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その言葉、嘘につき  作者: 羽野倖有
第一の扉
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彼女の嘘(4)

 時刻は17時をすぎ、帰りのバスの時間となった。二人はダイゴに駅まで送ってもらい、バスが来るのを待っていた。駅前には仕事帰りの大人たちが歩いており、バスの到着を待っている乗客も見かける。

「今日は色々ありがとうございました。今度はお客としてお伺いしますね」

 ヒナはそういい、会釈をする。楽しそうに話をする女性陣から少し離れ、ユウマはおみやげと言われて小袋を渡された。

「サヤカのお手製ラスクだ。よかったら食ってみてくれ」

「ありがとうございます。頂きます」

 少ししてバスが到着し、二人はダイゴとサヤカの姿が見える席に座ると、窓の向こうで手を振る二人に、バスが発車するまで手を振り続けた。

 バスが発車して二人の姿が見えなくると、足元に置かれた荷物を指さして、ヒナが言う。

「それ、なに?」

「ああ、ダイゴさんからもらったんだ、サヤカさんお手製のラスクだってさ」

 目をキラキラと輝かせたヒナに小袋を渡し、ユウマは座席に深く座り込むとため息をついた。

「疲れた?」

 その様子を見ていたヒナが、袋を開けながら訊く。

「まあ、初対面の人と話すのはあまり得意じゃないからな……正直ヒナのおかげで助かったよ……」

 事件以外の話は、ほとんどがヒナが聞いてくれた。ダイゴとサヤカの思い出話から、自分たちのこと。お店のことなども会話のイニシアティヴを持っていたのはヒナだった。もともと明るい性格で社交的なヒナは、初対面だろうがうまく輪に混ざることができるため、そんなに苦ではないのだろう。

「今度ちゃんと、ケーキ2個おごらないとな」

 そういってやると、ヒナはくすくすと笑う。

「疲れているなら、寝ててもいいよ。今度は私が起こしてあげるから」

 ユウマはそれに甘えることにして、そっと目を閉じる。疲れのせいか、ユウマはすぐに夢の中に落ちた。

 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。空気の違いを感じて、ユウマは薄らと目を開けた。

 そこはモノクロの世界だった。そしてそこは見覚えの光景。

――ここは……旧校舎の?

 どこの階なのかわからなかったが、目の前にあるのは間違いなく旧校舎の教室前の廊下だ。旧校舎で過ごした数か月間でも、これくらいのことは記憶している。

 しかし夢の中にしてはあまりにリアルで、ユウマは辺りを見回しながらゆっくりと進んでいく。

『…ご…って…』

 そろそろ階段、というところに差しかかった時だった。女性の声が聞こえた。不明瞭で聞き取れないが、真剣そうな雰囲気は声で伝わってくる。趣味は悪いが階段手前で立ち止まり、壁に身を寄せてその声を聞こうとした。

だがその瞬間、テレビの砂嵐のようなノイズが走る。視界は真っ暗になり、さっきまで聞こえていた声も遠ざかる。

すぐにまたあのモノクロな景色が戻ってきたが、そこはさっきの光景とは違った。さっきと同じ階段のようだが、今度は踊り場から上の層を見る形になっていた。

 ユウマが顔を上げると、そこには二人の女子生徒が何かを話している。さっきとは違い、聴覚は全く機能しなかった。何を言っているのかもわからないが、一人の女子生徒が一方的に怒鳴っているように見える。だがその二人の顔ははっきりと認識することはできず、それが誰なのかを知ることはできない。

 怒鳴っていた女子生徒は、ひとしきり言葉をぶつけたあと、その場から去って行った。もう一人の女子生徒はうつむいたまま、こちらへ向かってくる。いかにも落ち込んでいるという風に脱力した様子は痛々しいものがあり、ユウマも釣られて顔を背けたくなってしまう。

 その女子生徒は、ゆっくりとユウマの前を通り過ぎていく。そして、その時。

――なんだ、これ……

 まるでダムが決壊したように感情が流れ込んできて、ユウマの目から涙が流れた。その感情はあまりにリアルが、息が詰まりそうになる。

 そして気づいた。このどうしようもない悲しみの元が、おそらくは目の前の彼女であるということ。靄がかかったように見えない彼女の頬に、見えないはずの涙を見た気がしたのだ。

 階段を降りようとした女子生徒は、手前でぴたりと止まった。靄がかかったように見えないその顔が、こちらを向くのを感じる。だが恐怖よりも流れ込んでくる感情が、ユウマを支配している。涙で潤んだ視界の中で、その女子生徒は階段を下りていく。

 そこで夢は終わった。体にバスの微かな揺れを感じる。バスの走る音が耳に入ってきて、現実に戻ったことを認識させられる。

「ユウマ君、大丈夫?」

 目を開けると、ヒナがこちらを覗き込んでいた。

「悪い夢でも見た?泣いてるみたいだけど……」

 そういわれて、ユウマは気づいた。自分の頬を伝う涙に。ユウマはそれを拭いながら、何でもないと返した。涙を流していたのは、夢の中だけではなかったのだと知り、少しばかり恥ずかしくなる。

 あの夢は一体何だったのだろう。ひとつ確かだったのは夢で見た光景は旧校舎で、そこには二人の女子生徒がいたこと。女子生徒が何かを怒鳴っており、そしてそれを聞いていた生徒はうなだれていたこと。それを見た自分に、おそらくは彼女の感情が流れ込んできたこと。あの夢を簡単に整理するならそれで終わるのだろう。だが問題は、なぜそんな夢を見たのかということだ。まるで何かに導かれたようだ。

――導かれた……?

 浮かんだ言葉に、ユウマはハッとして目を見開いた。

 まさか、あの男が?

 旧校舎の闇の中、嘘を暴いてほしいと頼んできたあの男。彼ならば夢を……いや、「過去」を見せることは可能だろう。

 だが。ならばなぜ「嘘を暴いてほしい」と言うのだ。これではもうあの男は、真実を知っているのと同じようなものだ。ならばこんなことを自分に頼む必要はない。

 しかし、自分の中にある「導かれた」というキーワードは、何かに繋がっている気がして忘れられそうになかった。

「あ、ユウマ君」

 ヒナに名前を呼ばれ、思考の回転が止まる。

「どうした?」

「これ…、なんか入ってた」

 みると、2重にされた袋の底に、手紙のようなものが入っていた。手紙を受け取り、裏をみる。そこにはダイゴの名前があった。

「え、ダイゴさんから?」

 ヒナは袋を閉じて手紙を覗き込む。手についた砂糖をティッシュで拭き取る。

「うん。何だろうな……」

 そういいながら中に入っている折り畳まれた紙を広げると、そこには角ばった字でこう書かれていた。

『来週の日曜日、話がある』

 簡潔なその言葉にユウマとヒナは顔を合わせ、まるで鏡のように同じ方向に首を傾げた。

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