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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
幽霊編

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幽霊編その5

 未だにあの光景を覚えている。真っ黒な煙に燃え盛る真っ赤な炎。泣き出しそうな表情をする蘭。全てが脳裏に焼き付いている。

 あれから数時間後、炎は鎮火された。そして、()()()1()()()()()()()

 輪花は奇跡的に無事だった。煙を吸い過ぎたせいで意識を失っていたが、ギリギリのところで救出されたらしい。

 その後、意識も無事に取り戻した。俺たちは輪花から何があったのか話を聞いた。

 輪花曰く、本を燃やしている途中で建物に乗り移ってしまったとのことだった。結果、逃げることもできずに閉じ込められてしまったという。

 ただ、俺たちとしては輪花が無事でよかった。ただそれだけだった。

 だけど、この日から何かが変わった。

 まず確実に言える変化。それは他の誰でもない輪花だった。

 輪花は退院した後、研究所に来ることが減った。さらには連絡すらなかなか取れなくなってしまった。元々よく喋る方ではなかったが、今まで以上に口数が減ってしまっていた。

 そんな中でも1番衝撃的だったのが、なんと大学を辞めてしまったということだ。

 あの1番熱心だった輪花が、サークルだけならまだしも大学まで辞めるだなんて。

 さすがにおかしいと思った俺や蘭は輪花の家を訪ねるが、両親も現状を把握していないようだった。

 そして数年後。俺たちが大学を卒業する間近。1つの大きな事件が起きた。

 輪花の両親が自殺をしたのだ。2人揃って。

 何かの嘘かと思った。いや、嘘だと思いたかっただけなのかもしれない。

 さらには輪花と完全に連絡も取れなくなり、気づけばこの街から輪花の姿がなくなっていた。

 こうして俺たちの中でポッカリと穴が空いたまま、時は過ぎていった。


 ただ時間だけが過ぎていく。気がつけば輪花がいなくなってからもう数年が経っていた。

 大学を無事に卒業し、就職をした。そして結婚もして子供も出来た。個人としてみれば何1つとして問題のない人生を送っていた。

 だけどこの気持ちはなんなのだろう。幸せな気持ちに変わりはない。それでも俺たちの心に空いた穴は、決して埋まることはなかった。


「どうしたの? 祐也」


 隣には蘭がいる。昔と変わらず、今でも静かでおとなしい。だけどそんな彼女に俺はいつも支えられてきた。


「いや、ちょっと昔のことを思い出してた」


 今日は雨が降っている。ポツポツと強くもなく弱くもない雨だ。まるで、空が泣いているかのように悲しい雨だった。


「昔って、お父さんのこと?」


 蘭はここでお父さんと言った。それは俺の父親のことだ。

 俺の父親は数年前に死んだ。病死だった。今日はその命日だった。だからこうして家族で墓参りに来ていたのだ。

 しかし俺が思い出していたのは父親ではない。


「いいや、違う。輪花のことだ」


 輪花は消えた。しかし死んだわけではない。ただ姿を消したのだ。

 それがどうしてかはわからない。何か理由があったのかもしれない。ただ、その理由が良いことなのか悪いことなのかは本人にしかわからない。


「輪花ちゃん……どうしていなくなっちゃったんだろ」


 蘭はまた悲しそうな表情をした。俺は彼女の肩を掴んだ。

 俺は蘭にもう悲しい思いはさせない。そう誓ったんだ。


「おーーい!!」


 すると、遠くから元気な子供の声がする。


「パパー! ママー! まだ終わらないのかよー!!」


 半袖短パンの子供は大きな声で叫んだ。レインコートを着て、雨の中はしゃいでいる。


「ふふ。秋人(あきひと)ったら。あんな大きな声で叫んじゃって」


 富士見秋人。それが俺と蘭の子供だ。

 俺は家庭を持った。蘭と結婚し、秋人も生まれた。幸せなのに違いはない。それでも俺の心は晴れない。

 輪花がいなくなったことが、あの一連の事件が、どうしても無関係に思えないからだ。

 彼女に何があった? あの日、あの火事があった日。

 あの時輪花は一体何をしに、何を処分するために神社へとーー


「それじゃあ父さん。また来るよ」


 思考を無理やり遮って父さんに挨拶をすると、その場を立ち去る。


「おーい! 早く早くー!」


 秋人が俺たちを呼ぶ。少なくとも雨が降っているというのに元気だな。


「どうしたの? 何か面白いことでもあった?」


 蘭が秋人の頭を撫でる。特に何もしていないのに彼女はよく頭を撫でる。癖なのだろう。


「カエルがいたんだ! こっちこっち!」


 目を輝かせながら秋人は蘭の手を取って走っていった。


「あんまり走るなよー。転んだら危ないから」


 蘭はニコッと笑って答えた。幸せ。俺はただその感情だけを持って今まで生きてきた。

 だが同時に何度も思った。俺は、幸せになっていいのか。本当に、俺に落ち度は何もなかったのだろうか……

 再びマイナス思考になりかけたところで、突然救世主かのように携帯が鳴り響いた。


「はい、富士見です」


『あっ、富士見さん。今どちらに?』


 電話の声の主は甲高い声をした男だった。


「墓参りだけど」


『えっ……そ、それは失礼致しました。じ、実は今すぐにでもお耳に入れておきたい話がありまして……』


 なんだ。わざわざ休暇の時に連絡を入れてくるなんて。余程のことがなければ連絡はするなと言っているのだが。


「なんだ。わざわざ電話するってことはよっぽどのことなんだろうな?」


『はい……今回の『新市町村計画』にあの来遊さんが賛同することが判明したんです』


 来遊。それは俺の友人である来遊夜豪のことだろう。

 来遊は俺と同じく、公務員として働いてきた。そんな中俺は会社を立ち上げ、来遊は町長となった。

 電話の話に戻ると、今回実施されようとしている計画。いわゆる『新市町村計画』についてだ。

 簡単に話すと、この周辺の町村を合併しようという計画だ。それに来遊が賛同するということか。

 来遊は短期間で町長まで登りつめていることもあり、世間からの注目度は高い。下手をすると、全部奴に持っていかれても不思議ではないぐらいに勢いのある人間となっていた。


『社長は来遊さんとは旧友であるとお聞きしました。何か策はあるのでしょうか?』


「策ね。それは俺たちに利益が出るようなってことか?」


『も、もちろんです! 私は社長のため、そしてこの会社のために人生を注ぐつもりであります!』


 それは大袈裟すぎないか。むしろそこまで思われても困る。


「わかったわかった。とりあえず考えておくから切るぞ」


 返事を待たずに俺は通話を切る。全く、策も何も別に来遊は敵なんかじゃないのに。

 と、携帯をしまおうと思ったところメールが1通届いていることに気づく。


「これは……」


 メールを送ってきたのは……


『来遊だ。今回の計画賛同について話したいことがある。連絡を求む』


 噂をすればなんとやら、早速の連絡ときたか。しかし相変わらず硬い男だ。

 俺は今度こそ携帯をしまって再び蘭達に目を向ける。

 今俺たちはこうして幸せに過ごしている。これが俺たちの日常であり、俺たちの住むごく普通の何もない世界だ。

 そう、何もない。平和な世界だ。

 今この時こそ、みんなに伝えようとしている500年前だ。つまり、この時代に何かが起きる。

 世界が変わる。その時が訪れようとしていたーー

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