梅雨の季節のご機嫌は 2
「ハーイ。お待たせしちゃったわね、どちら様かしら?」
スーパーナイスボディな金髪色白碧眼の美女は、美しい笑みを浮かべて問いかけてくる。
「ま、まいねぃむいず小日向!」
「バカ小日向っ、この人、日本語、話してはるやろ!」
「だだだ、だってぇ〜っ」
「わぉきゃっ! 超美人っ! こんな絶世の美女なら、わたしだってお嫁さんにしたい!」
「日野下は何を言ってんねんっ?!」
わぎゃわぎゃと玄関先で騒ぐ。
〈☆日本人の特性☆ 外国人を見ると緊張する〉
「えーと、ユートのオトモダチ、かしら? まァ上がって! ケーキがあるのヨ」
ケーキだとッ?!
「「お邪魔しまっすッ!!」」
声が完全にハモった俺らを見つつ、西坂は困ったような顔をした。
「……なんか申し訳ないねんなぁ」
「大丈夫よ! Don't mind. ケーキは、いっぱいあるのヨ!」
「いや、そうゆう意味ちゃうねんけどな?」
「いいから上がって。ワタシ今から、紅茶を淹れるところだったカラ、すっごく Good timingネ!」
ニコニコとした美女に手招かれて、俺たちはリビングにつれて行かれた。
質の良さげな黒革のソファに座ると、落ち着いたシンプルなデザインの家具がよく見え、それらの絶妙過ぎる完璧な配置が分かる。
……うっわぁ〜、超オシャレぇ……さすが黒崎の家だな……。
美女は、キッチンから持ってきたケーキを、いーっぱい机に並べていく。
チョコケーキにショートケーキ、モンブランに、オレンジケーキ、苺タルトに、アップルパイ!
美〜味い! このチョコケーキ、最っ高!
なにこれ。そんじょそこらの洋菓子店潰れそうなくらい美味い。
「これ全部、ワタシが作ったのヨ! 美味しいかしら?」
「すっっっごい美味しいでしたですだよ!」
「ふぉひあはっひ、いふぉんほぉおはひいヒョ(小日向っち、日本語おかしいゾ)☆」
日野下が、もうすでに3個目のモンブランを口一杯に詰めて、モゴモゴ言う。
なんか日野下、ドングリ食べてるリスみたいだなーっと、俺は口一杯にチョコケーキを詰めながら思った。
「これ、ホンマに手作りなん? なんや、黒崎ちゃんにも負けへんくらい美味しいねんけど」
西坂は行儀良く、シフォンケーキを少しずつ食べていた。
「ユート直伝だから、美味しいのネ♪」
美女が、ぱちっと可愛くウィンクする。
ここで生まれる疑問がひとつ。
「あのさぁ〜、さっきからユートユート言ってるけどさぁ、ユートって誰なの?」
な〜んか、聞いたことある気がするけどさぁ。
「え? ユート? あ、今ユート寝てるから、起こしてくるワ♡ ちょっと待ってて頂戴ネ♪」
ウフッと美女が笑って出ていった。
……俺たちはフォークを置いて、そーっと、美女の後を追う。
そして、美女が入った部屋のドアに耳をくっつけて、こっそりと盗み聞きする。
「ユート〜! お客さんだわヨ! 起・き・て♡」
チュッ♡という音がする。
わ〜お。熱烈ぅ。
「……ん……」
「起きてって言ってるデショ?」
悪戯めいた、美女の声。
「早く起きなきゃ、後悔するわヨ♡」
なにが? なんなの? 後悔?
「……ん、んふッ……」
色っぽい美声がする。
ちゅぷっ、クチュッ、という音。
「……ふ、……んッ……」
美女の声では無い。
……まさかこの色っぽい声……黒崎っ?!
「……ん、くッ、……ん……」
「早く起きなきゃもっとしちゃうわヨ?」
「んはっ、起きます! 起きますからっ、こちょこちょしながら化粧水ぶっ掛けるのは、やめてくださいレヴィっ!」
ガチャッッッ!
ドアを開ける。
なぜか俺を見て固まる、びっしょびしょな黒崎は、まさに、水も滴るイイ男ッ!
「……黒崎」
「は、はい……?」
一瞬の静寂。
「その美女……、まさか」
「え? あ、レヴィですか? 僕の友人、」
「まさか黒崎ッ、浮気かっ!?」
黒崎がポカンとする。
「……は?」
「くッ……俺というものがありながら浮気なんてっ!」
「いやそれどういう、」
「欲求不満ならいつでも俺が相手してあげるよ? 俺、何気に意外に上手いよ?」
「え、ちょっ待ってください、小日向さんは何を言ってるんですか?」
「俺は……俺は、ずぅっとお前を信じていたというのにっ!」
「いや、だから何なんですかっ?」
俺は、黒崎をジトーっと見る。
「……旦那さんの気持ちが全然伝わらない奥さんみたいやな、黒崎ちゃん。てか小日向、お前、完全に遊んどるやろ」
ボソッと西坂が呟く。
「BのLっ! 美男子受け、キターッ!」
日野下は……なんだか俺と同じ匂いがする、気がする?
「あらユートったら、同性愛者だったの? 意外な真実だワ」
「いやレヴィ、その解釈、違いますからね?! 僕、同性愛者じゃありませんからね!」
黒崎が頭を抱える。
「黒崎……見損なったぜ」
「だから、なんでですかっ?」
「浮気なんてッ……俺の何処に不満があるというんだっ……!」
「あ、不満ですか? そこら中にありますよ」
黒崎が顔を上げた。
え? ……待って、あんの?
「原稿の締め切り守らないし、自ら原稿書こうとすることがなかなか無いし、部屋を掃除しようとしないし、ずっと寝てばかりだし、ご飯を作ってあげても感謝の『か』の字もないので作り甲斐が無いですし……毎日、不満たらたらですよ」
濡れた黒髪をタオルで拭きつつ、サラリと黒崎は毒を吐く。
あらやだ、タオルで拭く姿も格好良いわ〜ん……。
「……後半あたりは、もはや旦那の世話焼く奥さんの気持ちやな」
またボソッと西坂が呟く。……やめてよ〜、ボソッと言われるの、地味に傷つくんだからぁ……。
と。
「案ずるな、小日向よ……」
「お、お前はっっっ!」
背後からの声に、ハッと振り向く。
「そう、わたしがこの世の混沌創造s」
「誰だったっけ」
「…………」
「…………」
バキィッ!
「ちょっえっ?! 今、殴ったよこの人?!」
「うっさい! この万年コミュ症の我には関係ないんじゃオラァーッ!!」
「えええぇぇ……」
「フッ、いいかあれはな、世でいうスパダニならぬスパハニだ……」
「この状況で説明するかな普通?!」
「案ずるな、それがわたしだ!」
あー、でも、黒崎がスパハニかぁ……。
「ん? スパハニって何や?」
西坂が首をかしげる。
と、日野下が、胸を張って前に出てきた。
「説明しよう! スパハニとは! スーパーハニーの略であり、旦那にこよなく愛されること間違い無しの、美人で完璧な嫁のことなのである!」
黒崎、イコール、料理上手でなんでもできる、完璧すぎる美人妻!
おおっ! 確かにスパハニだッ!
「なんで黒崎ちゃんが嫁になるん? 黒崎ちゃん男やで?」
「だーかーらーっ! そこはBのL、なの! BのL! お察しください!」
「……小日向と黒崎ちゃんが?」
「そぉ!」
「……ふぅん」
「あらぁ〜、西坂っちったらヤキモチ?」
ニヤニヤする日野下。
「……妬いてなんかせぇへんもん。ただ……」
「?」
「黒崎ちゃんは小日向には勿体なすぎると思うねん……」
西坂の目が潤んでいる。
……でもな、長年お隣さんとして、そして同じ作家として付き合ってきた、俺にはわかる。
あ、これ演技だ、ってな!
「だってなぁ……小日向に惚れ込んどったら、黒崎ちゃん、おれに構ってくれへんようになるんちゃう? そんなん……寂しいわ」
……あらやだ演技なのに、西坂ったら可愛い。
しかぁしっっ!
そんなことで俺だけの黒崎は揺らぐわけがな……
「僕は、西坂さんの編集者でもあるので、週に3日以上は構っているつもりなのですが……」
浮気! 浮気だぁっっ!! 黒崎浮気してるっ!
西坂のものって……まさか、西坂の嫁ってことかっっ?!
い、いつの間に……! 恐るべし西坂っっ!!
ぶわっ、と汗が滴り落ちる。
「ん? 小日向さん汗が滴ってますよ。タオル使います?」
「…………うん」
「はい、どうぞ」
黒崎は、すぐそばの箪笥の中から出した真っ白なふわふわのタオルを渡してきた。
「黒崎、拭いてー」
「は? なんでですか。ご自分でお拭きください」
しょぼん、と俺はタオルを受け取、ろうとした。
すかっ。
「やっぱり拭いてあげます」
ふぅわっ、と俺の頰に当たる柔らかくて心地良い感触。
思わず頰を擦り付ける。
ふぅわふわ。なんか嗅いだことのある良い匂いが微かにする。
あ、わかった、黒崎の香水の匂いである。
さっぱりと甘いのに、少しほろ苦く香る、黒崎のすぐ近くに寄ってやっと香るような、繊細な匂い。
「貴方のいつもの無駄な元気はどこへ行ったんですか?」
「……だってぇ〜っ」
「だって?」
「黒崎、俺だけの編集者だって言ってた癖にぃ……」
「そんなこと言った覚えはありませんけど?」
「……奥さんというか、もはやお母さんやな、黒崎ちゃん……」
オカン黒崎が、タオルを俺の頰から離す。
「よくよく考えてみれば、俺、今日1日、れゔぃぃサンが出してくれたケーキしか食べてないしぃ……お腹空き過ぎて、頭痛い〜っ」
「あ、そういえば、僕が作ったクロワッサン、西坂さん家のオーブンの中に置いてきちゃいました」
「あ、持ってこなあかんて思ったったのに、忘れてきたわ。堪忍な」
……あー、クロワッサン作ってたんだー。 ちろっと舌出す黒崎も可愛〜。
と、思った瞬間。
ぐりゅるるるるるるるる。
腹が鳴った。
「ぅううう〜っ……」
じわっと涙が出てきた。
腹減ったぁ……。
「……簡単な食事で良ければ作りましょうか?」
神! 神が舞い降りたのか!
「神様仏様黒崎サマッ! ありがとぉッ!! マジで嬉しいッ」
……で。
「なんでお前が食べてんだよッ!」
「うみゃいよぉ?黒崎っちったら天才だわー。やーん、美味しぃ♪」
「俺のなの! 俺のご飯! ご飯返せぇーッッ!!」
「やらにゃいよーん」
「てかお前口調変わってね?!」
「にょはははは♪」
俺のために黒崎が作ってくれたスープとパンを、その胃袋へとありえない早さで次々詰めている日野下。
「あ〜、美味しかったぁ〜。もっとない?」
「まだ食べんのかよ!?」
「おかわりならまだありますから、どうぞご遠慮なく」
「黒崎ッ、俺の分はっ?!」
「ありますよ? ……今は」
「『今は』?! ちょちょちょっ、俺も食べるっ!! そこどけよ日野下ッ!!」
「どかにゃいよ〜っ♪」
そしていつの間にか『俺 VS 日野下の早食い大会』と化していた。
「くそぉぉぉぉっっっ!! 負けたぁああああっっっっ!」
「ふははははははっ! お主、まだまだよのォ」
「このヤローッ! 次は勝ってやる!」
「勝てるもんなら勝ってみな! どー足掻こうと、わたしの胃袋には誰も勝てまいッ!」
はぁ〜ははははははッッ、と高笑いする日野下と、キィ〜〜ッと日野下を睨む俺を見つつ、苦笑する黒崎。
……を、見て、
「黒崎ちゃんって、やっぱ良妻やねぇ」
西坂がしみじみと言った。そして、
「Boys Loveなわけネ♡」
レヴィが両手の白い指を絡めて、面白そうに俺達を眺めた。
「いや違……」
「そうだよな!黒崎ってホンットにスパハニだわ」
「よく出来た良い美人さんだよねぇ。小日向っち、黒崎っちをわたしに一晩で良いから貸して〜」
「俺のハニーだから、ダ・メ・よん♡」
「いやだから違いま」
「ユートは小日向の Honeyなのネ♡」
「だから、違うんですってぇぇ──っっ!」
黒崎の絶叫が響いた。
西坂の家にて。
「……で、なんでお前ここにおるんや?」
「今日からお世話になります!みんなのアイドル美礼だよッ♡」
「世話にな……はぁっ?!」
「わたしは勝手に住み着くから気にするでない」
「いや気にするわッ!」
「でもお風呂とか覗き見しちゃイヤ〜よ?」
「するか阿保っっっ!」
……というわけで、日野下は西坂ん家に住むことになったのだった。
ちなみに、黒崎が忘れていったクロワッサンは、このあと日野下と西坂が無事に美味しく頂きましたとさ☆
めでたしめでたし☆
……ってなるか、ばかぁぁッッ!
俺にも黒崎の手作りクロワッサン食べさせろや!
黒崎が作ったなら、それプロ並みに美味しいだろうしさ!?
……てか黒崎、いつの間に怒りが解けたんだぁ?
どうも、作者の緋和皐月です!
日野下「呼ばれた気がしてジャジャジャジャーンッ!あなたのモノの日野下ちゃんだよっ!きらッ☆」
ちょっ、日野下さんっ?!呼んでないよ?!
唯一の作者の出番を邪魔しないでくださ……
日野下「おっ、プリンあるじゃーん。いっただき〜っ♪」
あ!? 日野下さんそれ作者のプリンだよッ!? ちょっ待っ……
日野下「ごちそーさまーっ♪」
ちょっとぉおおおっっ!? Σ(゜д゜lll)
てなわけで、作者は今日も日野下さんにプリンを奪われるのでした……。
プリン……( ;∀;)