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「絶対、またね」

 安心したのはあたしも同じだった。

 よくよく考えれば、「友達と言っちゃったけど、いいかな」という言葉自体、その関係に対する否定的なニュアンスはなかったのだけど。

 「あたしと佐伯さんと友達」という状況を想像してテンパったあたしは、断られたらどうしよう、なんて思ってしまっていたのだ。


「私なんか友達じゃない、って言われたらどうしようと思ってた」


 佐伯さんはそう言って笑う。それはあたしの台詞です……。


「実は朋子から何度か白石さんのこと聞いてて。優しい子なんだなぁって、一方的に知ってたのよね」


 むしろあたしが一方的に知ってて、佐伯さんはあたしのことなんて興味ないとばかり思っていたというのに、事実は違ったらしい。


「そしたら私のことを大変そうって言ってくれて。なんていうかね、嬉しかった。白石さん、ほんとに優しい人だった」

「嬉しい……?」


 佐伯さんはそう言って、あたしの方を見て微笑む。黒い髪がなびいて、女神様みたいだ、と場違いなことを考えながら、あたしは間が抜けたように彼女の言葉を繰り返す。


「うん。自分で言うのもなんだけど、私、なんだか学校で一目置かれる人みたいになっちゃってて。それに対して、すごいねって言ってくれる人はたくさんいるんだけど、大変そうって言われたのは、もしかすると初めてかもしれない」

「でも、あたしは、もし自分だったらって考えただけで……」

「それをきっと、優しいって言うんだよ」

「そう、なのかな」

「少なくとも、私はそう思う」


 自分ではいまいちわからない。けれど、佐伯さんにそう言われて、悪い気はしなかった。


「……ありがとう」


 だから、そんな言葉も、すとんと落ちてくるように口から出てきてくれた。

 あたしの言葉に、佐伯さんは目元を細める。


「ううん、こちらこそありがとう」

「……なんだか、照れるね」


 佐伯さんがまっすぐあたしを見るのが恥ずかしくなってきて、あたしは目をそらす。心臓がドキドキと脈打つ音が聞こえる。

 そりゃそうだ、佐伯さんを前にして緊張しない方がおかしい──あれ?

 はて、今のあたしは、佐伯さんを苦手に思って緊張してるのか? と自問自答してみる。

 あたしから視線を外して前を向いた佐伯さんの方をちらりと盗み見る。

 そしてあたしは息を呑む。

 なびく髪がやけに眩しくて。その横顔に目を奪われて。

 あたしは、このドキドキが今まで感じていた苦手意識から来ているものではないことに気付く。でも──


「じゃあ、私はこっちだから」


 ──あたしの思考を断つように声が聞こえた。その言葉に顔を上げる。

 桜川に架かる橋の前で、佐伯さんは橋の向こうを指差している。あたしとは別方向だった。

 いつの間にか結構な距離を歩いていたみたいだ。佐伯さんがぱっとあたしの手を放す。

 そうだ、手を繋いでいたんだ、ということにまたなんだか恥ずかしくなりつつ、あたしは握られていた左手を掲げる。


「うん。それじゃあ、またね」

「うん。また明日」


 手を振って別れを告げる。佐伯さんが微笑んで、あたしもつられて、少しぎこちなく笑う。──まだ彼女の前でうまく笑うことはできないなぁ、と心の片隅で思う。

 もう一度、またねと言い、それから踵を返して横断歩道を渡る。深呼吸しながら歩いて、浮ついた呼吸を整えようと試みる。


「白石さん!」


 横断歩道を渡りきったところで、背中に声が聞こえた。振り向くと、佐伯さんは別れを告げた場所から動かないまま、あたしに向かって手を振っていた。体ごと右に左に反るような、すごく大きなモーションで。


「絶対、またね!」


 佐伯さんがそんな大きな声を出すんだ、とか。

 あんなに大げさな動きをするの、イメージと違うなぁ、とか。

 色んなことを思ったけれど。


「ぜ、ぜったいっ、またねっ」


 あたしも精一杯声を張って、そう返すことにしたのだった。


 ***


 その日の夜。

 お風呂にも入って髪も乾かして、寝る前に宿題をやろうと机についたところで、携帯が鳴った。

 ディスプレイを見れば、朋子からLINEの通知。


『楓、一体どんな魔法を使ったんだ?』


 魔法? 一体何のことだろう、と思っていると。

 再び携帯が鳴った。画面に現れたのは──佐伯奏、の文字。


「ひえっ!?」


 急いでタップしてLINEの画面を開く。


『連絡先聞きそびれちゃったから、朋子に聞きました!』

『よろしくね!(もし迷惑だったらごめんなさい…!)』


 そんな言葉と、子犬がぺたんとお辞儀をしているスタンプ。


「迷惑だなんてそんな……!」


 わたわたと文字を打つ。何度も何度も打ち間違えて。


『迷惑なんかじゃないよ!』

『こちらこそ、よろしくね!』


 結局、たったこれだけの文字を送るのに五分もかかったのでした。


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