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夜半の嵐

 寒々とした夜なら良かった。酔いが醒めるのも早いだろう。

 肌に優しいはずの生暖かい空気が、エドノには辛かった。

(体が熱い…!)

 百メートルは走ったか、いや、本当はたった三十メートルかもしれない。まっすぐ走ってきたのかもわからない。どっちにしても、もう限界だった。

 ある程度体をこの霧が隠してくれるから安心だと思って、ふらふらと壁に崩れるようにもたれ掛かり、目を閉じて息を整えようとしたが、どうもそんなことをしている暇はなかったようだ。どっちからだか複数の足音が響いている。

 しかも、静まり返った町中にはっきりと響くその音は、だんだんとこっちに近づいて来ていた。

 このまま走っても向こうの方が足が速い。

 それに胸が気持ち悪くてもう走れそうにない。どこかに身を隠すしかないようだ。

 エドノは手探りで壁づたいに移動し、ある飲み屋らしい店に入り込んだ。

 そしてドアに鍵を掛けると、もうだめだとばかりにもたれ掛かった。

(吐き気がする…)

 目をつむって大きく呼吸をくり返す。

 予想外だ。

 このまま走って家に帰るつもりだったのに…血路を開いて逃げて来たのはいいが、こんなふうに酒に足を取られるとは思わなかった。

 しばらくしてようやく落ち着いてきたエドノは、ひとつ大きな息をつく。

 静かだ…。

 彼はふと、ここはお店の中なのに、なぜだか静かすぎることを疑問に思った。

 目を開けてみると誰もいなかった。中は薄暗かったが、営業中のはずなのに確かに誰もいる気配はしない。

 …?

 いくら客入りが悪いって言ったって営業人くらいはいるだろうに。

 広さも雰囲気もさっきいた店とたいして変わらない。

 まあいい、おかげで助かった。

 ここの人には悪いけど、しばらくの間鍵を掛けさせてもらおう。

 ドアの向こう側で足音が響いている。あいつらの足音かどうかわからないが当分はここにいた方が良さそうだ。

 まったく最悪だ。

 もう二度とギルに関わらないぞ。ろくなことがない。何が悲しくてこんな目に合わなきゃならないんだ、女装までして…。俺がしゃべれないのをいいことに、好き勝手に振り回されるのはもうまっぴらごめんだ。

 そう思うとどうも腹の虫が治まりそうになかったが、腸が腐ったような相手に怒りを覚えるのもばからしくてエドノはまたため息をついた。

 しばらくして、彼はドアに耳を当てて外の様子を伺ってみた。

 あの男達の足音はもう聞こえない。

 よし、今のうちだ。

 そう思った時。

「!?」

 エドノの耳に悲鳴が飛び込んできた。

(なんだ、いったい…!?)

 とても悲痛な叫び声。

 まるで、人が殺されるときのような…。

 一瞬身の毛がよだつ思いがした。

 大体そうだとしたら、いったい何人の人が…?

 悲鳴は絶え間なく飛び交っている。

 それは遠くの方から聞こえていた。

(いや、この店のどこからかから聞こえるんだ)

 そう思ったエドノは正面の奥の扉に目をやった。

 ここからだと確信した彼の足は、扉の方へと吸い寄せられていく。

 何かの間違いかもしれない、そうであってほしいと願いながら彼はその扉をゆっくりと慎重に開いた。

「!」

 開いた途端、隙間から一陣の風がエドノの髪を煽った。

 そして鼻を突くようなお酒の臭い。

 扉の向こうには地下へと降りる階段があった。おそらく貯蔵室へと通じる階段だろう。幅は二メートル程でロウソクも立っていないから真っ暗だ。

 階段の先には薄明かりが見える。

(あそこでいったい何が…?)

 扉を抜けて、聞こえてくるのは悲鳴だけではなかった。悲鳴と共に木材が倒れる音や、何かが壁にぶつかる音、剣で切り合う音が止めどなく耳に飛び込んでくるのだった。

 エドノの足は無意識に階段を下っていた。

 なぜ足が向かうのかわからない。

 彼は、見えない何かに引き寄せられるような、そんな感覚を覚えていた。

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