神隠し編その4
少女の話を聞くためにとりあえず席につくことにした。少女は智奈の隣に座った。ちなみに椅子は4つしかない。つまり現在は俺、隣に富士見。俺の前に少女、隣に智奈という状況だ。
「まずは名前を聞かせてくれよ」
「あ、そうでした……自己紹介なんて初対面では基本中の基本なのに……! しまったー! もう一回やり直してもいいですか?」
「あー! いいって、とりあえず今教えろ!」
少女がビクッとしたのが俺にも感じ取れた。
「怪奇谷君。女の子にはもっと優しくするべきじゃない?特に私のようなパーフェクトビューティーには」
「そうだな。すまん、とりあえず名前を教えてくれないか?」
「姫蓮先輩、スルーされてます……」
外野がごちゃごちゃしててうるさいが気にしない。再び少女の口に意識を向ける。
「冬峰紅羽といいます。よろしくお願いします! お兄さん」
冬峰紅羽。少女はそう名乗った。次は俺たちの番だと、それぞれ自己紹介を行った。
「ほー、魁斗お兄さん! 姫蓮お姉さん! 智奈お姉ちゃんね! わかった! 覚えたよ!」
冬峰は嬉しそうに俺たちの名前を連呼する。
「じゃあ冬峰、話を戻すぞ。お前の弟……は、神隠しにあった。それは間違い無いんだな?」
俺はまず1番最初に聞いておかねばらないことを率直に問う。
「はい。間違いありません。弟は……」
冬峰が俯く。隣にいる智奈と奇跡的にシンクロした。
「ごめんね、辛い話かもしれないけど話してくれるかな?」
富士見が優しく声をかける。富士見のこの女神のような対応をなぜ俺にはしてくれないのだろうと度々思う。
「はい。弟と2人で遊園地で遊んでいたんです。お化け屋敷の近くだったかな……ちょっと私が目を離しちゃったのが失敗だったのかな……いなくなっていたんです。文字通りの意味です。本当に一瞬目を離しただけなのにいなくなっちゃっていたんです」
これを神隠しと言っていいのだろうか? 直接みていないからなんとも言えないが、条件としては合っている。人が一瞬で姿を消す。しかし一瞬というのがどれぐらいにもよる。
「どれくらい、ですか……うーん……っ!」
なにか閃いたのか冬峰は手を智奈に伸ばす。正確には、智奈の胸に
「……ひっ!!」
智奈が普段上げないような悲鳴をあげる。するとすかさずに冬峰は。
「智奈お姉ちゃんの反応ぐらいですかねー」
「ち、智奈の反応で伝えるなよ! もっと上手く伝える方法あるだろ!」
智奈は顔を真っ赤にして俯いている。ま、まあその姿はなんとも愛らしいものなのだが。
「怪奇谷君。目がやらしいのよ。変態」
「ご、ごめんなさい! パッと思い浮かんだのがこれだったので……! もう一度やり直すから!!」
「やり直さんでいい! 今度は富士見の胸でも触るつもりか?」
「え? 怪奇谷君。私の胸の話題を出すとはいい度胸してるわね」
と、一瞬というのがとれぐらいかはわかった。胸を触って叫ぶまでの時間は大体1秒から2秒ほど。その一瞬で弟は消えたのだという。確かに人間業では無い可能性が高まる。
「よし、わかった。じゃあ調べてみるよ。その遊園地の場所教えてもらってもいいか?」
「きょ、協力してくれるんですか! ありがとうございます!」
冬峰はキラキラと輝かせながら俺にお礼を言った。単純というか、この子はなんでも間に受けてしまう性格なんだろう。
「ふふ。やる気が出てきたわね。怪奇谷君。さっそくその遊園地に行きましょう」
「いやいや、今から行っても時間的に閉園時間までに間に合わないぞ?」
現在は午後5時。そして遊園地の閉園時間は7時だ。学校から遊園地までどうしても1時間以上はかかってしまう。ギリギリ間に合ったとしても調べるには時間が足りない。
「明日……と思ったが学校か。うーん……土曜まで待てるか?」
さすがに学校をサボってまで遊園地に行くわけにはいかないしな。
「そうですね……大丈夫です! 皆さん学生ですもんね! 学業を優先するのは当然です!」
俺としても早く解決してやりたい……いや、これも俺の興味なのだろう。
神隠し。そんなものが本当にあるのかこの目で確かめたい。
「いや、明日行きましょう」
「は?」
富士見がなにか予想外のことを言った気がする。
「は? じゃなくて、明日行きましょうと言ったのよ。なにか問題ある?」
「バカか。明日学校だぞ? どうやって休むんだよ」
「はぁ。怪奇谷君って意外と真面目なのね。いつか苦労するわよ」
なんでそんなことで苦労するんだ⁉︎
「あなた、冬峰さんの弟さんを早く見つけてあげたいとは思わないの? 学業とどっちが重要なのかよ」
「お、おう」
「それに今のセリフからわかるけど、あなた1度も学校休んだことないわね? なら1日ぐらい大丈夫よ。それぐらいで成績がガタ落ちすることなんてないから? ね? 1回だけだから?」
すっげー必死だ、この女は。富士見の言う通りで俺は休んだことがない。もちろん体調不良で休んだことはある。ズル休みというのをしたことがないというだけだ。
「わかったよ。で? どうやって休むんだ? 馬鹿正直に遊園地行ってきますとは言わないよな?」
「そんな風に考えるのはあなたぐらいね。智奈ですらズル休みぐらいしたことあるわよ?」
……⁉︎ なに、あの智奈がズル休みだと⁉︎
「智奈、それは本当なのか?」
「はい……ちょっとどうしても外せない用事がありまして…」
驚いた。こんな真面目そうな子でもズル休みするんだな。
「むしろ私からすればあなたが1度もズル休みしたことないってことに驚きね。いかにもズルしてそうな顔だし」
「ズルしてそうな顔ってどんな顔だよ」
「冬峰さん。こういう人間には気をつけないとダメだからね」
「え、あ。は、はい! 魁斗お兄さんには気をつけます!」
俺に気をつけてどうすんだよ……
「さあ、明日の方針をまとめましょう」
富士見が仕切って話をまとめる。明日の11時に、遊園地に現地集合。とりあえずアトラクション全部を周るらしい。全部周る必要はあるのか?
「ふふふ。楽しみね。智奈、ちゃんとオシャレしてくるのよ?」
「そ、そんな……私は別に……」
「わー、楽しみです! 智奈お姉ちゃんってドレスとか似合いそうですよね!」
「どっ……! ドレス、なんてそんな……!」
みんな本来の目的を忘れちゃいないか?
「ちょっとアンタ」
ヘッドホンが小声で声をかけてきた。俺はそっと立ち上がり、飲み物を入れるふりをして席を離れる。
「どうした?」
「ああ。実はな……」
いつになく真剣に話すヘッドホン。
「アタシ、絶叫マシンとやらに超興味があるんだ」
「は?」
「ジェットコースター? だっけ? 乗ってみたいな〜」
真面目な話かと思って損した。
「魁斗お兄さん、なにしてるの?」
すると横からひょこっと冬峰が顔を出す。今の会話、聞かれてないよな?
「あ、そのヘッドホンいいですね! ちょっと傷ついてるけど、私は好みですよ!」
「そ、そうか。これの良さがわかるとは大した奴だ」
適当に話合わせる。どうやら聞かれてはいなかったようだ。
「あ、そういえば冬峰。お前、それ制服みたいだけど中学生か?」
気になっていたことを話す。
「はい! そうですよー。鹿馬中学1年生です!」
鹿馬中の生徒だったか。俺の妹も確か鹿馬中だっけな。一緒に住んでないから確証は持てないが。
「中学生なのになんでここのことがわかったんだ? ネットで見たのか?」
「いえいえ。ここの生徒の方から聞いたんです。名前は聞き忘れてしまったのでなんという方かは覚えていないんですけど……」
誰かが冬峰にここのことを伝えた、ということか。しかし一体誰だろう?
「すごい美人さんでしたよ! 私ああいう大人の女性に憧れちゃいますー!」
そんな人この学校にいたかな? まあ俺もどんな人間がいるとか詳しくはないのできっとそういう人がいるんだろう。
「魁斗お兄さん」
冬峰が俺を呼ぶ。
「弟、見つかりますかね……?」
笑顔でそう言った。しかしどことなく不安は隠せてないようだ。笑顔の裏にはどうしようもない不安が隠されていた。
「大丈夫だ。きっと見つけてやるさ」
自信はなかった。ただ今はそういうべきだと思ったのだ。
「はい!」
少女は笑った。さあ、次はもっと笑わせよう。
 




