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「やっぱりそうだよね」

「白石さん、お願いがあるんだけど……教科書、見せてくれないかな」

「う、うん。いいよ」

「ありがとう~」


 佐伯さんはそう言って、自分の机をあたしの机にくっつけた。あたしは佐伯さんにも教科書が見えるよう右にずらしつつ──自分の位置もすこーし左にずらしつつ。

 晴れて友だちになれたとは言え。

 額がくっつくくらいの勢いで同じ教科書を覗き込むなんて勇気は、あたしにはまだないのです。


 ***


 一緒に帰ったあの日から数日が経ったある日、朝のショートホームルームのこと。


「席替えするぞ~」


 あたしたちの担任である加藤先生のその言葉にクラスは沸き立った。今のままでも問題ないと思っているあたしでも、やっぱりそのイベントには少し気分が浮足立つ。

 しかし先生は表情を変えずに続けた。


「今喜んだ人残念でした~。時間がもったいないのでくじ引きとかしませ~ん。私がさっきくじで決めといたのでそれでよろしく~」


 その言葉に今度は一斉にブーイングが起こる。同じくじでも自分で引かなければ意味がないのだ。


「はいはいじゃあ黒板に貼っ付けるから適当にやっといて~。あ、ホームルーム委員なんかある?」


 先生はぶーぶー言ってる生徒を気にも留めず淡々とホームルームを進めていく。

 このあまりやる気のない感じは「生徒と同じ目線に立っている」などと生徒間で言われていて人気だが、一方で生徒の不満にもあまり聞く耳を持たない。あんまりにも適当なので、ほんとに大丈夫なのかなこの人とあたしは時々不安になるのだが、クラスどころか校内でも一、二を争う人気っぷりなので口にすることはなかなかできない。


「なんもない? おっけー、じゃあ私一限だから、席替えの時間もあるだろうから、二十分くらい遅れてくるんで、よろしく~」


 そう言って先生が出ていくかいかないかのところで、クラスメイトは一斉に立ち上がって黒板の席替え表を覗きに行った。あそこに自分も行ったりしたら押しつぶされちゃいそうだ、と、潮が引くのを待とうと座っていることにした。

 ふと窓の方へ目を向けると、そっち側の席に座っていた佐伯さんと目が合った。佐伯さんも座って待っているらしい。佐伯さんは、黒板の方を指差し、口をぱくぱくしてから笑った。

 なんて言ったのか分からなくて苦笑い。すると佐伯さんも、同じように苦笑してから立ち上がり。──あたしのほうへ歩いてきた。


「おはよう、白石さん」

「うん、おはよう」


 挨拶くらいは緊張せずにできるようになった。佐伯さんは黒板の方を指差す。


「席、見に行かないの?」

「もうちょっと落ち着いてからにしようかな」

「そうだね」

「楓ー。あ、佐伯もいる。ちょうどよかった」


 そこに朋子がやってきた。佐伯さんがいることにもすぐに気付いて、佐伯さんとあたしを順に指差す。


「君たち、隣の席だったよ」


 ***


 席は窓側の一番後ろだった。そしてあたしの隣には佐伯さん。ちなみに朋子は少し離れて、教室の一番真ん中の席だ。


「……であるから~」

「加藤先生、今日もゆるいね」

「そうだね」


 黙々とノートを取っていると、佐伯さんがこそっとあたしに向かって言った。あたしは一つ頷いてみせる。


「人気、だよね」

「そうだよねぇ。私は時々、ちょっとゆるすぎるかな~、って思っちゃうけど」

「そう、なんだ」


 彼女の言葉に、佐伯さんでもそんな風に思うことあるんだ、とあたしは少し目を見開く。あたしの様子に気付いたのか、佐伯さんは、あ、と漏らす。


「ごめん、何言ってるんだろうね私。まあそれが加藤先生のいいところってこと、なのかな」


 あたしの反応に、佐伯さんは何か思うところがあったのか、そう言って会話を打ち切ろうとした。でもきっと、何か勘違いされてる。

 このまま会話を終わらせちゃうのはいやだな、と、そう思った時には口が動いていた。


「あたしも……時々思っちゃう」

「え?」

「加藤先生、適当、だよね」


 あたしの言葉に、佐伯さんは目を丸くして、それからクスクスと笑い始めた。その反応にあたしがぽかんとしている間も、彼女は声を出さずに笑い続けて、それからこう言った。


「だよね、やっぱりそうだよね」


「──こら佐伯~、授業は真面目に聞けよ~」


 間延びしたその声に、佐伯さんは笑みを噛み殺しながら、は~い、とのんびりした様子で答えて、それに教室中がくすりと笑う。加藤先生はと言えば、ふむ、と一つ鼻を鳴らしてから、何も言わずに授業へ戻っていった。のんきな声で数式を解いていく。

 それから佐伯さんはあたしの方をちらりと見て、淡く微笑んでみせた。


「やっぱゆるいね、加藤先生」


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