怨霊編・真その33
時は数時間前に遡る。富士見に取り憑いた不死身の幽霊、富士見祐也は500年前に起きた出来事を語った。
その真実に誰もが息を呑んだ。そして彼らの戦いは終わっていない。しかし終わりの時は近い。全てを終わらせる。そのために俺たちは集まったのだ。
「さて、ここからはこれからのことを話そうと思う」
テーブルの上に立っている少女……いや、富士見祐也は言った。
「……」
「なんだ? みんなして暗い顔して」
誰も明るい表情なんてしていなかった。当たり前だ。誰が聞いても気持ちの良い話ではない。
「みんな、気持ちはわかるが今は彼の話を聞いてほしい」
春彦さんが申し訳なさそうに口を開く。
「……確かににわかには信じられないことばかりだ。でも今は信じるしかない。みんなを無事に帰すためにも」
父さんは言った。その言葉を聞いて、みんな少しずつ顔を上げた。
「それで、作戦というのは?」
俺は富士見祐也に向かって問いかけた。
「よく聞いた少年」
富士見祐也は俺を見てニヤリと笑みを浮かべた。
「まずヤツ……初代怨霊を除霊することが出来ない。その事実は理解出来ていると思う。そして500年たった今、ヤツは怨霊から悪魔へと切り替わる。それも理解しているはずだ」
彼が過去、自称占い師という人物から聞いたことだ。一体その人物は何者だったのだろうか? その占い師の話をしている時だけ、何やら父さんと剛は驚いているようにも見えたが……
「悪魔になりさえすれば、俺のエクソシストとしての力で倒すことが出来る……と思う。だからヤツが悪魔になるタイミングを待っていた。それが明日、10月4日というわけだ」
今まで初代怨霊を放置していたのはこのためだ。倒せる状態になるまで待つ。それがこの500年だったというわけだ。
「俺はこの500年の間、ヤツをどうやって倒すか必死に練ってきた。フェネクスの奴にも相談もした。あんまり大した答えは得られなかったがな」
「あれ、そういえばそのフェネクスって人はどこにいるんですかー?」
ふと疑問に思ったのか、冬峰がそんなことを質問した。
「いい問いだ幼女よ。まああれだ。いつのまにかどっかに消えてたって感じだな」
「幼女……」
「それって死んじゃったってことですか?」
今度は恵子が聞いた。
「いや、それはない。奴は不死身だ。死にはしないよ。単純に俺の前から姿を消しただけだよ。ま、何百年も一緒にいたからな。途中で飽きてどっか行っちまったんだよ」
富士見祐也とフェネクスはある意味、1番一緒にいる期間が長かったのだろう。
「と、話を戻そう。確かにヤツが悪魔になれば俺の手で倒すことは出来ると思う。だけどだ。もし、もしもだ。上手くいかなかったら? あるいはヤツが悪魔にならなかったら。この500年が無駄になってしまったら? そう考えるとさすがに怖くなってきてしまってな」
確かに初代怨霊が確実に悪魔になるなんて保証はない。あくまでそういう可能性があるというだけの話。仮に悪魔になったとして、もし富士見祐也では倒すことが出来なければ?
そういうもしもを考え続けた結果なのだろう。彼は1つの答えに辿り着いた。
「俺1人の知識では不可能だ。だからそれを教えてもらうためにここに来てもらったんだよ」
富士見祐也は視線をとある方向に向けた。
「えっ?」
同志辰巳。正確にはその後ろ。2人の指導霊に向けて。
「貴方達なら知っているはずだ。ヤツとどう戦えばいいかを」
皆が2人の指導霊に目を向ける。
「え、え? そうなの? 2人ともそんなことわかるの?」
同志先生は慌てて2人を見た。2人はどこか険しい表情をしていた。
「……そうですね。どういうわけか解決策が頭に湧いてきます。ですがこれは……」
ボクにはどうやら解決策が浮かんでいるらしい。
「あえて言わなかったが、俺の後輩……同志輪花。そしてそこにいる同志辰巳。無関係ではない。れっきとした血縁関係にある」
それは誰もが思っていたことだ。同志輪花という名前が出てきた時、誰もが思ったはずだ。
「同志家は遠い昔、悪魔を従えて戦っていたらしい。それが本当かどうかはわからないが、悪魔の召喚方が載っている本を持っていたんだ。あながち間違いではないのだろう」
同志先生はどこか苦しそうな表情をする。無理もない。理由はどうあれ、彼女の先祖は悪魔を召喚した。そして目の前のエクソシストに倒され、さらにはその死体を利用されて……
「それが僕たちとどう関係が?」
ボクは同志先生を見守るようにしている。それは隣にいるオジサンも同じだ。
「つまりだ。その悪魔を従えていた一族ならば、良い解決策を提示してくれるのではないか? そう思ったのさ」
富士見祐也は2人の指導霊を見て言った。それが貴方達2人だと言わんばかりに。
「……じゃあなんだ。テメェがドラコに何かして俺たちを見えるようにしたってことか?」
ずっと黙っていたオジサンが口を開く。
「うーん、まあそうとも言うが少し違うな」
「あ??」
どうにも答えずらそうだ。何か引っかかることでもあるのだろうか?
「それは私が答えよう」
口を開いたのは富士見の父、富士見春彦だった。
「まず私の父、富士見宝山は霊媒師であり、1人の研究者だった。私の父はずっととある研究をしていた。『人工幽霊』だ」
「人工、幽霊……?」
俺はつい繰り返して言っていた。そんな言葉は聞いたこともないし、そもそも意味がわからない。人工的に幽霊を作り出すということなのか?
「私の父は霊媒師でありながらも、幽霊を科学的に証明できないか研究していたのだ。そんな時だ。彼が取り憑いたのは」
春彦さんはその彼を見た。富士見祐也はなぜかドヤ顔をしている。
「そう。俺は宝山に取り憑いて初めて交信した。あと数年でとんでもないことが起こる。その全てを伝えるためにな」
「話を聞いた父は不死身の幽霊を研究し、とうとう生み出したのだよ。『人工幽霊』を」
信じられない。どうやったらそんなことが出来るんだ。人の手で幽霊を作り出すなんて……常識的に考えてあり得ない。
「と言っても正確に幽霊を作ったわけではない。いわば幽霊としての力をつけられるものを作ったという方が正しいかもしれないな。作り出したのは先祖霊としての力を扱えるというもの。父はそれを使うことを提案した」
「ただの先祖霊じゃないさ。指導霊を見ることが出来るようになる先祖霊だ。その先祖霊の力を身につけることで、指導霊に相談しようとしたのさ」
春彦さんと富士見祐也は話を進めていく。だけど1つ疑問が湧いた。
「ちょっと待ってください。どうやってそれを同志先生に取り憑けたんですか?」
同志先生が指導霊の2人が見えるようになったのは最近だと言っていた。一体どのタイミングでそんなことが出来るようになったのか。
「それって……もしかして、私の母と関係が?」
同志先生は春彦さんを見て言った。
「え……?」
母……? なんで同志先生の母が出てくるんだ。
「はい。同志睦美。あなたの母は私の父の教え子だった。だから私の父はあなたの母に全てを伝えた。これを使って自身に先祖霊の力を与えるようにと」
同志先生は真剣な表情で話を聞いている。それは後ろの指導霊も同じだ。特にボクは色々と思うことがあるだろう。
「俺も正直ビビった。まさか何百年もたったというのに輪花の子孫と出会うなんて……ある意味そういう運命なのかと思ったよ」
富士見祐也と同志輪花の関係。そして富士見宝山と同志睦美の関係。
確かに偶然なのか、それともそういう運命だったのか。
「あなたの母、同志睦美さんは自らに先祖霊の力を身につけようとした。だがそれは叶わなかった」
「それは、彼女が命を落としたからですね?」
答えたのはボクだった。春彦さんは少しだけ驚いているようだった。
「……そうです。彼女は力を得る前に……いや、正確には力を得てすぐに命を落としてしまった……ですが、その際に彼女はあるものを残した」
「もしかして……」
同志先生は何か察したのか、それに答えるように春彦さんは答えた。
「そうです。彼女は自ら先祖霊となった。そして、先祖霊となった睦美さんはあなたに取り憑いたんですよ」
「……」
彼女の呼吸音が響く。彼女にはとある幽霊が取り憑いている。それは指導霊ではなく、彼女の母である先祖霊が。
「これは私たちにとっても誤算だった。まさか彼女が命を落としてしまうなんて……だが幸いにも彼女が先祖霊となったことでその力は失われなかった。彼女が先祖霊になったということは、その子である貴方にしか取り憑かない。だからこうしてあなたに、指導霊を見ることが出来る先祖霊が取り憑いているあなたに来てもらったんです」
同志先生が指導霊を見ることが出来る理由。それは、指導霊を見ることができる先祖霊が彼女に取り憑いているからだった。
「なんだそれ。気に食わねえな。ドラコの母はただ利用されてたってのかよ」
「そうじゃない。同志家の人間にしか出来ないことだと俺は思って……」
「……いいです。私は大丈夫ですから」
同志先生は2人の会話を遮った。
「それに、少しだけ嬉しいんです。私に取り憑いている幽霊は、母なんだって……どこかで父もきっと喜んでいますよ」
「辰巳……」
理由はどうあれ、同志先生に取り憑いている幽霊は彼女の母親なんだ。
「……俺もそうだが、役目を終えれば先祖霊は消える。この戦いが終われば君に取り憑いている先祖霊も消える。そうすれば君も元の普通の人間に戻れる」
それは不死身の幽霊も同じだ。この戦いが終われば富士見は普通の人間に戻れる。
「そうですか。それは少し残念ですね……でも、それなら私の役目を果たさないとですね」
同志先生は後ろの2人に目を向けた。
「2人とも……初代怨霊とどう戦えばいいか解決策が浮かんでるんでしょ? ならそれを教えてあげて。それが私と……私たちに出来ることなんだから」
この2人は解決策を知っている。それを踏まえて万全な状態で戦いに挑む。そのためにここまで来たのだ。
「チッ……ドラコがそう言うならしょうがねぇな。言っとくが俺は同志家の人間じゃないからな? でもどういうわけか考えが頭に入ってくるんだよな」
「それを言えばボクもそうですよ。悪魔を従えていたなんて知りもしませんでしたから」
悪魔を従えていた同志家の人間に取り憑いている指導霊。おそらくそれだけで条件は満たされているのだろう。
「ん? その言い方だとボクは同志家の人間なの?」
同志先生はそこに気づいたようだ。
「え? えっとまあ、そうだね……と、とりあえず話を進めよう」
ボクはなんとか話を逸らす。
「しかしよ……これはなんていうか……あんまりよくないんじゃないか? もしも俺と同じ考えが浮かんでいるなら」
オジサンはどうにも言いにくそうだ。
「うーん……そうですね。少なくとも彼には怒られそうです」
それはボクも同じらしい。そしてボクはなぜか俺を見て言ったのだ。
「……? なんだよ。どういうことだ?」
「とにかく話すだけ話してほしい。もうあまり時間がないんだ」
「それを言うならなんでもっと早く話さなかったんだよ。ギリギリにもほどがあるだろ!」
オジサンの言うことも一理ある。話せるのであれば早めに対策を練るべきだったのでは……?
「それは俺が姫蓮の身体を借りれるのには限りがあるんだ。姫蓮には富士見の血は流れていないからな。だからこうしてギリギリの今じゃないと話せなかったんだ」
「それは私からも言わせてほしい。私も全てを理解しているわけではない。やはり全てを知っている本人から伝えてもらうのが最適だと思ったんだ。私たちの事件に巻き込んでしまって本当に申し訳ない。それでも言わせてほしい……どうか力を、私たち富士見家を助けるために貸してください」
春彦さんは頭を下げた。
「もちろん俺は協力します。言いたいことは沢山ありますけど、今は明日のことだけ考えましょう」
父さんは答えた。そうだ。今は今、明日のことだけ考えればいいのだ。
辺りを見回す。誰1人も反論を述べる者はいないようだ。
「……分かりました。それでは1つ、提案させていただきます」
ボクが少しだけ笑って口を開いた。
「お、おい……いいのか?」
オジサンはまだ言いづらそうにしている。
「あくまで提案ですからね。これが正しいとかではなく、こうしておいた方がいいということなんですが……」
ボクは一瞬間を開けた。
「初代怨霊は確かに悪魔となるでしょう。ですが問題はその悪魔です。いわゆる召喚に応じた悪魔ではなく、地上にいた存在が悪魔という存在になるということ。これが普通ではないということがよくわかると思います」
普通であれば、悪魔を当たり前のように召喚しているというのもおかしな話なのだが。
「つまりですよ。彼は怨霊から悪魔になる際、彼が蓄え続けた怨霊としての霊力が大量に溢れ出すと思うんです。そうなれば……」
「怨霊だけでなく、他の幽霊も力を増幅させてしまう。あるいは一般人も……悪夢を見るだけでは治らずに……死もありえるかもしれない……」
富士見の母親であり、霊能力者の姫奈さんが口を開く。
現在は怨霊の力がこの来遊市を覆っている。その影響で怨霊を無理やり取り憑けられる人が増幅している状態だ。
下手をするとさらに酷いことになるというのか。
「そんなことになったら……この街は終わりだ……」
父さんは冷や汗をかいている。あまりにも現実的すぎるのだろう。だからこそ焦っているというのがわかる。
「だからそうなった時、それを防ぐための力が必要なんですよ」
「その力というのは…………いや、そういうことか」
富士見祐也は理解したようだ。
「……?」
彼は俺を見る。なんだ? さっきから一体、何が……
「怨霊の力を防げるのはそれと同等の力。いや、それ以上の力で対抗するしかないってことか」
怨霊以上の力だって? そんなもの、どこに?
「怨霊を超える力か、俺は……正確には姫蓮が知っているから俺も知っているんだがな」
待て。何か引っかかる。そんな力なんてない。そう思っていたのに。1つだけ、心当たりがある。
「この街で1番の霊力を持つ人間を、俺は知っている」
忘れもしない。この街で1番の霊力を持つ人間。彼女が生み出した生霊が、どれほどのものだったのかをーー




