそこでじっくりテストの問題でも考えておいてください」
「そ、そうね。ろくな問題が出来そうにもないけど頑張るわ!」
シーナは冬峰を操り次々と幽霊を倒していく。
「おいシーナ! 後ろからもなんか来るぞ! だいぶやべぇのが!」
シーナの腕時計に取り憑く付喪神のウォッチが叫ぶ。
「シーナさん! 私をそっちに投げてください!」
「し、しかしいくらなんでも危険すぎるぞ!!」
「大丈夫です! 私は強いです! 信じてください!」
冬峰はガッツポーズを決める。今回の経験で自信がついたのだろうか。
しかしシーナは冬峰の操作をやめ、自分から山に手を向ける。
「ちょっと!!」
冬峰がつい叫ぶ。しかしそれと同時に影はシーナへと接触する。
「うっ!! こ、これは……怨霊の……」
シーナは迫ってくる影を押さえ込む。もしもゴーストコントロールの力がなければこの時点で彼女はどうなっていたか……
「し、シーナさん! ど、どうしよう! 私に何か出来ることは……」
「辰巳! ダメだ! それには絶対触れるな!! それは普通の人間が触っていいものじゃない! いくら僕達が取り憑いているからとはいえ危険すぎる!」
ボクが同志先生をなんとか押さえ込む。しかしこのままではシーナがもたない。
そんな時だった。
「やあああああああああ!!!!」
突然冬峰がシーナを飛び越え、黒い影を山へと蹴り飛ばしてしまった。
「ふ、冬峰さん!? だ、大丈夫なの!?」
「いや、それより紅羽。なんで私のコントロールを外れているのに……」
冬峰はシーナのゴーストコントロールがあったからこそ力を発揮していた。しかし今はシーナのゴーストコントロールは冬峰に対しては発動していなかった。
「わ、私にもわかりません。けど、なんかいける気がして……」
冬峰自身も驚いていた。これがどういうことなのかはわからないが、とにかく影はしばらくこちらにはやってくる気配はない。
「どういう原理かはわからないが行くぞ紅羽!」
シーナは再び冬峰に触れてゴーストコントロールを使う。
「はい!」
再び宙に舞う冬峰。そして現れる幽霊達を倒していく。
「いいぞ! そこで幼女パンチだっ! あとパンツ丸見えだぞ!!」
ウォッチの声でついスカートを抑える冬峰。しかしその手はすぐにどかされた。
「ああ、もう今更気にしても仕方ないです! うぉりゃー!」
スカートを気にせずに戦い始める冬峰。
「……あんたたち。ちょっと後ろ向いてなさいよ」
「何言ってる。俺はロリコンじゃないんだ。あんなもの見てもなんとも思わんよ」
「同感ですね。むしろ子供の可愛らしさ溢れてていいと思いますよ?」
「あんたも子供でしょうが!」
「いいねぇ! 俺様は子供だろうがなんだろうが見れるものは見ておくぜ! 今だけだからな!」
「……壊されたくなかったらその口を閉じるんだウォッチ」
「おお! 残念ながら俺様に口はない!」
「ちょっとー!! 私のパンツの話題で盛り上がらないでくださいよー!」
俺たちには仲間がいる。みんなが同じ思いでそれぞれ役割を持って戦っている。
そんなみんなを信じているからこそ、富士見は先に向かったのだ。
だから俺も信じる。富士見のことも、みんなのことも。
「智奈!!」
「魁斗先輩!」
「よっしゃアンタ達!! こんな影ぶっとばしちまえ!」
みんなで戦っている限り、俺たちは負けることはない。




