「友だちになりたい」
一緒に帰ろうと提案したそばから、何を言っているんだあたしは、と頭を抱えたくなった。佐伯さんはちょっと驚いたようにこっちを見ている。せめて返事をしてほしい。
そうこうしている間に廊下の向こうから聞こえてくる足音は次第に大きくなって、「見つけた、あそこだ!」と言う声も聞こえる。どうしようあたしまで巻き込まれる、とあたしはますます縮こまる。
そんなあたしを見て、佐伯さんは上履きをローファーに履き替えながら笑った。
「やっぱり白石さん、かわいい」
「うう」
佐伯さんは本当にかわいいって言葉の意味を知っているのだろうかと、半ば恨みがましく見上げてみる。しかし彼女は笑顔を崩さない。
「じゃあ、一緒に帰ろっか」
そして、言うやいなや、佐伯さんは不意にあたしの手を取った。
「──っ!」
柔らかくて温かい感触があたしの小さい手を包む。あたしは驚きのあまり、その手を振り払いそうになって、すんでのところでそれを思いとどまった。
「どうかした?」
「いや、いや、だって、手……」
佐伯さんがあたしを下から覗き込むように尋ねてくる。あたしは目を合わせないよう、首をぶるぶると横に振って答えた。お願いだからそんな風に見つめないでほしい。あたしには刺激が強すぎます。
と。
「待ってくれ、佐伯さん!」
ついにどこかの部活からの勧誘が佐伯さんの元にやってきた。よく見れば、ジャージの胸元にはバスケ部の文字。身長二メートルはあろうかという大男がずずいと佐伯さんに歩み寄る。
「佐伯さん。俺たちは全国を目指している」
「その話は何度も伺いました」
「なら話は早い。俺たちには佐伯さんの力が必要なんだ。頼む、バスケ部に入ってくれないか」
佐伯さんがそんなどストレートな勧誘を受けているうちに、気付いたらあたしたちより身長の高い男女にぐるりとまわりを囲まれていた。首を縦に振るまで帰さないぞ、ということだろうか。なぜあたしまで輪の中心にいるんだろう……。
「ごめんなさい。──今日は先約があるの」
しかし佐伯さんは飄々とした態度でそう言って、あたしの手を握ったまま、その手を掲げるように持ち上げた。
「今日は友達と帰るの。あなたたちとは付き合えないわ」
だから、ごめんなさい。そう頭を下げて、佐伯さんは背筋をただし歩き出す。あたしも急いでひょっこり頭を下げて、その後を追う。佐伯さんを囲んでいた輪は、彼女の歩く道を確保するようにあっさりとバリケードを解いた。佐伯さんの言動には、彼らに有無を言わせない何かがあった。
背中に視線を感じたまま、あたしと佐伯さんは昇降口をあとにした。
***
河川敷は今日も人はまばらだった。犬の散歩をしている人、ランニングをしている人がそれぞれ一人ずつ、それだけ。足音だけが聞こえてくる。
しばらくお互い無言のまま、なぜか手は繋いだままで歩いていたら、佐伯さんがぽつりと言った。
「巻き込んじゃってごめんなさい」
「ううん。……いつも、あんな感じなの?」
佐伯さんがしょんぼりしている。何か言ったほうがいいのかな、と、あたしは勧誘のことを尋ねてみる。
「割とね。さすがに、部員全員で来るような部活は少ないんだけど」
「少ないって……ひとつじゃないんだ……」
自分が一人でぐるりと他人に囲まれるところを想像して、ちょっとこわくなった。
「やっぱり、大変そうだよ」
あたしの言葉に、佐伯さんはうつむきがちに立ち止まった。あたしも一歩先で立ち止まる。
「そういえばさ、白石さん」
「うん」
「いきなり、友達なんて言っちゃったけど、良かったかな」
「……あ!」
あのときは周りの迫力と佐伯さんの凛々しさに気を取られて深く考えてなかったけど、そういえば佐伯さんはあたしの手を取って、友達、と言っていた。それに気付いて、あたしは思わず声を上げる。
あたしと佐伯さんが、友達。
それは、こうやってクラスの人気者の佐伯さんと手を繋いでしまっている今でも、全然想像できない状況だけれど。
「あ、あたし……佐伯さんと、仲良くなれたらなって思ってて」
どうにか声を絞り出す。あたしの言葉に、うつむいたままの佐伯さんがぴくりと肩を震わせる。握っている手から熱が抜けていく感覚。やっぱりあたしなんか。でも──
「……だからその、もし佐伯さんとお友達になれたら、うれしい、です」
なんとか、あたしはその言葉を捻り出した。
あたしと佐伯さんの間に、一瞬の静寂。
それから佐伯さんは、息を大きく吸い込んで。
「よかったぁ~~~~~~~」
とても安心したような表情を、あたしに見せてくれたのだった。