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作家と編集者

 ポカポカとした光が窓から差し込む、絶好のお昼寝日和な、春の日の午後。


 作家の俺、小日向光(こひなたみつる)は、編集担当者の男に壁際まで追い詰められていた。


「……で……まだ、なんですか?」


 担当者である黒崎(くろさき)は、目元をうっすら赤く染め、悩ましげに黒い瞳で何か求めるような眼差しを俺に向けている。

 至近距離だから、黒崎のイケメンっぷりが、いつもに増して眩しいっ……!

 そうなんですよ! いわゆる壁ドンってヤツなんですよ! 俺、攻められてるんですよ!


「ねぇ……小日向さん」

「は、はひっ」


 しまった、つい声が裏返ってしまった!

 アレですよね、早く挿れてくださいってヤツですよね! BL的なアレですよね! わかってますよ俺は! でもここはキッパリ断んなきゃ!


「あの」

「黒崎ごめん。俺ソッチの趣味ないんだわ」

「は?」


 黒崎が一瞬、ポカンとする。


「でもまぁ、どうしてもって言うなら、特別に挿れてヤッてもいいぞ」

「……小日向さん、何を言ってんですか?」


 『こいつ頭大丈夫かな?』みたいな目で俺を見る黒崎。


「え? 何って、黒崎が欲しそうにしてるから」


 俺のアレを。


「欲しいですよ。一刻も早く」


 ほらぁ。


原稿(、、)が欲しくて、僕は毎日、来てるんですから!」


 ……あ、あれあれぇー? なんか、思ってるのと違う単語が聞こえてきたぞー?


「で、そろそろできてますよね。ね? 書けてますよねぇ、小日向さん」

「あー……そのぅ、えーとですね……」

「締め切り、もうとっくに過ぎてますしね?」

「ええと〜……」

「書・け・て・ま・す・よ・ねぇ?」

「あのー……じ、実はですねー、書いたんです、書いたんですよ? でもね、突然風に吹き飛ばされちゃって、偶然(、、)いたヤギに原稿を食べられちゃいまして〜……」



 沈黙。


 あらヤダ、なにこの沈黙。怖ぁい。



「ふぅん、ヤギに食べられちゃったんですか〜、それは仕方ないですね〜」


 うんうん、そうでしょ? 仕方ないでしょ〜?


「……などと、僕が言うとでも思いました?」


 ……やっだぁ。黒崎サンったら、おめめが全〜然、笑ってませんですヨ?


「そもそも、この都会にヤギが居るわけがないでしょう」


 ……そう冷静に返されると、返す言葉が見つかんないってゆーかぁ〜……。

 そして黒崎サン。貴方の、怒りに赤く染まった目許と、だんだん吊り上っていく形の整った眉が、特に怖いでございますです。ハイ。


「つまり、書けてないんですよね〜ぇ?」


 ゴゴゴゴゴ……、と黒崎の背中の辺りから殺気のようなものが……。

 その後、俺がどんな目にあったかは、ご想像にお任せすることにする。





 椅子に座り、足を組んでいる黒崎に向かって、俺は頭を床に擦り付けて土下座で謝っていた。


「ごめ〜んなさい、黒崎ごめぇんなさぁ〜いでした」

「日本語が少しおかしいですね。まさかバカにしてるんですか?」

「バカになんか全然してませんです、神様仏様、黒崎様、ごめんなさい」


 黒崎は、俺を冷たく見下ろす。


「ちゃんと書かなきゃ、次は、終わらせますからね」

「へ? 何を終わらせるのーん?」

「小日向さんの……寿命を?」


 怖い! この子怖い!



「ま、少しだけでしたら、原稿、待ってあげましょう」


 おぉっ! この方は神様か、神様なのか!


「そうですねぇ……今日も含めて、3日で書き上げてください」


 鬼っ! 悪魔っ! 人でなし! 3日で書けるわけ無いじゃーんっっ!

 こんの、性悪イケメンめっ!


 ……とは、絶ッッ対に言えない。言ったらどうなるか分かります? まず瞬殺されます。


と、黒崎が突然、にこやかな笑みを浮かべた。……でもやっぱり、目は笑ってないのヨ〜……。


「締め切りを守ってくれない小日向さんのせいで寝不足な僕に、何か文句でも?」

「エーッ、文句ナンテ有ルワケ無イジャナイデスカァー」


 しまった、つい棒読み口調になってしまった。

 黒崎が更に冷やかに俺を見下ろす。


「やぁだ黒崎、お顔が怖ぁ〜いっ」

「誰のせいだと思ってるんですか?」

「うん? 俺のせい? きゃーっ、照ぇーれぇーるぅ〜!」


 もうなんか怒るのも疲れた、とでも言うように、黒崎は深くて重〜い溜息をつく。


「今から原稿、書いてください」

「あー、じゃあね、黒崎がピコちゃんの相手してくれたら、良いよー?」

「ピコちゃん?」


 キョトンとして首を傾げられた。……あらやだ、この子可愛い。


「ペット……ですか?」

「そそそ。ウサギのピコちゃん。親戚のカズコちゃんが、1ヶ月だけ預かってくれって。ピコちゃんウサギだから、構ってくれないと寂しすぎて死んじゃうんだって」

「……で、そのピコちゃんはどちらに?」

「そこ」


 黒崎の後ろを指差す。


 預かり中のウサギ、ピコちゃんは、ケージをガジガジと噛んで、早く構えやもっと構えやオーラを出している。

 ピコちゃんは、一見すると、もの凄く可愛い。

 毛並みの良い毛の色はピンクで、つぶらな黒い瞳も愛らしい。……でも、今はもはや、そこらにたむろするイカツイ不良のようになってしまっている。


「可愛いですねぇ」


 柄にも無くそんなことを言って、黒崎はピピちゃんの頭を撫でようとした、……のだが。



 ガジッ!


「痛ぁっっ!?」



 黒崎のその綺麗な白い指は、ピコちゃんに噛まれたのであった。


 指を押さえて痛がる黒崎はさておき、ピコちゃんを見てみる。

 ピコちゃんは、きゃるるん、と黒いつぶらな瞳で、こちらを見ている。

 ……人間に限らず、女の子って怖いよね!


「か、噛むんですか、このウサギ?!」

「噛むよ? 俺なんか()噛まれたし」

「……頭?」


 何故にそんなところを噛まれる? とでも言いたげに、黒崎が俺を見る。

 ……が、無視!

 だって実際、噛まれたんだもん! 痛かったんだもん!


 黒崎は、もう、もの凄く疲れた、とでもいうように溜息ついた。


「僕がピコちゃんを見ておくので、早く原稿を書き上げてください」

「はぁーい」


 黒崎は、カットしたにんじんを台所から持ってきて、ピコちゃんに差し出した(にしては随分と長い気がする)。

 仕方なく俺は、ダンボールの上の原稿用紙に向かう。


「痛っ!」


 また黒崎の悲鳴が聞こえた。

 俺は、原稿用紙を前に、仕方なくペンを握って、ふと思う。

 ん〜、お腹空いてきたな〜。


「っ!? ちょっ急に歯が伸びてないですか!?」


 黒崎の声をぼんやりと聞きつつ、コッソリ原稿用紙に〝お腹減った〜〟と落書きする。

 あ、これ、意外と楽しいかもしんない。


「やっ、やめっっ、ちょああっ?!」


 んー、なんか眠いな〜……。


「小日向さん書けました?!」


 黒崎の声が遥か遠くに聞こえる中、俺は幸せな春の微睡みに夢の中へと誘われていった……



 ……というはず、だったん、だけど。



「人が苦労してんのに、テメェ何寝ようとしてやがるさっさと起き上がれこのクソ作家っっっ!!」


 ドスの効いた怖すぎる声と共に、がぁん、と頭に重い衝撃がして、眠気が一気に吹き飛んだ。

 そして一瞬遅れて襲う、鈍く強烈な痛み!


「いっ、痛ぁあああっっ!?」

「原稿を書き上げないで、その上、落書きして寝ようとするからでしょう。自業自得ですよ」


 氷よりずっと冷たい黒崎の目。名付けて、【必殺! 氷眼アイスアイズ】!

 ……はい、ふざけちゃいました。ごめんなさい。

 黒崎の目が、また冷たくなった気がするぅ〜っ。


「ううぅ〜っ、黒崎ごめんなさい〜っ!」

「謝るだけなら、そこらの幼稚園児にでもできるのですが?」

「あぅ……」


 ガジガジ、ガジガジガジガジ。


 ピコちゃんがケージを噛む音のみが、部屋に響く。

 やだぁ。この沈黙、怖ぁい。



 と、その時。



 ビュンッと万年筆が窓から飛んできて、机の上にグサッと刺さった。


「あ」


 その万年筆には紙が結んであったので、開いてみる。


「こっ……これはっっっ!」

「ん? 何か、書いてあったんですか?」

「黒崎っ、これっ……」


 そこには……


「腹減った、って書いてあるっっ!」

「…………」


 ビシィィィっっ!


 黒崎の裏拳が、俺の脳天に直撃っ!


「痛ぁぁぁああああっ!!」


 これは、痛い!

 もう涙がダーッて流れ溢れるくらい、痛いっ!


「今は俺、何も悪いことしてないのにぃ〜っ」

「一応、手加減はしてますよ」


 …………これが、手加減?


「……マジで言ってんの、黒崎……?」

「こんな馬鹿げたことに、嘘なんてつこうとするわけが無いでしょう?」


 ……このことについては、もう何も言いません。言及しません。

 俺が悪かったです。ごめんなさいでした。



 と、その時。



「小日向ぁ、黒崎ちゃんおるんやろ?」


 玄関のドアを、ダガンッ、と勢い良く開けて飛び込んできたのは、胡散臭い関西弁を話す、童顔美少年系男だった。


 こいつは、


「えーと、………………誰だっけ?」

西坂徹(にしざかとおる)やっ! そろそろ覚ぇや馬鹿! さっき万年筆投げたんも、おれやっ!」


 あ、そうそう、隣家に住む作家、西坂だ。

 ほんっとーに関西出身なのかは、聞いても聞いてもそれとな〜く誤魔化されんだよねー。なんでかねー?


「ごっめーんっ、完全に忘れてたぁ。テヘペロ♪」

「なぁにがテヘペロ♪ やねんっ! この阿呆っ!」


 ひとしきり騒いで疲れたのか、西坂が近くにあった椅子に、勝手に腰掛ける。


「はーっ……黒崎ちゃ〜ん、おれ腹減ったんよぉ。なんか作ってくれへん?」


 西坂は、ちょっと小首を傾げて、上目遣いに黒崎を見る。

 …………可愛い。かわゆす。


「ご自分でお作りください」

「おれは、黒崎ちゃんのが食べたいんや!」


 西坂は、むむぅ、と唇を尖らせる。

 やだもうこの子、あ〜ざ〜と〜い〜っっ!


「ふん? 僕の作ったものが食べたいんですか?」


 黒崎が西坂の顎を片手で軽くつかみ、くぅぃっ、と上に向かせる。

 顎クイじゃないっスか!


「うん。黒崎ちゃんの食べたいねん」


 西坂は目をうるうるさせて、見上げる。

 それを冷静に見下ろす黒崎。

 やだコレもうBLじゃん?!

 可愛い系美少年とクールな絶世の美男子っ!

 萌える! 萌えます! 超萌えます!!

 っしゃあ、次の小説のネタ、キターッ!


 原稿にガリガリと題名を書く。

 そう!〝ラブ、アンド、おとこ〟!

 一人称 僕 の美少年テツと、一人称 俺 の美男子クロト!

 モデルは西坂と黒崎!

 我ながら全っっ然ネーミングセンスがないが、まぁ気にすることじゃない。だって編集部がなんとかしてくれるから!

 やだコレ手が止まんな〜いっ! オホホホホ!

 もちろんBのLですよBのL!

 ヒャッホーイッ! 萌えまくるゼ、このカップル!


「……なんや、メッチャ気持ち悪いわ、小日向の奴…………」

「……あの小日向さんが、自ら進んで原稿を書いているなんて……台風でも、来るんでしょうか」


 ウッフフーン、と機嫌良く俺は反論する。


「失礼な奴だなぁ君たちは! 俺は、作家ですよぉ〜っ?」

「おれも作家やで?」

「同じ作家でも、西坂さんの方がキチンと締切を守ってますよ?」


 俺の豆腐メンタルぅ〜ンで壊れやすぅい繊細な心に、黒崎のトゲある言葉が、ぐさぁっ!

 ……黒崎は西坂の担当編集者でもあるんだ。


「それに黒崎ちゃん、メッチャ料理上手いんやで? 免許持ってるらしいし」

「免許? なんの?」

「管理栄養士と調理技能士、河豚調理師の免許持ってるらしいで?」


 …………それって全部、免許取()るのが難しい国家資格だよね? なんでそれを一編集者が持ってんの?

 ……黒崎って一体何者なんだ?

 ちょー気になるんですけどーッ!





「うっまっ! このハンバーグ、うんまっっ!」

「黒崎ちゃんありがとぉ。メッチャ美味しいわ」


 今、俺と西坂が頬張っているのは、黒崎の作ったハンバーグ。

 これがまぁ、そこんじょそこらのレストランじゃ太刀打ちできないくらい美味いッ!


「野菜も食べてくださいよ?」

「黒崎ちゃんの作った料理を、おれが残すわけないやんか!」

「サラダも美味いッ!」


 黒崎……なんてデキる奴!

 そして満腹で満足した俺は早速、幸せな眠りについた、



 …………はずだったのに。



「なに寝ようとしてやがるダメ作家っ! 寝るなら原稿書き上げてからにしやがれッッ!」


 ドスの効いた声と殺気と共に、頭蓋骨に襲い来る強烈な鈍い痛みっ!


「痛ぁあああああああっっっ!!」


 俺はしばらく床に転げて、のたうちまわっていた。

 その後、黒崎は原稿を書き上げるまで、寝かせてくれませんでした。

 締切は3ヶ月過ぎたらいけないんだな、と思いました。

 なぜかって?

 そりゃ、キレた黒崎の顔が、閻魔様でさえ怯えそうなほど、怖かったからです。


 なんなら黒崎を本気でキレさせてみる?

 ……その時には、きっとこの世界が終わるんだろうな、うん。

 それくらい怖いんですよ、わかります?



 ほんと、マジで死ぬかと思いました。

どうも、作者の緋和皐月です。

この世には「文体診断」というものがあるらしく、この、俺ユカの1話で試してみました。

するとですねぇ……


<一致指数ベスト3>

1吉川英治 62.1

2小林多喜二 60.7

3浅田次郎 59


そして重要なのは以下。


<文章評価>

1文章の読みやすさ B読みやすい

2文章の硬さ E文章が硬い

3文章の表現力 B表現力豊か

4文章の個性 Aとても個性的


……とても個性的。うん、それは分かっている。

でも、文章硬い? そんなに硬いかなぁ俺ユカって?! 結構やわらか〜〜い、感じだと思ってたのになぁ ( ;∀;)

よし、第2弾(再来年)は、「A」を、も1つ取れるように頑張るぞ! えいえいおーっ!

(2017/10/12)

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