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エドノルイス

     2  エドノルイス


 井戸から水を汲んでくる。

 それが朝一番のエドノの仕事だった。

 その水で炊事、洗濯、掃除。それは、明日があるかぎり永遠に繰り返さなければならない彼の日課。

 森からつづく、高いカシの丘を通り抜けるとカーレフの町に出る。その町の、最も丘寄りの家がエドノの…エドノルイス・クレイサーの家だった。

 両親とはまるで違う深緑の瞳。東洋人のような漆黒の髪。

 普通十八歳の男子ならば、学校に行くか、家業を継ぐか、出稼ぎに出るかだが、占い師によると不吉らしいその容姿のため災いをもたらすことがないようなるべく人目に触れさせずに、家からあまり出さないよう女の仕事をさせられていた。

この町は異端児にひどく敏感である。数年前も、障害を持って産まれてきた赤ん坊が魔女の子だとささやかれ、その家族は町を追い出されてしまった。というのも、町の東側に位置する森が『魔女の森』と呼ばれ、昔から恐れられていたからだ。

 ひとたび足を踏み入れた者はただでは帰れない。ある者は生き埋めになる幻覚を見たり、ある者は地獄かと思い込む程の幻聴を聞いたり、数百匹のヘビの巣がある谷や、魔女の館らしいものを見た者、結局帰って来なかった貴族の少女など、語り継がれてきたさまざまな噂がある。その為、不可思議なことがあるとすべて魔女の仕業とされてきたのである。

 瞳の色、髪の色以外にもエドノにはひとつ障害があった。傍目にはわからない障害であったが…。

 それでも両親は、そんな不幸ながらも一生懸命で優しく美しい一人息子に愛情を注がずにはいられなかった。実際、一生彼を手元に置こうと考えていた。それが周りの人々にとっても、自分たちにとっても、エドノにとっても、一番いい方法だと思っていたからだ。

 そんな両親に逆らうことなく毎日をおくってきたが、最近彼は少し気が滅入ることがある。

 丘に近い、ひっそりと建っている彼の家に日火が当たらなくなる時間、つまり正午。この時間になると、決まってここに来る男がいるのである。

 両親共に町の中心地まで出稼ぎに出ているため、いつものようにたった一人で昼食をとり、その後片付けを始めたエドノは、背中に何かが当たった気がして足元を見た。

 小石だった。

「よう、口がないお手伝いさん」

 口の端を意地悪そうに曲げてそういう青年は、エドノと同じぐらいの歳だろう、町長の息子、ギルである。

 彼は岩屋の吹きっさらしの窓から覗いていた。

 産まれた時に肺炎を起こし、喉をやられ、口をきくことができなくなったエドノを彼はそう言っていつもからかいに来ていた。

 エドノは構わず後片付けを続けた。

「いつもよく働くねぇ。よく飽きねえなぁって感心しちまうよ本当」

 ギルはニヤニヤしながら勝手に窓から入ってき、いきなりエドノの顎をクイッっとしゃくって無理矢理自分の方を向かせた。

「たまにはデートしてやろうか?俺も暇だしよ。ん?悪いようにはしねえ。これでもレディの扱いには気を配っている方だからな」

 ギルをじっと見据えて、エドノは顎を掴んでいる手をゆっくりとはらった。

 ギルは細めでエドノを下から見上げると、はっはっはと大笑いした。

「お前のその気がつえーところ、結構好きだぜ。どうだ?今晩迎えに来てやるからよ、出てこい。いろいろお前の知らない世界を教えてやるよ。なに、心配いらねーよ。口がきけなくても俺がちゃんとフォローしてやるから」

 お前の遊び道具になる気はないとエドノは思った。

「いいか、十時にお前の部屋に迎えに行くからな。寝てるなよ」

 そう言い残して、町長の息子は帰って行った。

 はぁ、と、エドノはため息をつく。

 一ヶ月程前、井戸端に出ているところを偶然見つかって以来、ギルはしょっちゅうやってきてエドノをからかって帰って行ったが、遊びでも口説かれた日にゃ情けなさに苦笑するしかなかった。

 エドノを完全に女と勘違いしているのである。

 まあ、それは無理もないことではあった。髪は腰まで伸ばしていたし、身なりもいつも女中のようだったし、何よりも顔立ちが男性らしくなく中性的であったから。

 騙すつもりはさらさらないが、彼が勝手にそう勘違いしているためエドノも対応に困っていた。字で書いてでも教えてやりたかったが、彼にはそれをためらう理由があった。

 ギルは、女だから私有化したいのだろう、エドノの事を誰にも言いふらしたりしていないようで、その事が都合がよかったからだ。

 エドノは後片付けの手を止めてうつむいた。

(両親は自分の存在を隠している…。目の色も髪の色も二人とかけ離れていて…その原因が分からなくて占い師に視てもらったら、不吉の子供、陰の子だと言われたと…。おまけに口のきけない障害者だ)

 深い闇の中を手探りで歩く夢を見た幼少の頃。

 どうして自分は太陽の下を自由に駆け回ることができないのかと、口で両親に問うこともできず、自問自答を繰り返しながら答えを見つけることのできない苦しさは説明できないほどだ…。

 この不幸の訳は誰にもわからない。

 ただわかることは、こんな自分でも両親が惜しみない愛情を注いでいてくれたこと。

 そのお陰で自分で自分を呪ったりしなかった。

 今は、少しでも両親の力になりたいと思う。

 自分を愛してくれている両親を不幸にだけはしたくない。

 自分のせいで不幸にしたくない。

 これでいい。

 誰に知られない存在でも、陰の子であっても、エドノはこの人達のために生きていこうと決めたのだ。




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