幽霊編その16
身体の自由を奪われてしまい、全く抵抗することが出来ない。
目の前には2人の人物。来遊夜豪。そして彼が召喚した悪魔、レヴィアタン。
レヴィアタンが持つ厄介な力。通常の悪魔祓いが全く効かないということ。
それはただ知識としてあっただけで、まさか本当にそんな敵と出会うとは思ってもいなかった。
だから対策なんて知らない。普通じゃない悪魔祓いってなんだ。そんなもの知るわけがない。
「こいつを殺さないのは別に構わん。だとすればオレはこの後どうすればいい?」
青髪の悪魔が来遊に目を向ける。
「ああ、それなら考えてある。この街を破壊しろ」
男は表情を変えることなく、淡々と告げた。
「は……? 来遊、お前……何言ってんだよ」
「そうか。お前、案外無茶な願いばかり要求するんだな」
そう言いつつもレヴィアタンはすでに行動する気だった。
「っと、その前にこれを貰っていくぞ」
近くにあった冷蔵庫の中から2Lの水を2本取り出した。その1つのキャップを取り、飲み始めた。
「好きにくれてやる。やり方は問わん。お前の好きにしてこい」
レヴィアタンはその言葉を受けて再び弾丸のように飛び去っていった。あたりには水しぶきが降りかかる。
「来遊……!!」
レヴィアタンが飛び去ったことで、俺を縛っていた水が弾けた。
「富士見」
来遊は楽しそうに俺を見る。気にくわない。何がそんなに面白いんだ。
「なんで……なんでだ!! お前は誰よりもこの街のことを考えていたじゃないか! そのお前がなんでこの街を壊す必要があるんだ!?」
彼の胸ぐらを掴む。しかしその目は輝いたままだ。
「この街はまだダメだ。1度作り変える必要があるだろ?」
心底嬉しそうに答える。そんな姿に殴る気力も起きなかった。
「お前は…………もういい。悪魔は俺が倒す。絶対に止めてやる」
胸ぐらを離して雑に飛ばす。来遊はメガネに手をかけると再び俺を見た。
「ああ、その通りだ。悪魔を祓えるのはエクソシストである富士見だけだ。それが富士見の使命だ」
こいつの相手をする必要はない。急いであの悪魔を追わなければならない。
俺は走り出そうとした。その瞬間だった。
「富士見ィィ!!!!」
突然。大声で呼び止められた。
「……いいか、よく聞け。レヴィアタンの弱点を教えてやる。あいつが契約時に与えられたデメリットについてだ」
契約には契約者、悪魔それぞれにデメリットが与えられる。来遊がどのようなデメリットを与えられたのかはわからないが、それは悪魔にも言えたことである。
「悪魔が生気を吸って存在を保っているのは知っているな? あいつはデメリットとして生気以外にも大量に消費しないといけないものがある」
そこまで聞いて大体想像がついた。先程のレヴィアタンの行動。それが全てを物語っていた。
「水……か」
「正解だ。あいつは生気以上に水分を補給しなければならない身体となった。つまりだ。そこをうまくつけば富士見にも勝機があるだろう」
それが本当なのだとすれば、レヴィアタンに水を与えないことが勝利への道かもしれない。だけど。
「今のお前を……信用すると思うか?」
そもそも自身が召喚した悪魔の弱点をわざわざ伝えるのがおかしい。何か意図があるに違いない。
「信用、か。それはされないだろう。何せ、この俺があいつを喚んだんだからな。わざわざその弱点を教えるメリットがない。ああ、わかるさ」
来遊はわかっていると言わんばかりに頷く。
「だが、逆にこの場であいつの弱点を知っているのは俺だけだ。その俺が言っているんだ。本当の可能性も十分高いんじゃないか?」
それはそうだ。問題は来遊がどんな意図でそれを伝えてきたのかということだ。
彼の考えに心底同意しかねる。こいつは一体何がしたいのだ。
「来遊。お前、何がしたいんだ?」
これが本当ならまるで。俺に悪魔を倒させたいようではないか。
「何。悪魔を倒させるヒントを与えたまでだ」
これ以上は無駄だ。話していてもキリがない。こいつの心底嬉しそうな顔を最後に1発殴ってやりたかったが、相手にするだけ無駄だ。
とにかく俺は走った。あの悪魔を追うために。長い廊下だ。ここを通るのは何度目だ。
いたはずの人達はいない。英理奈さんも、瑠来君も、露華ちゃんも、メイド達も……多くの人がこの家にはいた。
だけど、もうこの家には誰もいない。いなくなってしまった。
俺は走りながら携帯を取り出す。そして蘭の電話番号を探し出し、そこに掛ける。
『あっ祐也!! ね、ねぇ! 大変だよ! 大変なことになってるよ!!』
蘭の声は張り詰めている。何かを見た、あるいは聞いたのだろう。それがなんなのかは大体想像がつく。
「蘭。落ち着いて聞いてくれ……秋人は一緒か?」
『当たり前だよ! それより何!? こっちも話したいことがあるのに!』
「そうか。今から来遊邸に来てくれ。近くに来遊の車が停めてあるはずだ。その車の中に麗美ちゃんがいる。麗美ちゃんを保護してやってくれ」
玄関の外に出る。すると遠くから轟音が聞こえた。何かが爆発した、それを示すかのように煙が舞い上がっていた。
『どういうこと……? なんで麗美ちゃんが? 祐也、今何してるの?』
「ごめん。今は説明してる時間がない。とにかく頼む。頼めるのは蘭だけなんだ」
すると目の前に1台の車が姿を見せた。先程俺をここまで送ってくれたタクシーだった。
『祐也……』
「蘭、頼む!」
『……ちゃんと、後で説明してね?』
「……わかった。全部話す」
通話を切った。そして目の前に停止したタクシーに乗り込む。
「運転手さん。どうして……」
俺の問いに答えるより先に、運転手は車を走らせた。
「いやぁ、ちょっとした感ってやつよ。あんたはまたこれを使う。そんな気がしたんだ。いや、正確にはそうそそのかされたって言うべきか」
「??」
言っていることの意味は理解できないが、とにかくこれは好都合だ。
「そういやさっきラジオで聞いたぞ。あんたんとこの会社、どっかの誰かさんに壊されたって」
「会社が……!? クソ……幕阿に限らず……」
間違いなくレヴィアタンだ。あいつが幕阿を殺しに向かった時におそらくやったのだろう。
悪魔の力は計り知れない。そんな存在にとっては小さな街の1つや2つ、どうにでもなるだろう。
「あんた、今この街で何が起きている?」
運転手は問う。それに答えることはできない。
「……ありえないことが起きている。それで伝わりますか?」
「……?? いいや、さっぱりだ。俺には何が何だかさっぱりだ」
当然だ。悪魔が街で暴れている。そんなこと伝えても理解できるはずがない。
「だけど、あんたにはわかってるんだろ? そしてそれを止められるのはあんただけ。だったら俺の役目はあんたをそこに送り届けることだ。それが……俺に出来ることなんだったらな」
タクシーは森を抜ける。そして一気に住宅街を抜けて街の中心部へと進む。
「やっぱりあんたはこの街に必要な存在だ」
俺はそんなことを言われる資格はない。だって、この街のことをよく考えている奴は……
「必ず……止める」
この街のことを考えていた奴がこんなことをするというのなら、それを止めれるのは俺だけだ。
そして、あいつがやろうとしていたことを受け継ぐ。
「この街は、俺が守る」




