梅雨の季節のご機嫌は 1
まだギリギリ5月だというのに、雨がパラパラ降る今日この頃。
俺は深刻な悩みを抱えている。
ぴよん、ぴょこん、ぴよんぴよん、ぴょんっ!
そう! その悩みというのは……
「寝癖がヤベェッ!!」
ってことだぁっっ!
だってですよ、そこのアナタ?
そもそも俺は元々、癖っ毛アーンド散髪行くの面倒で髪伸ばしっぱなし状態、なんですよ?
でねぇ? そこで、雨がちょ〜っとでも降ったらどうなるか、わかる?
髪がボンッ! と爆発したみたいになって、普段ギリッギリ目に入ってない前髪が、目に入るんッスよ!!
鬱陶しいったら、ありゃしないっ!
だから今も俺は、キィィィィィィーッと爆発髪と格闘中なのだ!
しかぁーし! 勇者コヒナタのHPは、もうゼロに近い!
ガチャ。
玄関のドアが開く音がした。
「小日向さん、おはようございます」
俺は声の主のほうを、涙目になりながら見上げる。
「黒崎ぃ〜っ……」
「はい?」
「はーっ、ありがとぉ。超スッキリしたぁーっ!」
「どういたしまして」
黒崎は、苦笑いしながらハサミをしまう。
俺の髪は綺麗サッパリ、短く切られている。
黒崎に切って貰ったのである。
勇者コヒナタのHPは、賢者クロサキの手によって回復した、てれれれん!
「いや〜でも、黒崎が美容師の資格持ってたとかビックリだわ〜」
「いえ、そんな大したことでは無いんですよ?」
さらりと言ってのける黒崎。
……やっぱ、黒崎って何者なのだろぅ?
「で、小日向さん、締め切りあと1ヶ月後ですからね。ちゃんと出してくださいね?」
「ええええ〜」
「小日向さんが出してくれないと、僕が編集長に叱られるんですから」
え? 黒崎叱られんの? 見てみたいわー、レア感ハンパねえ。
「ね〜ね〜黒崎〜、お腹減ったぁー」
「え? まだ10時ですよ? もうお昼ですか?」
黒崎が、首をかしげて言った。
「朝ご飯、まだ何も食べてないのーっ!」
「食パンでも焼けば良いじゃないですか」
「黒崎が焼いて〜」
【必殺! 上目遣いでウルウル瞳攻撃】!
「焼くくらい、ご自分で出来るでしょう?」
面倒臭いんだよーっ!
キーッ、何の効果もなかった!
あ〜も〜使えねーなっ、上目遣いでウルウル瞳攻撃!
「黒崎が焼いたパンが食べたぁい〜っ」
こうなったら意地だ! くらえ、【ぶりっ子攻撃】!
「駄々捏ねないでください」
賢者クロサキは、あくまでも冷静に答える。
むむっ! じゃあもう切り札使ってやる!
「黒崎が、なんか作ってくれないんなら、俺もう原稿書かない!」
「……」
黒崎が黙り込む。よし、あともうちょっとだ!
「書かないぞっ! ぜぇーったい書かないっ!」
「……」
深々と黒崎は溜息ついた。
「わかりました。作りますよ」
よっしゃ勝ったぁあああっ!
「食材買いに行くので、その間に原稿、書いてくださいね?」
ぐ……、原稿……。
「何も書いてなかったら、作りませんから」
……むむむぅ……。
黒崎は、さっさと買い出しに行ってしまった。
はぁ……仕方ない、書くかぁ〜。
グキュルルルルルルル〜〜〜っっっ!!
はっ!
腹の音で目が覚めた。
あれ? 辺りが暗くなっている。
……えっ今何時だっ?!
時計を見ると、
「…………3時?」
ちょっと待って。
黒崎、10時に買い出し行ったよな? 戻って来てないぞ?
いくらなんでも、黒崎は買い出しに5時間も掛かるような呆れるほどの優柔不断ではなかったはずだ。
まさか……迷子?
いやいやいや、それはない…………よな?
だって黒崎だし!
………………でもやっぱ探しに行こうかねぇ〜?
ってわけで、俺は迷子になった(かもしれない)黒崎を探しに行くことにした。
家を出る。
しとしと降る雨の中を、自分の青い傘をさして歩く。
わー、久し振りに外に出た〜。
何日ぶりだろ? あ、2週間ぶりか?
「ぁれえー?」
道の端に、大きめのダンボール箱が置いてある。……デカイな?
そのダンボールには、『拾ってください』と書いてあった。
中に入っていたのは、真顔の……
「子猫だお」
「……俺は何も見ていない、俺は何も見ていない」
「ちょちょ、待って待って!」
「やだです無理ですやめてくださーい!」
「おい、待てよって……」
「『HEROOO』のキムチタク出てきた?!しかもビミョーにエロい」
「ちょと待てちょと待て、オニーサーンッ」
「ネタ古ッ! ラッセンゴレラエとか、古ッ!」
「待たなきゃいやん♡」
「いや知るか!?」
「えーっと、まず、どちら様っスか?」
「貴方のアイドル皆のアイドル、日野下美礼、でぇっすっっ♪ きらっ☆」
俺の前で、アイドルっぽいポーズを決めているのは、髪を適当に結んだメガネ女子、日野下サン。
こいつは何故、道端のダンボール箱に、ビッショビショになって入っていたのだろーか?
本人の話によると、貸賃を払わなくなったがために住んでいたマンションに追い出されたので、ダンボール箱に入って拾って貰えるのを待っていたのだとか。
世は、このような人たちを変人と呼ぶんだと思う。
「てことで、家に住まわせて♡」
「いや無理だわ」
まぁでもとりあえず、俺の部屋よりずーっと広い、西坂の家へ行くことにする。こいつん家、超広い。たぶん、実家が金持ちとかだ。……くっそぉ!
ピーンポーン♪ ピンポンピンポン♪
「に〜しざかっ、小日向だよぉ〜っ、開〜け〜て〜っ!」
ピンポンピンポン、ピンポンピンポンピンポン♪
「あ──っもう! 何度も鳴らすんやないわ、バカ小日向っっ!」
ドガッッ、と勢いよく、ドアが開いた。
あらやだー、ドア壊れちゃうよぉぉ? 乱暴にされちゃ、イ・ヤ♡
「ありがとぉん。ところで西坂、黒崎知らね?」
何気な〜く聞いてみる。
「黒崎ちゃん? おるよ?」
おるんかいッッ!
「ところで小日向の後ろで、目ぇキラッキラさせてるそこのオネーサンは誰やねん?」
「日野下サンだヨ」
「いや、苗字だけ言われてもわからへんのやけど……」
西坂よ、ワッチにもよくわからんぜよ。
「黒崎は何してんの?」
「なんか作っとるで? おれん家のキッチンの方が使いやすいから、って」
…………作ってるぅ??
突然ですが、西坂のお部屋へ突撃ですん!
……さすが西坂、部屋が綺麗に片付けられている。
フッ……俺には到底できないことだな。
黒崎は、何か白いものを捏ねていた。
「黒崎〜」
「あれ? 小日向さん。起きたんですか?」
「腹が減り過ぎて、目が覚めた」
「あぁ、そういえば、小日向さんのために作ってたんでしたね」
作るの楽しくて忘れちゃってました、と恥ずかしそうに照れ笑いする黒崎。
あらやだぁ、この子可愛い……!
だがしかし、可愛いモノを見ると虐めたくなる男、それが俺だっ!
「俺のため?」
「え? はい」
「マジで?」
「はい」
「俺のため、なんだ?」
「そうですけど、それが何か?」
「ふぅぅぅぅん?」
意味深に言ってみる。
「な、なんですか?」
「いや、別にぃ〜っ?」
「だ、だからなんなんですっ?」
少しずつ黒崎が赤くなってきた。
なんとなーく恥ずかしくなってきたのだろう。
見たか!俺の得意技!名付けて、
【必殺! なんとなく恥ずい】!
「ふっふーん」
「だからっ、なんなんですかっっ?!」
「いやー、黒崎からかうの楽し」
ガグゴギャッッッ!
「痛ぁああああああっっっっっっ!」
骨、骨が今なんか変な音した!
「ふーん、からかったんですか?」
「きゃーきゃーきゃーっ! ほんの出来心です、ごめんなさい!!」
黒崎から、まるで研ぎ澄まされたナイフのような殺気が漂う。
黒崎、超怖ぇっっ!!
「ちょっ、タンマタンマ! 拳握らないで! さっきなんか顔殴られてすげえ痛かったから! 反省しましたから! もうしません、お願いです、許してください、ごめんなさいでしたあああ!!」
神サマ、仏サマ、黒崎サマ! お許しください、ごめんなさい!!
「……で、いつまで小日向は、おれの家で黒崎ちゃんに土下座するつもりや?」
「……黒崎が許してくれるまで?」
黒崎は、いまだツーンとしている。
やっだぁー、ツ〜ン〜デ〜レ〜〜っ!
……じゃなくて。
「黒崎ぃ〜……ごめぇんて〜」
ぷいっ、と黒崎がそっぽ向く。
「許してよぉぉぉーっ……」
「……なんや、奥さんの機嫌損ねた旦那さんみたいやな……」
ポツン、と西坂が呟く。
「ツ・ン・デ・レ、美男子 ♪ 萌えるゎヒャッフゥ!」
日野下は1人で騒いでいる(ちょっと不気味)。
「あ、僕もう時間なので帰ります。西坂さん、お台所ありがとうございました。では」
黒崎は、西坂に軽く頭を下げて帰って行った。
「あーもーどぉしよう?! 黒崎を怒らせちゃったぁあああ!」
「えーと……明日には、ご機嫌直ってるんやない?」
「いやね? 今までにこーゆー事は三回くらいあったよ? あったんだけどね? あーゆー風に黒崎怒らせちゃったら、黒崎次の日から来なくなるんだよぉぉぉ〜っ?」
メールも電話も仕事場でも、全部無視だから。
完全無視だからっ!
大事なことだから、2回言ったよっ!
「……彼女にフラれた、彼氏の行動?」
またしても西坂が、ポツン、と呟く。
西坂サン、なんかそれ悲しくなってくるから、やめてほしいです。ハイ。
「でも小日向、黒崎ちゃんの家知ってるんやろ? 謝りに行けばええやん」
「え? 知らないよ?」
「え? 知らへんの?」
そういえば、そうなんだよね〜。俺、黒崎ん家知らねーんだわ。結構、長いお付き合いなのに〜。
「おれは知ってるのに?」
いやマジかよっ!
「なんで西坂が知ってんだよ?」
「そら黒崎ちゃんが風邪引いた時、看病したからやで」
「……黒崎って、風邪引いたことあんの?」
「黒崎ちゃん、よく熱出すで?」
そういえば、黒崎のマスク姿は見たことあるが、それは熱狂的な黒崎ファンがいるために、顔を隠して身を守ってるのかと思っていた(黒崎はマスクでもすごくカッコイイ超美形でなのである)。
「熱出した黒崎ちゃん、メッチャ色っぽくて、黒崎ちゃんが女だったらどんな男でも理性飛ぶと思うんよなぁ」
「BL展開っぽいのキタ──っ!」
日野下が発狂した。
「……小日向、この人……大丈夫なん?」
何か得体の知れない物を見たように、恐る恐る言う西坂。
「大丈夫ジャナイヨ。日野下、取り扱い危険者だから、アブナイ人ヨ」
「アブナイ人じゃないよ?! 普通の安心安全、地球と皆に優しい一般人だよ?! 腐女子なだけだよっ?」
日野下は焦る。
「腐女子、イコォール、変態?」
「違うよ! 腐女子イコール、ホモォォなモノを愛する女子のような生態ヨ」
「つまりは、変態だろ?」
「変態は放っといて、早よぅ黒崎ちゃん家行こうや。黒崎ちゃん、作ったやつ置いて行っとるし」
「日野下さんは、変態じゃな〜〜いっ! ……多分」
そして今、俺たちは、黒崎の家 (らしい)にいる。
ピーンポーン♪
「やぁだ、なんか緊張する〜」
何故かついてきた日野下が、のーんびりと言う。
もう1度、押す。
ピーンポーン♪
ぱたぱたぱた……スリッパを履いて歩く音がする。
その音は、だんだんと近づいてくる。
あらやだなんか、夫の帰りを待ってた新妻とか出てきそうだわー。
と、ガチャリ、と鍵を外す音がして、ドアが開いた。
「ハーイ。お待たせしちゃったわね、どちら様かしら?」
そこにいたのは、スーパーナイスボディな金髪色白碧眼の絶世の美女。
……いやこの美女誰?!