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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
幽霊編

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幽霊編その9

 夜が更けて辺り一面は真っ暗になっていた。

 無事に記者会見を終え、今後の方針をある程度決めたのちに帰宅することとなった。


「社長。どうしてこんなことになってしまったのでしょう」


 俺は再び幕阿一樹の運転に揺られていた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。この街で起きた殺人事件。常識の範囲を超えている事件。

 脳裏に浮かぶのは1つの可能性。この世に存在する常識を超えた存在。


「人の……仕業じゃない」


「そうですね……もはやこれは人のなすべきことではない。ある意味、人間ではない別の何かなのかもしれませんね」


 人を殺した時点で、もう人として終わっている。例えそれが悪魔でなかろうが。


「我が社もこのままでは……」


 記者会見でも記者からの質問はあまりにひどいものだった。ウチの設備に問題があったのではないか、狙われるようなことをしたのではないか、と。


「問題ないさ。ああいうのは言わせておけばいいんだ」


「しかしですよ! ネットでの評価も我が社は落ちてきています。このままでは我が社のイメージダウンに……」


 そこまで考えてくれるのはありがたいが幕阿も相当疲れている。あまり無理をさせないようにしたいものだ。


「ここでいい。明日も忙しくなるからお前も今日はゆっくり休んでおけ」


「かしこまりました……どうかくれぐれも気をつけて」


 俺は大通りに停められた車から降り、幕阿は去っていった。彼だけでなく、社員のことも心配だ。早く帰って対策を練らねばならない。

 そう思って帰路に立とうと思った矢先、妙な違和感を覚えた。

 周りに人が誰もいなかったのだ。

 この辺りの大通りには、帰宅するサラリーマン等多少は人の姿を見ることができた。

 夜遅くということもあるが、今日は一段と不気味さが増していた。単純に人が少ない、真っ暗、それだけなのか?

 そんなことだけで、こんなにも不気味になるのか?


「……」


 今一度辺りの様子を確認してから俺は携帯を取り出した。画面に表示されている名前。それは1番最初に連絡すべき人物の名だ。


『もしもし? 祐也! 大丈夫なの?』


「ああ、俺は大丈夫だ。蘭、お前こそ大丈夫か? 秋人も」


 こんな物騒な事件があったんだ。家族を心配しない奴がいるか。


『私も大丈夫だよー。ほら、秋人。パパだよー』


『……パパ! 早く帰ってきてよ! 遊ぶ約束でしょ!』


 妻と子供の元気そうな声を聞いて安心したのか、スッと体が和らぐのがわかった。


「……ああ。すぐ帰るさ。ママに代わってくれるか?」


『約束だからね!』


 元気そうな秋人の声は遠ざかる。そして再び蘭の声が近づく。


『秋人もこう言ってるし、私も……早く帰ってきてほしいから』


「わかってる。とにかく、気をつけてくれ」


『うん……祐也、気をつけて』


「ああ」


 俺は通話を切った。ひとまず安心した。少なくとも俺の大切な人達は傷ついていなかった。その事実に安心した。

 ああ、よかった。本当に、よかった。つい胸を撫で下ろす。溜まっていたため息も一気に吐き出す。


「……よかった」


 つい、そんな言葉を口に出していた。


()()()()()()()()()()()()()()


 一瞬の出来事だった。誰もいなかったはずの真後ろから声がした。酷く冷たく、どこか寂しさを感じる声だった。

 とっさに振り返ると、そこには見知らぬ女が立っていた。


「な……なんだ?」


 目の前にいる女はなんだかとても不自然だった。

 女は純白のドレスを着ていた。なんというか、このような場所には似合わない格好だった。

 女は肩まで伸びた黒髪で、冷たい目つきをしていた。一言で言えばこんな格好は似合わない人物だった。

 しかし、なんだろうか。逆にこの違和感がなんとも言えない気持ちにさせる。


「なんだ? それはこっちのセリフですよ? こんな物騒なことが起きてるって言うのに、よくもまあよかったなんて言えますね。ふふ、もしかして他人なら死んでもいいって思っちゃってる系ですかぁ?」


 女の表情は妙に艶かしさを感じる。目の前の男を誘っているかのような目つき。無駄に1つ1つの動きにも妙な艶かしさを感じる。


「どうしたんですか? さっきから私のカラダばっかり見てますよ?」


 女は姿勢を低くして俺を見上げる。


「いや……そういうわけじゃ……」


「ほんとにぃ? ふーん。富士見さんが望むなら……ちょっとぐらい……触ってもいいんですよ?」


 女は人差し指で俺の胸をつつく。

 なんだ、この女は。どうしてこの女はこうやって俺を誘惑する?

 おそらく、男なら誰でもこの罠にはまってしまうだろう。そう確信できた。だというのに。俺の中にもそんな気持ちが無いとは言えないのだろうに。

 どうしてか、全くこの女には惹かれなかった。

 それは俺が妻子持ちだからか? そうじゃない。一言で言えば、この女に欲情するかどうかといえばするのだろう。そういう感情があるということはわかる。

 だけど、俺にはそれが全く感じられなかったのだ。誰が見ても魅力的に感じるはずなのに、俺は()()()()()には全く魅力を感じなかった。


「……お前」


 しかし、俺はそんなことよりも別のことに気を取られていた。


「今、なんて言った?」


「え?? 触ってもいいって言ったんですよ? 私そんなにおっぱいは大きくないですけど、カタチと柔らかさは絶品かと」


「そうじゃねぇよ!! お前、俺のことなんて言った??」


女の言葉、1つ1つには違和感を覚えた。しかしたった1つの言葉、その声だけはどこかで聞いたような気がした。


「どうして、俺の名前を知っている?」


 女は俺の名前を知っている。何故だ? こいつは一体、誰なんだ?


「どうしてって、そんなの決まってるじゃないですか。あなたは私の先輩でしょ? 富士見さん」


「っ!!」


 そうか。そういうことか。確信した。俺はこの女を知っている。見知らぬ女ではなく、見知った女だ。あの日、あの時消えた後輩だった。


「りん……か……」


 同志輪花。俺たちの大切な仲間であり、突然姿を消してしまった人物だ。


「……? あー、そうでしたねぇ。名前を呼ばれたのは久しぶりだったから忘れちゃってましたよ」


 輪花はくるりと回って俺を見た。やはりその表情は昔の輪花とは違っていた。


「輪花……今まで何してたんだ! 急にいなくなって……みんな心配してたんだ! 俺も、蘭も! それに来遊だって!」


 輪花はうっすらと笑みを浮かべているように見える。


「黙っていなくなったことは謝りますよぉ。ちゃんとそれにもわけがあるんですよ。教えてあげますから……これからちょっと、付き合ってくれません?」


 輪花は顔を近づけてきた。鼻と鼻が触れそうになるぐらいに近づいていた。香水なのかわからないが、頭がクラクラしそうになるぐらい気分の悪くなる匂いがした。


「確かに話はたっぷり聞きたい。だけど今日はダメだ。蘭に帰るって約束しちまったからな」


「へぇ……その口ぶりだと……はぁ、そうなんですね。あなたと蘭さんが。ふーん、蘭さんも見る目がないですねぇ。こんな男と一緒になるなんて」


 毒舌っぷりは相変わらずのようだ。変わっていないところもあって少しだけ安心する。


「大体お前、なんでそんな格好してんだよ。はっきり言わせてもらうと、似合ってないぞ」


「ふふ、色々と便利なんですよ」


 妖美な笑みを浮かべると、輪花はスカートを若干たくし上げた。その隙間から真っ白で、とても柔らかそうな太ももがあらわになる。


「……」


 どうしてなんだ。なんでこんなことをされても俺は何も感じない。それはもちろん何も感じない方がいいに決まってるのだが、それはそれで男としてどうかとも思う。


「あっ、先輩私の足見てる〜えっちー」


「……」


 それもあるが、そもそも輪花はなぜこんなビッチのような人物になってしまったんだ。自分でもオカルトオタクなどと自称していたのに……何があったんだ?


「輪花。1つだけ聞かせてくれ」


 輪花はゆっくりとこちらを見た。


「1つだけでいいんですか? もっと聞いてもいいんですよ? 私は聞かれたことなんでも答えますよ? 私を好きに……してもいいんですよ?」


 一瞬だけ、艶かしい表情から昔の表情に戻った気がした。


「ただし、この場では答えませんよ。もっと、真っ暗なところに行きましょう」


 彼女は俺の手を取る。そしてそのまま暗闇へと進む。振り払うことも出来たがそれをしなかった。

 もしかしたら、俺はこの時点で気づいていたのかもしれない。

 輪花が、一体どうなってしまったのかを。

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