エドノルイス 2
涼しげに聞こえてくる虫の声に混じって、エドノの寝室の窓をコンコンと叩く音がする。
満月の夜。
身なりをきちんと整えて、なかなか粋なもんだなとギルは自分に酔った。
酔ってから気づいた。 エドノの寝室の明かりが消えてしまっていることを。
木の戸の隙間からはどこも光がこぼれていなかった。
(寝るなて言っといたのに、あいつめ)
ドンドンドンと戸を叩く。あんまりやりすぎると親が起きてくる。
このボロ屋め。
チッとギルは舌打ちした。
(あの野郎、すっぽかす気じゃないだろうな!?こっちはわざわざ出向いてやってんのに)
あまりの腹立たしさに、壁を一蹴りしてジリジリと土をにじる。
そして明日会ってどんな罰を与えてやろうかと、自分が強引に誘ったくせに勝手な思考を巡らせていた。
幸い(?)その計画は無駄になった。
ガタガタと音がして、ギギギギとエドノの手で戸が開かれたから。
待たせたことに文句を言ってやろうと口を開きかけたその時、ギルの心中は一変した。
エドノの右手に持っていた薄ぼやけたアルコールランプの明かりが、彼の顔、髪を山吹色に染めて、ギルの美的感覚を揺さぶったのだ。
初めて目の前の底流階級人美しいと思った。
ここはただのぼろい岩屋なのに、まるで城にいるような錯覚にさえおちいった。
そして、気分はそこで逢い引きするうら若き恋人。
そんなギルの気持ちも知らず、エドノはひとつ大きなあくびをした。
今、仕事が片付いて寝ようとしていたのに、それを邪魔されたから気分が悪かった。
もちろん、ギルと一緒に行く気はさらさらない。これ以上ギルに暴れられると困るから、仕方なく戸を開けたのだ。
「おいおい、まさか、その格好で行くなんて言うなよ?いくらなんでもみすぼらしすぎるぞ、俺が恥をかくぜ」
勝手に言ってろと、エドノは白い目でギルを見てやった。
気づかずギルは、ごそごそと手持ちのバッグをあさりだす。
「でも感謝しろ?お前のとこ、ろくな服持ってなさそうだから俺がわざわざ持ってきてやったぜ。妹の服だがな。背格好は大体同じだ」
なんだって…?
一瞬、頭が真っ白になった。
さっとバッグから取り出された服が、ズイッとエドノの目の前に突き出される。
なんの反応も示さないエドノに、ギルはさらにズズイッと強引に彼の手にそれを握らせた。
「ふふ、こんな上等な服見るの初めてか?遠慮はいらないぜ。ほら、ここで待っててやるから着替えろよ。いいか、俺は待たされるのが大っ嫌いなんだ。わかったな、早くしろよ!」
そう言うだけ言うと、彼は勝手に戸を押し閉めてしまった。
押し付けられた服が手からはらりと落ちる。
エドノは、あまりに自己中心的なギルの言いぐさに目を点にして放心状態になってしまった。
でも、言うことをきかないと、この自己中心男は後でなにをするかわかったもんじゃなかったので、素直に言う事をきくしかないと悟った時、さすがにしゃべることのできない自分を呪いたくなってしまった。
服を拾い上げてびらりと広げてみると、それはエドノの瞳のような深緑の色のカントリースタイルのドレスだった。
確かにこんなきれいなドレスを見るのは初めてだったが、当然そんなことに感動する気になれない。
これを着ろって…?
ひとつ救いだったのは、それがロングドレスであったこと。
だがしかし、そんなモノに救いを感じる自分が情けないと、エドノは部屋にひとり頭を抱え込むのだった。