「一緒に帰ろう」
佐伯さんに突然「かわいいね」と言われてはや一週間。
あれから今日までに何かやりとりがあったかと言えば、特になし。
かと言って、あたしから話しかけるのはやっぱりちょっとハードルが高くて。結局あたしは佐伯さんと今までどおりの距離感を保っていた。つまり知り合いの知り合い的な距離感だ。
「楓、やる気ある?」
「え、何のこと?」
「いやさ、佐伯と仲良くなるって話さ」
「う、それは」
昼休みになると、そんなあたしを軽く咎めるように、朋子があたしの元へやってきた。
頑張ると言った手前、さすがに何もしなかったのはちょっと申し訳ないけど、仕方のないことなのだ。方やクラスの人気者、方や教室の隅っこで過ごす日陰者。
あたしは佐伯さんがいかにいつも人に囲まれているか、そしてあたしと佐伯さんの間にいかに接点がないかを朋子にこんこんと説明した。
「なるほど、つまりビビってると」
「そんな身も蓋もない言い方しないで……」
実際その通りなので何も言えない。
「そうだねぇ、何か接点でも出来たら良いんだけど。楓、部活は結局入らなかったんだっけ?」
「うん、やってないよ」
「ふむふむ。そういえば佐伯も部活やってなかったな……。この際一緒に帰ったら?」
「いやいやいやいや無理だよ、何話したらいいかわからないよ」
「ま、半分冗談だけどね」
「もう半分は……聞かないでおくね」
***
「あれ、白石さん。今帰り?」
上履きを下駄箱に戻し、踵を潰さないようにローファーを履いていたら、後ろから声をかけられた。この学校の生徒なら誰でも知ってる声。振り向けば、佐伯さんがあたしに向かって手をひらひらと振った。
一緒に帰ったら? と朋子に言われたその日の帰り際に遭遇すると誰が予想できただろう。緊張で手の平に汗がにじむ。
「白石さん、部活はやってないの?」
「う、うん。佐伯さんも、やってないんだっけ」
「そうなの。よく勧誘されるんだけど……どれかに入ると、そこを贔屓してるように見えちゃいそうだから」
入っただけで贔屓してるように見られるってことは、それだけたくさんの部活から勧誘されてる、ということなのだろうか。それはなんていうか、すごいことでもあり──
「なんだか、大変そうだね」
あたしの一言に、佐伯さんは目を丸くした。それから顎に手を当ててぶつぶつと呟き出す。
「大変……そうね、大変なのかしら……」
「えっと……自分のことでは?」
あたしの言葉に、彼女は顔を上げる。
「今の状況に慣れすぎて、これがいつもどおりだと思ってたかも」
「そんな“いつもどおり”、初めて聞きました……」
その時、廊下の向こうからバタバタと複数人の足音と、誰かを探す声が聞こえてきた。
「──今日こそ佐伯さんを我が部に引き込むぞ!」
「「おうとも!」」
「げ」
どこかの運動部だろうか、男女の入り混じったその声に、佐伯さんの表情が一瞬引きつった。それもすぐに、澄ましたものに戻ったのだけど。
たった一瞬、本気で嫌そうな顔をしたのをあたしは見逃さなかった。
いつも楽しそうにニコニコしているか、キリッとした表情で歩いているか。
そんな姿しか見たことがなかった佐伯さんのネガティブな表情。
だから、そんな顔を見てしまったから、かもしれない。
「……佐伯さん、今から一緒に帰りませんか?」
絶対無理だと一度は否定したことを、自分から提案してしまったのは。