幽霊編その15
来遊夜豪は笑う。今まで見せたことのないような笑みを浮かべて。
俺は知らなかった。この男がこんな奴だったなんて。こんな、悪魔を召喚するような人間だったなんて。
「お前は……少なくとも俺の知っている来遊は……こんなことをするような奴じゃなかったはずだ!」
悪魔の召喚については来遊も否定的だったはずだ。それなのになぜだ。
「だからさっきも言っただろう。俺はこういう人間なんだよ」
ニヤリと笑みを浮かべて答える。
「それがわからねぇって言ってんだ! じゃあなにか? 本当は悪魔を召喚したかったけど我慢してたとでもいうのか?」
そんなことがあるか。あってたまるか。
「いいや、違うな。元々悪魔を召喚するつもりなどなかった。なぜだかわかるか?」
そこまで聞いて察した。来遊の根本的な考え方がそれを指していた。
「悪魔が確実に召喚出来るかどうかの証拠がなかったからだ」
来遊は確実に出来ることでなければやらないし行わない。無駄なことを一切しない。それが出来ると証明されないかぎり、一切手をつけない。
だけど、それはサキュバスという存在を目にした時点で証明されてしまっていた。
悪魔が召喚出来るということを。
「だがあの本は本物だった。本当に悪魔の召喚方法が載っていた。そして俺の思惑通り、願いを叶えられるということもな」
悪魔と契約することで願いを叶えることが出来る。そのことをどうして来遊が知っていたのかはわからないし、もしかしたら独自に調べたのかもしれない。
そして、叶えた願い。それがーー
「幽霊がいる世界を……作り上げた……」
「そういうことだ。特にこの街は特別だそうだ。霊力が溜まりやすいように作られているらしいからな。おそらく常識を超えた幽霊が生まれてもおかしくはない」
来遊は和気藹々と答える。その笑みに嘘はない。
「それは誰に与えられた知識だ?」
「悪魔に決まってる。そろそろ戻ってきてもおかしくはないんだけどな」
天井を突き破り飛び去った悪魔。あの悪魔はどこに向かったというのか。
「は、はは。まさかここまで俺の思惑通りの展開になるとはな。人生何があるかわからないものだな、富士見よ」
来遊は笑う。何度も、何度も。今まで見たことなかった笑みを、今日だけで何度見たか。
「……俺はエクソシストだ。悪魔を倒せるのは俺だけだ。お前の悪魔も俺が倒す」
それが俺のやるべきことだ。
だが、もう1つだけ問題があった。
それは来遊のことだ。悪魔を祓ったあと、この男をどうすべきか。馬鹿正直に警察に突き出しても意味がない。
「あぁ、いいぞ富士見。これがお前のやるべきことだ。悪魔を祓い、そして幽霊を祓う。それがお前の……富士見のやるべきことだ!」
本当はわかっていた。昔父親から聞いたことがある。悪魔を召喚した者。その者の結末をーー
「来遊……お前どうしてそこまで……」
何がこの男をここまで突き動かした。そもそもなぜ幽霊がいる世界を作り上げた? 悪魔を召喚してまで。どうしてだ。
どうしてそこまでして、この男は幽霊がいる世界を作り出したかったのだ。
「俺はーー」
来遊が何かを答えようとした、その時だった。瞬間、空からとある存在が降ってきた。それは轟音と共に地に足をつける。
「なっ……」
一目で見てその存在が何なのか理解できた。これは人間ではない。悪魔だ。それだけは確実に理解できた。
目の前にいる悪魔の性別は男性だろう。何より目立っているのは真っ青な髪。青髪だった。男にしては長髪で、服装は上下どちらも廃れたボロボロの服を着ていた。
「お前の言っていたヤツを始末してきた。それで? 次は何をすればいい?」
悪魔は来遊に向かってそう放った。
「待て。始末って……来遊……お前ッ!!」
このタイミングで始末する人間は1人しか思い浮かばない。
「なんだ? この街にいるゴミの始末を頼んだだけだ。なんの問題がある」
まるで、掃除感覚のように答えた。始末して当然だと言いたげに。
「ふざけるな……ついさっき言ってたじゃないか。俺はまだ人間をやめるつもりはないって……あれはなんだったんだ!」
まだやめるつもりはない。彼はそう言った。つまりなんだ。人間をやめる時がきた。そう言いたいのか。
「おかしなことを言うな。俺は手を出していないだろ? やったのは悪魔だ。悪魔が悪魔を殺してなんの問題がある?」
俺は手を出していない。自ら手を下さずにそれを実行させる。それならばいい。そういう考えだというのか。
「オレはお前が何をしようが関係ない。オレは生気さえ吸えればなんでもやる」
青髪の悪魔は無表情のまま答えた。
「悪魔……お前は何者だ?」
馬鹿正直に答えるとも思えないが気づいたら質問していた。見た目だけでは全く想像がつかない。そもそも俺にはほとんど悪魔の知識なんて無いようなものだ。
「レヴィアタン」
「はーー?」
知識が無い、それでも知っていることは何個かある。ヤツのこともその内の1つとも言える。
レヴィアタン。別名リヴァイアサンとも呼ばれる悪魔であり、海の怪物である。
そして1番厄介な力。それがこの悪魔には存在している。
「お前がエクソシストか。面白い。オレはエクソシストと戦うのは初めてじゃない。だからお前のこともよくわかる」
レヴィアタンの周りを大量の水がまとわりつく。
「そしてオレは、エクソシストに負けたことがない。」
はっきりと言い放つとレヴィアタンは動いた。一瞬で視界に中は悪魔の姿で埋まった。
「ーー!!」
気づけば俺は吹き飛ばされていた。そしてそのまま部屋の壁に激突する。
「こんなものか、エクソシスト。オレの戦ったエクソシストはこんなものではなかった」
レヴィアタンはさらに追い討ちをかける。倒れこむ俺の首を掴んで持ち上げた。
「が、あーー」
「どうした? 何か言いたいのか?」
レヴィアタンは完全に油断している。チャンスは今しかない。
俺は苦しいのを耐え、左手で首を絞めるレヴィアタンの腕を掴んだ。
「?」
レヴィアタンは困惑している。そして俺は右手で十字架を取り出す。
それを、レヴィアタンの腕に差し込む。
「なっ……!! が、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悪魔に十字架を差し込む。この時点で悪魔祓いは完全に成功する。レヴィアタンは消滅する。悪魔は消える。
それが、ごく普通の展開だ。
「ーーーーとまあ、そんなあっさり退場はしない」
ただし、この悪魔はそうはいかない。レヴィアタンは水を操り、俺の体を縛った。これでは身動きが取れない。
「そこまでだ。富士見は殺すな。そいつは俺の友人だ」
そんな悪魔の動きを止めたのは他でもない来遊だった。レヴィアタンは動きを止めるが、俺の体は水で縛られたままだ。
「富士見。それがお前のエクソシストとしての力か。まさかずっと身につけていた十字架にそんな役目があったとはな」
「ぐっ……」
水とはいえ強力な力で縛られている。全く身動きが取れない。
「悪魔祓いってやつか。だがそうだな。お前ならもうわかっているんだろ? こいつが、レヴィアタンがどんな力を持っているか」
そんなもの、とっくにわかっている。だからダメとはわかっていた。
レヴィアタンが持つ厄介な力。それはーー
「こいつにはな、普通の悪魔祓いは一切通用しない」
そんなまるで悪魔のような力。それがこの青髪の悪魔、レヴィアタンの持つ力だった。




