幽霊編その17
住宅街をさらに進んでいく。途中、逃げ惑う人々の姿が目に入った。
大人から子供まで。男だろうが女だろうが、多くの人が逃げていた。
まるで、この世の終わりを見たかのような表情で。
「おいおい、なんじゃあ……ありゃ」
運転手がボソリと呟く。何に対して呟いたのかはすぐにわかった。
道路の先。街の中心部。そこが破壊されていた。建物は壊れ、地面はひび割れていた。至る所で火事も起きており、多くの人が逃げていた。
「……ッ!!」
己の無力さに苛立ちを覚える。先ほどの戦闘で仕留めておくべきだった。
いや、それが出来る力を身につけておくべきだったのだ。
「まるで災害だ……あんた、これを止めれるのか?」
タクシーはどんどん先へ進んでいく。徐々に心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。
「……大丈夫です。これは俺にしか出来ないこと。やり遂げてみせる」
目の前に崩れた瓦礫がたくさんあった。これ以上先へはタクシーでは進めない。
「運転手さん。ここまでで大丈夫です……それから、もう待っていなくて大丈夫です。これ以上は危険です」
これ以上巻き込むわけにはいかない。もしも戦闘に巻き込まれてしまったら大変なことになる。そもそも、ここまでしてくれただけでもう十分なのだ。
「そうかい。何が起きてるのかわかりはしねぇが、あんたに任せる。あんたならこの街を良く出来る。だから任せるぞ」
「……はい」
「金はいらねぇよ。これは仕事じゃなくただの人助けだからな」
ほとんど他人だったタクシーの運転手は、ただ人助けをして去っていった。
これで、もう誰にも迷惑はかからない。
「……」
辺りを見回す。ほとんどの建物は壊れていた。ビルは半分より上から崩れ落ちており、ガソリンスタンドは爆発を引き起こしていた。コンビニは跡形もなく崩れ去っており、いたるところに瓦礫や看板、信号機や街灯が倒れていた。
目の前の瓦礫を登る。歩くたびに何かが崩れる音が響く。まるで大震災が起きてしまった世界のようだ。
そうしててっぺんまで登る。そこから見える景色は一言で言えば、絶望。それ以外の何者でもなかった。
街の崩壊。それが一目でわかる状態だった。そしてここからあるものが見えた。俺の会社、正確には会社があった場所だ。そこからは大量の炎と煙が上がっていた。
「……」
言葉が出ない。あそこには幕阿がいた。悪魔は幕阿を殺したついでに会社を破壊したのだ。自身で立ち上げ、社員と共に働いてきた場所がこんなにもあっさりと。
これも全て、たった1人の悪魔によって。
「なんだ。もう来たのか」
その悪魔が真下にいた。道路を壊し、その先にある下水道を壊したのだろう。そこから水が溢れ出ていた。その水を浴びながらこちらに目線を向けていた。
「お前はオレには勝てない。さっき十分味わっただろ?」
悪魔レヴィアタン。その冷たい目でこちらを見る。
「いいや、違うな。俺はお前に勝つ。必ずな」
「そうか。ならやってみろよ。エクソシストたった1人で何が出来るのかをな」
レヴィアタンの体から水が湧き出る。それが2本、ミサイルのようにこちらに向けて飛んできた。
「ッ!!」
十字架を素早く取り出してその水を弾く。
「はっ」
レヴィアタンは小さく笑うと、さらに多くの水を打ち込んでくる。
それを何度も十字架で弾く。通常ならこんな素早い動きは出来ないだろう。しかし俺の体には青白いオーラが纏っている。今なら通常以上の動きをすることも可能というわけだ。
「ほぉ、やるじゃないか。ならこれはどうだ?」
レヴィアタンの体から溢れ出る水が近くにあった倒れている建物にまとわりつく。そしてそのまま建物を掴んだのだ。
「なっ……!」
水に掴まれた建物をこちらに向けて投げつける。さすがに建物を弾くことなんて不可能だ。そもそも建物を投げられる経験なんてものもない。わかるだろうか。このありえない光景を。
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおお!!」
てっぺんからギリギリのところをスライディングしてレヴィアタン側に滑り込んだ。建物は俺のいた場所にぶつかり、瓦礫ごと粉砕した。
その勢いで俺も体制を崩して落下する。瓦礫がそのまま雨粒のように体に降ってくる。
「はは。所詮エクソシストといえどただの人間だ。悪魔であるオレに敵うはずがないのだ」
砂埃が舞い、飛び散った水が雨のように降り注ぐ。
「……少し使いすぎたか。まあいい。水はいくらでもある」
レヴィアタンは再び下水道に手を伸ばし、そこを流れる水を吸収していく。
「さて、この街を破壊するのも飽きた。次は隣町にでもいくか……いや、その前にあいつのとこに戻っておくか」
レヴィアタンは空を見上げた。このままだと来遊の元に戻られてしまう。
それはダメだ。これ以上来遊の思い通りにはさせない。考えろ。何か策を。あいつを倒せる方法を。
そんな時だった。俺の目の前を、何かが通り過ぎていった。
「……?」
なんだ。今、確実に何かが通った。だけど人ではない。だとすれば、考えられるのは1つ。
「ああ?」
レヴィアタンの足元が崩れる。そして次の瞬間ーー
地面が大爆発を引き起こした。
「なっーー」
その爆風に巻き込まれて俺も数メートル先に吹き飛ばされる。途中にあった電信柱に掴んでなんとかその場に踏みとどまった。
爆発が収まった。今のはなんだったのだ。そう考えていた時、再び感じた。この気配。少し前にも感じたことがある。これは……
「幽霊、か……」
この感覚は幽霊だ。来遊家で見た幽霊とは何か違う気もする。こちらの方が先程の幽霊よりも強い執着のようなものを感じる。
だが別の種類の幽霊とはいえ、根本的には一緒だ。だとすれば今の爆発を引き起こしたのは幽霊だということになるのか?
「チッ……油断したか。どうなってやがる。今のは……」
声がする。今の爆発で地面にポッカリと穴が空いてしまった。その穴を挟んだ先、そこに悪魔は立っていた。
「まさか、お前の仕業じゃないだろうな?」
先ほどよりもボロボロになった状態でこちらを見る。悪魔といえど、あれほどの大爆発をまともにくらえばダメージはある。
そして勝機は見えた。この場を乗り切る1つの方法。
「俺の仕業ではないな。だけど、もう1度やろうと思えば出来なくはないな」
意識を集中させる。この場にいる存在を把握しろ。それらをどう使うか。よく考えろ。
「なんだと……? ただのエクソシストに何が出来る?」
レヴィアタンの立つ場所。そこなら……
「悪いが俺はただのエクソシストじゃないんでな」
手を前に出す。そして狙うは1つ。
「ばい・ばい・よう・ばい・ばい!」
体が理解した。今、目の前にいる幽霊を手中に収めたこの感覚を。
そしてその幽霊をレヴィアタンの真横に立つビルに近づける。あとはその幽霊の力を使うまで。
「なっーー!」
ビルは突然、なんの前触れもなく崩れた。そして当然ながら、そのビルはレヴィアタンに向かって崩れ落ちていく。
レヴィアタンの体から再び水が湧き出る。そしてその水でシールドのように膜を張り、ビルを防いだ。
「い、今のは……」
油断も隙も与えない。ビルを防いだレヴィアタンに向かって、今度は反対側の建物が襲いかかる。
そしてさらに追い討ちをかけるかのように、レヴィアタンの周辺を何度も爆発させる。先ほどのように地面を爆発させることはなく、ただ周辺を爆発させた。
「ふざけるな……こんなくだらん茶番に付き合わされるなんてな!!」
レヴィアタンは水を大量に発生させた。溢れ出る水は全ての爆発を押さえ込んだ。そして崩れ落ちるビルと建物も遠くに吹き飛ばした。
「……チッ」
徐々に体から溢れ出る水が減ってきていた。そうなればどう行動するのか。そんなことわかりきっていた。
先ほどの爆発で空いた穴。そこに飛び込む。下水道は壊れているが、そこから水が湧き出ていた。そこに手を伸ばすレヴィアタン。水を吸収されれば再び力をつけてしまう。
だけど、そんなことはさせない。むしろ、そのためにわざとここにおびき出したのだ。
「はぁ……はぁ……エクソシスト……これでお前は……終わりだ!!」
レヴィアタンは水に手をつける。そして勝ち誇った表情でこちらを見る。
「それはこっちのセリフだ。悪魔。これでお前は終わりだ」
目が丸くなる悪魔。その次の瞬間だった。
大量の電撃がレヴィアタンに流れ出した。
「がっ、がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
悲痛な叫びをあげるレヴィアタン。当然だ。水は電気をよく通す。それに直接触れているのだ。まともにくらって平気でいられるはずがない。
俺は幽霊を操って電線を切ったのだ。そしてその電線をレヴィアタンに当てただけの話。
俺も穴に飛び込み、懐から十字架を取り出して走る。チャンスは一瞬。今だけだ。
「がああああああああっ!! ぐあ、く……エク……エクソシストの分際でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
十字架を突き刺す瞬間、電線を離す。当然俺にも電流が流れては困るからだ。
すかさず十字架をレヴィアタンの肩に突き刺した。
「む、無駄だ……オ、オレは……通常の……悪魔祓いは……」
「ああ。だったら、普通じゃなきゃいいんだろ?」
俺はさまざまな形、大きさの十字架を取り出した。それら全てをレヴィアタンの体に突き刺す。
「なっーー!」
「使える十字架に制限はない。使えるもんは全部使う。これが俺の……エクソシストの全力だっ!!」
実は使える十字架は1つだけではない。万が一のために予備で何個か所持していたのだ。まさかそれがここにきて役に立つとは。
遠慮することはない。満遍なく一気に力を使う。レヴィアタンは抵抗出来ずにその身を消失させる。
「1つだけ思い出したよ、レヴィアタン。レヴィアタンという悪魔は嘘つきなんだってな」
言われてみればそうだ。こいつは言った。『オレはエクソシストに負けたことがない』と。
その時点でおかしな話だった。だってこいつは今日召喚されたのだ。エクソシストと戦ったことがあるわけがない。
「全く……サキュバスといいおまえといい、嘘が下手くそだな」
十字架が地面に落ちる。そこにいた青髪の存在は、とっくに消えていた。




