無人島
「先輩!!」
「バカ!早く逃げろ!!」
鬱蒼とした森の中に、二人の少年の声が響き渡る。
「先輩を放ってなんておけません!」
「何言ってるんだ!?お前も食われたいのか!?クウ!!」
小柄で細い少年が手を伸ばして、必死にもう一人の大柄でガッチリした少年の腕を掴んでいる。しかし、彼の下半身は既に巨大な、まるで食虫植物のような化け物草に飲み込まれてしまっていた。
「クソ!?」
大柄な少年の脳裏に、ここに至った経緯が走馬灯のごとく浮かび上がる。
彼昭二と、小柄な少年大輔の二人は同じ部活の1年違いの先輩と後輩であった。夏の合宿のため、仲間たちと一緒に離島へ向かう船へと乗り込んだまでは良かったのだが、船は何の前触れもなく発生した嵐に遭遇して遭難、ついに沈んでしまった。
二人は奇跡的にも海に投げ出されたところ、浮いていた筏に這い上がり、九死に一生を得た。
その後、この島へと流れついたのであったが、寝床と食料確保のために森の中に入ったところ、昭二は今まさに彼を飲み込まんとしている化け物植物に襲われてしまった。
もちろん昭二は必死に抵抗したし、大輔も助け出そうと必死であるが、化け物植物は足元から昭二を飲み込んでいく。既に下半身の感覚はない。
そして、二人の必死の抵抗もむなしく、化け物植物の口は昭二の首まで達してしまう。
「もうダメだ・・・・・大輔、お前だけでも生きろ!」
それが昭二の断末魔の言葉になる。
「先輩!」
次の瞬間、化け物植物は完全に昭二を飲み込んでしまった。そして森の中に消えていく。
「先輩を返せ!」
大輔は追おうとしたが、足元が不安定な森の中では全く追いつけず、ついに見失ってその場にへたり込んでしまった。
一方飲み込まれてしまった昭二はと言えば。
(ああ、なんだよこれ・・・・)
体全体から感覚が消えていくと同時に、体全体がこれまでにない心地よさに包まれていた。
(ああ・・・・・)
その心地よさに包まれながら、徐々に意識が遠のき始める。
(あ、俺死ぬのかな?・・・・・でも、こんな気持ちよく死ねるならいいかな?)
とは言え、やはり人の子。いろいろと思い残すことはある。両親のこと、友人のこと、そして何より。
(大輔、ごめん)
自分を助け出そうとした後輩の顔。
彼の顔が見えた直後、昭二の意識は快感に包まれながら、闇に飲み込まれてしまった。
「先輩!」
大輔は化け物植物に飲み込まれてしまった昭二を探しに、森の奥へと分け入っていく。目の前で植物に飲み込まれてしまった大輔。考えれば考えるほど、その生存は絶望的だ。
「うう、先輩。どうして」
大輔はその名前とは裏腹に、小柄で線の細い少年であった。そんな彼にとって、昭二は体も大きく憧れの先輩であった。それなのに、自分は助かって彼は化け物植物に食べられてしまった。
逃げろと言われて一度逃げてしまったことも、彼に自己嫌悪を覚えさせていた。
だからこそ、勇気を振り絞って探しに来たのだが、彼を見つけ出すことは出来なかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい先輩」
昭二を助け出せず、一人謝る大輔。彼が地面に座り込んで泣いていたその時。
ガサ!
「ひい!?」
突如森の中から、あの化け物植物が現れた。もちろん、大輔は自分も食われてしまうと思った。
ところが。
ぺっ!
「うわ!?」
化け物植物がその口から何かを吐き出した。そして、そのまま森の中へと消えていった。
「助かった・・・・・けど、今のは・・・・もしかして先輩!?」
大輔は慌てて植物が吐き出した物へと近寄る。そしてそこにあったのは。
「え!?」
「う~ん」
ところどころ破れてはいるが、見覚えのある服に身を包んだ美少女であった。
「ここは?」
「あ、気が付きました」
「大輔君!?」
昭二は目の前に現れた後輩の姿と、自分自身の声と言葉に驚いてしまった。自分は化け物植物に食われて死んだと思ったのもさることながら、今自分が発した声は記憶にあるよりも高く、澄んだまるで女の子のような声。しかも、後輩の名前を呼び捨てではなく君付けで自然に呼んでいた。
「何この声・・・・え!?」
起き上がると、強烈な違和感を感じた。肩から胸に掛けて、感じたことのない重みを感じる。それに、なんというか肌から伝わる感覚がこれまでと違う。
「あの、本当に昭二先輩ですか?」
だが、昭二の耳には大輔のその言葉は届かなかった。なぜなら、昭二は自分の体を呆然と見下ろしていたからだ。そして、恐る恐る自分のてを胸の膨らみへとやる。
胸から伝わる揉まれているという、甘いこれまでに感じたことのない感触に、手から伝わる未体験の柔らかい感触。
そして、股間に手をやれば、そこにあるはずの慣れ親しんだものは、跡形もなく消えていた。
「ん~」
「うわ!?先輩!」
彼女はあまりのことに、気を失ってしまった。
「と言うのが、2年前に私の身に起きたことです」
かつて昭二と言う少年だった今は昭と名乗る美少女は、目の前の少女たちに自分の身に起きたことを話し終えた。
「信じられない。男が女になるなんて」
長い髪に長身の少女が、呆然としながら言う。
「私も最初は信じられなかったけど、体がこうなった以上、受け入れる以外になかったわ。どうやらあの植物は、男を女にしてしまうようなの。それも、体だけじゃなくて心まで」
「元に戻る方法は・・・・・ないですよね」
ショートカットに小柄な少女は質問を途中で切る。目の前の女性の様子を見れば、答えは聞かずとも明らかだったからだ。
「ごめんなさい。私も最初は元に戻ろうとしたけど、結局わからなくて。そうしている間に、心も完全に女に染まりきって」
「うう・・・・やっと生き延びたと思ったのに」
「どうしてこんなことに・・・・」
「あなたたちも遭難したのよね・・・・ごめんなさい。私にはあなたたちを元に戻すことは出来ない。けど、この島で一緒に生きていく上で、手助けできることは出来る限りするわ。せっかく拾った命、精一杯生きなくちゃ・・・・・と言っても、すぐには決心できないだろうから、今日はもう休みなさい」
「「はい」」
二人の少女は涙を流しながら、出ていった。
「話終わった?昭」
「ええ、終わったわ。どうぞ」
昭が促すと、赤ん坊を抱いた夫の大輔が入って来た。
「昭一はぐっすりね」
「うん。よく寝てる・・・・で、あの娘たちは?」
「やっぱり相当なショックを受けてるわ。まあ、私もそうだったから」
「大丈夫?」
「多分大丈夫よ。時間が経てば、女になったことも慣れるわ。私みたいに。そっちは?」
「僕たちと同じだね。あの4人も遭難した所を、ここに迷い込んだみたい。ただ、あちらは山で遭難したって言ってたけど」
「山?ここは島なのに?」
「なんとも言ないけど。もしかしたら、ここに来るのは一種の神隠しに遭った人間かもしれない」
「信じられない、て言いたいけど。男を女にするような植物がいるような世界だから、ありえないことじゃないわ」
「うん。あの4人には気の毒だけど、この島で頑張って生きていってもらうしかないね」
「そうね。私たちみたいに」
昭は愛おしそうに我が子を見る。
二人はこの島に来てからのことを思い出す。昭二が昭になってしまった後も、二人はこの島で生きるためにがんばった。この島で手に入る素材を使って家を造り、食べ物を集め、畑を作った。
そして、昭が身も心も女となり、二人の距離が縮まるのも早かった。二人は男女の関係となり、そして愛の結晶がこの世に生を受けたのは、つい半年前のことだ。
昭一と名付けられた男の子は、スクスクと成長していた。
外の世界と隔絶されたこの島で、二人にとっての大きな希望であった。
そしてさらに時は流れ。
「それでは、本年度の儀式を開始します」
数名の少年が、恐る恐ると言った表情で、その言葉とともに森の中へと入っていく。
「誰が女になっちまうのかな?」
「お前が女になったら、俺が嫁にもらってやるからな」
「じゃあ、お前が女になったら俺の嫁な」
「言ったな!」
と、軽口を叩き合う少年たち。
そんな中、顔を俯いて歩く一人の少年。
「どうした昭介?」
「あ、圭太」
「なんだ。女になるのが怖いのか?」
「うん、ちょっとね。昭お祖母ちゃんもお母さんも、慣れれば大丈夫って言ってたけど、やっぱり正直怖いよ」
「けど、これは男は全員出なきゃいけない儀式だし」
「うん」
この島は外の世界と切り離された異世界にあると彼らは教えられた。そしてこの島に住んでいる人間は、最初は島の外から色々な理由でこの島に流れついた。流れ着いた人間は全員男であったが、その内の半数が島の植物によって女になった。そして彼らの間で子供が生まれ、島の人口は増えていった。
しかし、生まれる子供は男の子ばかり。これでは子孫が続かない。そのため、毎年春になると島の15歳の少年全員が、森の中に入り、あの植物によって女にされるのだ。あの植物は理由はわからないが、男をきっかり半分しか女にしないという性質を持っていた。だから毎年きっかり男女比が1・1に修正されていた。
少年たちにとって、この儀式は15歳を迎えたら絶対に通らなければならないものだった。もちろん、女になることに躊躇いの無い者がいる一方、怖い者だって当然いる。
「大丈夫だって。お前が女になったら、俺がしっかり助けてやるから」
「それって、僕をお嫁にもらってくれるってこと?」
「ま、まあそれは今後のことだな。あ、けど俺だけじゃ悪いから。もし俺が女になったら、俺を嫁にもらってくれよな?」
「え!?う、うん」
と圭太と昭介が顔を赤くした時。
「出たああ!!」
誰かの叫びとともに、森の中からあの植物が現れた。そして。
「うわあああ!」
「隼人が食われた!」
植物は次々と少年を飲み込んでいく。二人にも、1本の植物が向かってきた。
「うお!」
「圭太!?」
植物は圭太を飲み込んでしまった。
数時間後
「あははは。私が女の子になっちゃった」
植物が次々と飲み込んだ少年たちを吐き出す。圭太もちゃんと吐き出されたのだが、そこにいたのは圭太の面影を少しばかり残した美少女であった。
「圭太」
「もう圭太じゃない。圭子よ」
圭子が笑みを浮かべると、昭介は顔を赤くしながら手を差し出す。
「・・・・ええと、じゃあ帰ろうか」
「うん。帰ろう。これからよろしくね、旦那様」
こうした光景が、あちらこちらで見られた。
こうして、今年の儀式は終わった。
御意見・御感想お待ちしています。