渡り鳥は飛び立つ・1
特定の描写はありませんが、彼女達の年齢はおよそ12~16歳程度です。
砂漠の国は広大でどんどん広がろうとしているので他国にとっては結構迷惑をこうむっています。
隣国は間に山脈がそびえているので砂漠の影響はほとんどありません。
代わりに、山脈の向こう側は水と緑に囲まれているけれど平地が少なく海に近いので悪く言えば崖っぷちぽい国です。
ここは、とある世界にある砂漠の国。
この世界には人種族だけでなく様々な種族が存在している……獣人もその一つだ。
獣と人との間にあるからと下賤と見る者も少なくはないが、少なくとも人と精霊や神を繋ぎやすい存在である事を知る者は知っている。
かつて、この砂漠には水の女神が居た。今はいない。
この場にあった、かつての王が姿を変えて旅人を癒すと言うオアシスに居た女神に助力を希い真っ直ぐな心根を持った若者の一途さに心打たれた女神がその力を貸し与え、砂漠に一大王国を築いたと言われている……。
が、真実は異なる。
確かに、かつてその地には点在するオアシスがあり人も獣人も動物も争いをひと時忘れるオアシスがあった。そこへ、一部族の若者が力ある存在を耳にして騙し討ちをして捕えてしまったのだ。女神はそんな事をする存在が現れるとは思わず自らの力を抑えていた事もあって対処に後手に回り、無理に契約を交わさせられた。
ただし、それは女神の眷属となる生まれ変わりを排出する一族から代々の王の花嫁として娶る事とされていた。
だが、時の流れのうちに事実は真実となり失われ、自らの欲望を義務より優先させた王は前提条件を無視した事で女神の契約は破棄された。その為、水の女神の「周囲の水を自在に操る」と言う周辺諸国から集めていた水は「元の状態」となり王国は干上がり人々は逃げ出し、時に一口の水を求めて血を流し、それまで反映していた対価だとばかりに人々は秩序を忘れ欲望に走った。
幼いもの、女、子供達は涙にくれて己の欲望に忠実な下僕がのし上がっていった。
よくある話だと言えば、そうなのだろう。
生きている存在ともそうだが、この世界では姿を持たない精霊や神とも距離が近い。
つまり、それだけ生命は死に近しい所に存在している。
そんな時、一人の子供が祈った。
どうか、明日も目覚める事が出来る様に。一口の水で皆が争ったりしない様にと。
この話に関しては意外と素直に精霊が子供に加護を与えたと言われている……もっとも、精霊一人の力なんて大した事は出来ない。精霊も神も祈りを与えられる事で力を増すのだから。でも、周り中が人の命よりも一口の水に重きを置いている以上は子供の異端ぶりなんてすぐに知れてしまう、子供を泣かせたり不愉快な目に合せれば即座に精霊によって子供が守られる為に人々は子供を祭り上げる事にしたと言うのだから変わり身の早いと言ってくれるなと言いたい。
何しろ、その子供は別に王家の者とか言うわけでは無かったのだ。単にどこにでもいる、生き延びただけの子供に過ぎないのだから貴族の義務みたいなものを一切知らなくても当然……とにかく、人々は子供を通して精霊を崇め始めた。子供の血の中に精霊が加護を与える事が判っていたから、子供が大人になって産んだ子供が次の精霊の加護を与えられる存在になる事も後に判った。
大きくなって王となった子供は、同時に神殿を創建した……実際には精霊の力を増加させるための周囲の策略だったのだろうが。かつての栄華を誇った宮殿の跡地に新たな宮殿を建てて神殿を併設させたと言うのが正しい。残っている土台を活用するあたり、なかなかに倹約家さんがいたのだろう。
精霊は、かつて子供だったものの血の長子の中に流れて加護を与えていた。
人々は砂漠の国の繁栄の為に人々の命を集める為に王となる存在に自我は不要だと考え、それでもある程度の判断能力を求めた。それは精霊の問題もある。精霊は王の為にしか動かない、国を動かす事は大臣など誰にだって出来たけれど水を集め国を富ませるには王の力が絶対不可欠だったのだが純粋培養にさせた為に起きた悲劇が幾つもある。
実は、今現在進行形でソレである。
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前置きが長かったが、今現在進行形でこの国ピンチです。
御機嫌よう、私はこの国の第二王女で神殿所属の巫女姫と言う事になってます。
この国は前述の通りに王政で他の国は知らないけれど、代々の王の血の中に精霊が与えた加護のお蔭で国は国としての土台がキープされています。おかげで、王はぼんくらでも継承出来ますが周囲は苦労します、特に身内。
私は腹違いで、僅かな差で生まれました。長子に精霊は加護を与えるので政権争いに巻き込まれる事を危惧された母が神殿に放り込んだと言う事ですね……悪気はないと思いますよ? どこで何をしているかは存じませんが。
私達にはもう一人、弟がいます。父が死んだ時生まれたんで、他所の国ならば普通は男子が王位を継ぐのでしょうが、すでに精霊の加護は与えられているので心配がないあたりは楽ですね……どっちにしても、弟は生まれて0歳児ですから王位を継がせるなんて後見人に好き勝手やらせると言う事になりますが。
ここで、別件で問題が起きる。
更に前述の通りで、この世には創世の神が取りこぼしたと言われる「悪意」と言うものがある。
人は肉体をまとっているから、獣人や動物は人より自然に近いから、精霊や神は更に影響を受けやすくなる。しかも、人や獣人からの「思い」を故意に集めるとどうしても沢山の人の想いが重なって想いは歪に歪んでゆく……ここで、精霊の基本姿勢が王及び直系長子なのが良かったのか悪かったのか、それは発見を遅らせる結果となった。
つまり、王に加護を与える精霊が歪んだのだ。
本来は王に加護を与え健やかに過ごして貰う為だけでしか動かなかった精霊が、精霊の加護を受けている為に普通の人より精霊に近い状態になっている事で影響を受けやすくなっていたと言う事だ……それで何が起きたか?
精霊の弱体化
王家として、王として、弱体化は国家を根底から揺るがす事だ。下手をすれば国家滅亡と言う事になりかねない……まあ、今もだけど。
精霊が弱体して行く事を考えて、周囲は水の魔力を持つ者を集め始めた。少なくとも、今存在している高位魔力保持者の力を注げば少しは持つと考えたのだろう……ある意味で間違いではないけど。
私? 神殿は精霊とは扱いや管轄が別と言う基本的な立場があるから、お互いは不文律として立ち入り厳禁よ。
もっとも、それは表向きの話であって実際にはそうとも限らないんだけど……それでも、わざわざ私が表立って出るつもりはなかった。私もそれなりには力を持っているけど、それほど多いわけでは無い……。
嘘です。実力は恐らくその気になれば歴史書に名前が載る程度、恐らくは世界で他に4~5人くらいはいると思う。
制御もばっちりです、表に出なかった理由の半分はソレ。下手に手を出すと逆に暴走した魔力で返り討ちにあうのよね……結構大変だったわ、でも巫女の中に頭の中で絵を描くようにしてみたらどうだって言われて、挑戦してみたら割と上手く行ったってわけよ。体に合ってたのねえ。
だけど私は、いずれ戻られるかも知れない神殿で女神に仕える事を生まれた時から義務付けられた巫女……あんな我儘プーで使えない貴族共の為に指一本たりとも何かしてやろうなんて思わないわ。
ここで、可哀想なのは弟。
弟は父である王が死ぬ時に引き換えの様に生まれて来た、しかも水を尊ぶ国の王子として持っていた魔力が土と風系の混合で分解。または破壊。
水と違って創造ではなく破壊の象徴なんて、戦争時でもなければ使いどころがないと言うより女王政権の妨げにしかならない。しかも、女王は未だに婚姻をしていないけど恋人は何人も居るって子供でも知ってるレベルで市井で噂されるから性質が悪くて虫唾が走る……ええ、生まれてこの方いた事は有りませんでしたよ。だって身分違いも甚だしいでしょ、笑顔で怒るよ?
破壊系の魔力を持っていた弟は、周囲からの勧めと言うより策略で海と山に囲まれた隣国に留学と言う名前で追い出された……これはある意味で仕方がない、だって女王に万が一の事があったら王位継承的にどうなるか判らない。すべては精霊の心の向くまま気の向くままだけど、女王が子供を産むまでは無事は確定しているの正直興味ない……ちなみに、私は表に出ないから下手すると臣下どもに忘れられている恐れがあるけど気にしない。その方が裏で動くには楽だもの。
弟が留学した頃はともかく、最近になって隣国には浄化能力を持つ聖女なる存在が現れたそうだ。私も部下に調べさせただけだから正直な所は判らないけど、嘘か真か聖女なる存在の居た所で浄化現象が起きているらしい……眉唾と言うより、浄化現象そのものはあったのだから本人とは限らないんじゃないかな?
こっちから弟の所へ聖女を拉致って来るように指示が出たと言う話を聞いた時には呆れてモノが言えなかった。
せめて表立って招待するくらいにしておけよ……拉致れなんてはっきり言うな? 国際問題になるだろう? いま、うちの国は隣の国からもかなり援助して貰ってる立場なんだぞ?
だって考えて見てくれる? 弱っている精霊を浄化するって事は、精霊に折り重なるように降り積もっていた人々の信仰も払う訳よ。良くも悪くも力は力だからね、弱体化するのはどちらにしても止められないってわけ。弟としては、それまで隣国の上級貴族の中でも魔力の高い、それでいて水系のお家の人に女をあてがって子供を産ませ、こちらの精霊に仕える様に育てるって言う……気が長いわ鬼畜だわ非道だわって言う計画を立てていたわけで。
実際、それで何人かそれなりに魔力の強い子達にやらせたとかで何人か弟の宮には侍女の名目で異国の少女達が客人扱いで集められているらしい。客人とは言っても元は平民とか娼婦だから、扱いがそんなに良いかって言ったらどうかなとは思うけど、手間暇かかる割に効率から言うとそこまでではないだろう。性別を選ぶ必要がないって所はマシだと思うけど……弟が不在なのにぽこぽこ生まれる赤ん坊たち……笑える。実際に本人いないのに、実は留学嘘だって社交界で噂になるし。
ある程度の金銭を払って女性達は追い出しているのか、それとも……と言うのは、どうかな? 赤ん坊一人育てるだけで大変なんだから、ある程度は成長するまで城に留められるだろうとは思うけど。その後についてはどちらにしても私には関係ないし、生まれた赤ん坊を育てる気があるのかも知らない。
もっとも、この話そのものは何年も前からやるやらないって話はあったから、実際には裏では動いていたのだろう……それが、一体どう言う結果になるかなんて誰も考えなかったのだろう。
弟の目から見ても、どうやら基本的に己の力を使いこなせない聖女に関しては判断つきかねると言う感じらしい。だから払ったらダメじゃないのかな……なので、水系魔力名門のお家柄の少年を拉致って来た……。
馬 鹿 だ お 前 は !
知った時には日ごろの己を忘れて思い切り表に出てグーでパンチしてやろうかと思って、思わず拳を握っていた……危ない。
もっとも、知った時には精霊はかなり危険な状態になっていたらしくて。女王に尽くす事しかしない脳タリンだから仕方ないかも……って、精霊って脳みそあるのかな?
それはともかく。
水系ではないらしいんだけど、魔力値が大きいと評判の家系の。しかも公爵様ご本人を、騙して攫って来たわけだ。
その直後に、どうやら奥方が追いかけて来たらしい。国境線の問題とかあるんだが、これは我が国の精霊が旦那の公爵を通じて公爵夫人も拉致って来たらしいので。これを表立って言うと、漏れなく我が国の事情も発表しなければならなくなるので沈黙を保つしなかった。
公爵本人の魔力はかなり濃かったのと相性が良かったそうだ……あれ、でも公爵って水系の要素はあるけど水系魔力じゃなかった気がするんだけどな? まあいいか。
うちの王子が隣国の公爵を攫って来るのも問題だけど、公爵を通じて公爵夫人も攫って来るのはもっと問題だ。公爵夫人は調べによると色々あって魔力を操る術には長けていたおかげで精霊は一命を止めた……もっとも、そのおかげで顕現出来ない状態になったので貴族共が大騒ぎしている。王の側で顕現しているかしないかで、王と言うのは立場がえらい揺らぐからね。
使えない女王が、まったく周囲を気にしないでいたらしいんだが……耳塞ぎたい……。
表立って動かなかったから、誰もが私の存在は認知していなかっただろうが裏では大忙しだ。そうでなかったら、今頃は精霊が弱った事で国民は下手したら暴動を起こす……私と言う神殿で支えとなる柱があるからこそ何とか国内では大きな騒ぎになっていないだけど。これが貴族程度の奴らの為ならともかく、国民はダメだろう。最も最速で被害に合うのが市民なのだから何も知らない彼等を最速の被害者にするわけにはいかない……だからと言って、神殿で出来る事は多くは無い。
確かに、私の力を使って地下水を周囲に影響はない程度で地上に使える様にしているが。これまた各地の貴族のせいで枯れている地下水脈も多かったのが理由の一つで、それならば国外にその輸送力を依頼するしかない。各国に作って置いたパイプがこんな所で役に立つのかと我ながら驚いたが、このお蔭で貴族達は大騒ぎしていたそうだが市民には最小限の被害で済んだ……と思う。
魔力を失い飢餓状態になった精霊は、放り込まれて与えられた公爵と言う極上の餌を相手に食らいついた……が、これまたどんな偶然か公爵には風系魔力があった事で吸い上げきれなかったと言う事になるのだろう……仮に、公爵が完全水系魔力の持ち主だったとしても。一人分の魔力でどこまでカバー出来るかと言う所ではあるんだがな。で、魔力量は多くないそうだが全属性を持っていると言う珍しい公爵夫人は死にかけた夫を見て魔力を操作。結果として、死にかけた公爵ともども生き残る事が出来たと言う凄い話。はっきり尊敬できる。
正直な所を言えば、精霊はそろそろ加護を解除しても良いんだろうと思う。
酷いと言われるかも知れないが、この砂漠地帯はすでに生物が生物として生きる為には年月が経ちすぎてしまった。そんな気がする。最近では、砂漠の範囲が広がっていて公爵夫婦の所属する隣国もそうだし他方の諸国でも砂漠が広がりを見せている関係でうちの馬鹿貴族達が砂漠を理由に領土拡大を視野に入れて来たし、それを懸念した他国から敵愾心を持たれている……確かに我が国は砂漠の中で生まれたけれど砂漠が広がったからって領土を拡大させても、やはりそこにあるのは砂漠でしかないんだがなあ……?
結論から言えば、公爵夫人の機転により事態は改善した。
……多分、改善?
公爵は、良く言えば契約をされたと仮定する。
つまりは、だ。
契約をするには条件とかも危険とかがあるわけで、その為には契約金が発生する事がある。公爵の身柄は、その契約金に当たる。
ただ、契約金が少ないとどうだろう? 通常ならば契約金が少なかったら破棄するとか諦めるとか否定的な意見が多いだろうし弟が魔力持ちを散々生贄として焼け石に水的に捧げていたが……もう、そんなレベルでは無かった。
精霊にとって、公爵はまさに干からび寸前で投げ込まれた一滴の滴。逃がせば己の存在そのものの根幹を揺るがす事になる……なので、足りないから放置なんて手段は取らないし取れない。足りないと叫ぶだけでもっと寄越せと言って来る……何てがめつい……。
そこで出て来るのが公爵夫人だ。
前述の通り、公爵夫人は珍しい全属性な魔力持ちで本人の魔力容量は少ないけれど公爵夫人の真の価値はそこではない。
公爵夫人にとって、己のみならず魔力そのものを操作する術に長けている。これは調べによると生まれた時から出来た先天的なものでは無くて後から努力して身に着けた後天的なものらしい。まあ、普通は生まれた時から魔力制御に優れているわけはないわな……。
どちらにしても、公爵夫人も若い身空で物凄い苦労をした事だけは確かだ。数奇な運命同志でお似合いだ……これ以上は代わりたいとは思わないけど。
公爵夫人が公爵と繋がっている我が国の精霊を操作出来るのは、公爵を通じて公爵夫人が精霊と繋がっているからだ。
しかも、我が国の王子である弟がその原因だ……本当に馬鹿で愚かだ。
精霊の弱体化に伴い、どうやら弱体化だけではなく長年の我々、生き物の信仰心が害悪と言う形で出ているのではないかと思った。
一応、あくまでも一応は神殿からの正式文書として王政府に親書を認めた。高位の魔導士からもお墨付きを貰ったのだから、こんな御大層な真似をする必要があっただろうかと悩んでみたのは一瞬だった。
何しろ、やってくれたのだ……貴族としてではなく、己の欲望に忠実な獣にも劣る奴らは。
全 無 視 し や が っ た !
あげく、ご丁寧にもこれ以上は女王への反逆罪を適用するとか抜かしてきた……。
ほうほう、そうですか。
なるほどねえ……何を愉快な事を口走ってくれやがるんですかねえ?
え、口が悪い?
切れない様にするだけで精一杯の手一杯です、私。
続きます