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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
幽霊編

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幽霊編 行間

 私はこの世界のことを何も知らない。

 だからこそ思ったのだ。知りたいと、理解したいと思った。この世界の謎を。

 かつて、私のご先祖様は悪魔を召喚して戦っていたという話を聞いた。

 最初はなんとも馬鹿らしい話だと思った。悪魔? そんなもの、この世界に存在するはずがないのに。

 そう思った。だけど、同時にこうも思った。

 どうして、存在するはずがないだなんて決めつけるのだろうかと。

 たまたま誰も見たことがないから存在しないと判断してるだけではないのか。存在しない理由を証明できるのか。そんな風に考えてしまった。

 きっと、その日から私は変わったのだろう。

 私はこの世界に存在するかもしれない未知の存在を追い求めた。

 誰も私の意見には賛同しない。だから1人で調べる。そう決め込んでいた。

 だけど、そんな私にも仲間が出来た。それが私にとっては嬉しいことだった。こんな私にも、仲間といえる存在が出来るなんて。

 だからこそ、みんなに成果を見せたかった。だから必死で探した。そして見つけた。

 でも、それは意味のないことだった。だって、()()はもう処分するのだから。

 悪魔の召喚方法が書かれた本。これがあるということは、悪魔がいるという証明になる。それだけで私の目的は達成された。嬉しいはずなのに……まだ何か足りない。

 それはどうして? いや、きっと心の中ではわかっていた。きっと、私はーー


 しばらく歩いていると神社へとたどり着いた。背後をずっと気にして歩いていたけど、特にあのストーカーに付きまとわれている様子はなかった。

 途中までは蘭さんが付き添ってくれたけど、ここからは私の仕事。やるからには責任を持って処分しないといけない。


「……」


 神社の裏手。そこには大きめの倉庫があり、そこの道具を使って処分しよう。

 そう思って倉庫の扉を開けた。中には掃除道具や草刈機など、色々な道具がしまってあった。

 その中から袋に詰められた落ち葉を探し出す。これを使って本を一緒に燃やそう。ちゃんとマッチも持ってきた。準備は万端だ。


「……せっかく見つけたのに」


 私のご先祖様はどうしてこの本を残したのだろう。何か意味があって残したのだろうか。

 わからない。疑問だけが残る。マッチになかなか手がつけられない。


「…………」


 やっぱり、何も燃やさなくてもいいかな?

 そんな風に一瞬、考えた。


()()()()


 ゾワっと背筋が凍るのがわかった。気がつけば扉の前に1つの人影が見えている。その人物は倉庫の中に入ると扉を閉めてしまった。


「やっと、2人っきりになれたね。輪花ちゃん」


「ひっ……」


 男は私のことをストーキングしていた人物だった。目は血走っていて、鼻息が荒がっているのが伝わってくる。

 恐怖。それしか思い浮かばない。

 密室に不審者と一緒。それも、私のことをストーキングしている奴と。

 怖い。やめて。こっちに来ないで。


「ああ、輪花ちゃん!! いいよぉ!」


「いや、いや!! やめて、来ないで!!」


 私は必死で倉庫の中で逃げ回った。大きめの倉庫とはいうものの、中は道具で散らばっており実質的にはスペースはほとんど無いようなものだった。

 ありとあらゆる手を使って男の手から離れようとした。だけど、それも虚しくあっさりと身体を掴まれる。


「ああ、ずっと我慢してたんだよ……いい、いいよ……可愛いよ……いい匂いだぁ……僕が食べてあげるよ」


「やめ、やめて……お願いだから……誰かっ! 誰か助けて!!」


 男は私の身体を強引に抱きしめる。痛い。身体の節々が痛みを訴えている。そして粘ついた汚らしい舌で私の頬を舐めとった。

 お願い。誰か助けて。何でもする。こんな、こんな男に襲われるぐらいなら……私は……


「……ッ!! 痛っ!!」


 私は男の腕に思いっきり噛み付いた。男は思わず私から離れる。


「痛い。痛いなぁ。ああ、だけど輪花ちゃんに噛まれたなら……それも幸せか」


 男はねっとりと笑みを浮かべると、私の噛んだところを舐めた。本当に気持ち悪い。


「次は僕の番だ。僕が……いっぱい噛んであげるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 嫌だ。こんな奴に。私の人生をめちゃくちゃにされてたまるか。

 私にはやるべきことがある。こんなことで、こんな奴に全てを汚されるわけにはいかない。

 そんなことになるぐらいなら。私はーー

 悪魔にだって、魂を売ってもいい。


「ーーーーあ」


 男は止まった。動かない。

 いや、違う。動かないんじゃない。動けないんだ。


「ーーーーあ、あ」


 ではどうして? なぜ男は動かないの? 地面は真っ赤に染まっている。これは何? こんな真っ赤な液体、さっきまで無かったよね?

 ミシミシと金属の音がする。

 男の腹にはノコギリが突き刺さっている。

 私の手にはノコギリの取っ手がある。

 じゃあ、この男を動けなくしたのは誰?


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 なんで、なんでなんでなんで!!

 なんで私がこんなことをしなくちゃならないの? 私が何をしたっていうの? 私はただ、この世界のことを知りたかっただけなのにーー


「あ、ああ……」


 私は悪魔に魂を売ったんだ。人を殺したんだ。この手で、私の手で。

 目に入るのは1つの本。この状況を打破出来る手は……もう、これしか残されていなかった。

 私は再びノコギリを手に持つ。やるしかない。ここで終わるのだというなら、最後に証明してみせる。

 いや、きっと最後じゃなくてもそう思っていたんだ。私はきっと、証明してこの目で確かめたかったんだ。

 この世界に、悪魔がいるということを。


「うっ……」


 まず、右腕を切った。人の骨は思った以上に硬い。それでもめいいっぱい力を入れて切り落とした。次に、左腕。やることは単純。ただただ体をバラバラにするだけ。そう、単純。単純な作業をしているだけだから。何もおかしなことじゃないよね? そして右脚、左脚。最後にアタマを切った。きった。キッタ。私は、人を殺した。コロシタ。殺したんだ。もう私は人じゃない。人を殺してしまったら、私はもう人ではない。ははは、当然かな。躊躇うことなく私は、自分の指をノコギリで切断した。激しい痛みに精神がおかしくなりそうだった。だけど、それ以上に私の精神はイかれてしまっていた。ええ、そうかな? 私って、実は元々オカシイんじゃなかった?


「あ、ああ……あ」


 バラバラの死体をまとめて、その上に私のちぎれた指から血を流す。あんなに人の死体が苦手だったのに。もう、そんな感情すらどこかに行ってしまった。

 もしも、これで何も起きなければ私はただの猟奇殺人犯だ。完全にサイコパスだ。

 いや、もうそうか。なんにせよ、私はもう人じゃないんだ。

 私はゆっくりと冷静に時計を見た。10時59分。あと1分。


「お願い……出てきて……」


 私はその場に膝をつけた。そして祈った。まるで、神に祈るかのような姿で。


「お願い……お願いだから……」


 そして、時は来た。


「私の前に姿を見せて!!」


 瞬間、世界が変わった。

 目の前にあった死体は姿を消し、切断した指も元に戻っている。

 代わりにその場に現れたのはーー


「ふふ、ワタシを喚んだのはどこのどちらさん?」


 そこには美しい姿をした女性がいた。白髪のロングヘアーで、全身が透けたドレスを着ていて身体のラインがくっきりと浮き出てしまっている。しかし同性の私から見ても美しい美貌を持つものが現れたと確信した。


「あ、あなたは……」


「んん? あー私の姿に驚いてるのね。女も欲情させちゃうなんてインキュバスに怒られちゃいそう」


「悪魔……なの?」


 本当に、悪魔が現れた。目の前に、私の追い求めていた非現実がいる。

 それ以上に、なんて美しいんだろうと思った。


「当たり前でしょー? あなたがワタシを喚んだくせに。何言ってんの」


「あ、ああ……本当に、本当に……いた……存在、したんだ……」


 証明された。悪魔の存在が。


「それで? 契約はどうするの?」


「契約……?」


「契約よ契約。あなたの願いを叶えてあげるって言ってんの。さあ、何がお望み?」


 契約ってなんだろう。だけどこの口ぶりだと、私の願いを叶えてくれるみたいだ。

 契約。つまり、悪魔に魂を売るということ。今更引き返せないよ。

 私はーー


「私は、まだ出会ったことのないこの世界に存在するものに会いたい」


 それを伝えると悪魔は小さく笑った。


「ふふ、面白い願いね。それもいいと思うけど、まずはこの状況をどうにかすべきじゃない?」


 悪魔は辺りを見回して判断したのだろう。この場で何が起きたのかを。


「少なくともあなたの力ではこの場を乗り切ることは出来ない。いずれバレるわよ。人殺し、ってね。それじゃあこの世界の未知なるものに出会うことなんて出来ないわね」


 その言葉に身体が固まる。私は人を殺した。それがバレてしまえば、私の生活は……そして、みんなはーー


「じゃあ、どうすれば……どうすればいいの」


 この状況を打破出来ると信じて悪魔を喚んだ。私には無理でも、彼女には出来るはずだ。


「簡単なことよ。ワタシが一時的にあなたの身体を借りるのよ」


「私の……身体を?」


「そうそう。ワタシがあなたの身体を使ってこの状況をうまくやり過ごす。それが出来るのはワタシだけ。あなたには出来ない。だから、ワタシを喚んだんでしょう?」


 そう、だ。私には出来ないことを彼女がやってくれる。だって、彼女は人間ではない。想像を超えた存在、悪魔なのだから。悪魔ならなんでも出来る。きっとそうに違いない。


「あなたはこう言うの。『私の身体に悪魔サキュバスを取り込みたい』ってね。そうすれば契約完了よ」


 悪魔サキュバス。それがこの悪魔の名前。

 どのみち私に残された道はない。私は人を殺した。もう後戻りは出来ない。

 それに、私はさっき誓ったじゃない。悪魔に魂を売る覚悟は出来ているって。


「……わかった」


「ふふ、いい子ね。それじゃあ、キスしよっか?」


 な、なんでキス? いや、確かこの本には人間と悪魔がキスをしていた。それはこのことを示していたんだ。


「待って。1つだけ確認させて。一時的にって言っていたけど、それは本当? 私は……また私に戻れるの?」


 彼女は私の身体を借りると言った。しかしそれは本当に一時的なものなのだろうか? いくらなんでもずっと身体を支配されるのは嫌だった。


「大丈夫。一時的だから。安心して」


 信じて、いいのだろうか? いや、仮に信じられなかったとしてももう既に遅かった。

 サキュバスは私の頬に触れ、そのまま唇を近づけてくる。

 ああ、私は見つけたよ。証明したよ。この世界に存在するものを。

 喜んでくれるかな?

 私。ずっと、みんなの、あなたの為にーー



「あは」


 私、どうなっちゃうのかな。


「あははは」


 意識がだんだんと遠のいていくなぁ。


「これでワタシは自由。ヒトのカラダも手に入れたし」


 ああ、そっか。私、もう終わりなんだ。


「この子には感謝しないとねぇ。仕事はちゃんとするわよー」


 私が私じゃなくなる。別の何かになる。わかっていた。そんな気はしていた。


「おおー、燃える燃える。ちょっと勢い強すぎたかなー。ま、いっか」


 この世界に存在する悪魔。証明された。証明、されましたよ。


「ふふ、せっかくの人間の世界! たっぷり楽しませてもらうよ! 骨の髄までたーっぷりとね」


 みんな……来遊さん。喜んでくれますよね。

 私、ワタシ……証明、出来たんですよ。

 このワタシ。

 ああ。

 ワタシは、ワタシ。

 ふふ、あなたの人生はもうお終い。

 ここからはワタシの物語。ワタシの世界。あなたはおしまい。

 さようなら、それじゃあね。小さなちっぽけな人間さん♪

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