G言語
「次の授業なんだっけ?」
「プログラミングじゃないの?」
「けっ。めんどくせえなおい。休もうぜ」
「俺を巻き込むなよ…先に教室行くぞ」
そう言い残すと友人の高田は行ってしまった。
「あーあ、なんだってこんな大学に入っちまったんだ」
そう呟くと佐々木は空いている教室に忍び込み、机をつなげて寝っ転がった。
大学生活2年目が始まって半年が過ぎた。
初めこそはうきうきだった生活も、慣れないCPUの授業に嫌気がさし、今ではすっかりだらけている。
(ったく、何がC言語だよ。コンピュータにプログラムして何が楽しいんだか…)
そう思った時、佐々木は教室に何か気配を感じた。
ふと見ると、知らない男がそばに立っている。
「うおっ!!?」
佐々木は驚いて机から落ちてしまった。
「だっ誰だお前!?」
「これはこれは、失礼いたしました」
男は黒い服を着て背が高く、どこか上品というか、不思議というか、今時珍しい格好をしていた。
男は続けて言った。
「あなた、CPUのプログラムがつまらない、と思いましたね?」
「な、な、なんなんだいきなり」
「そんなあなたに、新しいプログラム言語をプレゼントしましょう。」
「な、なんだかしらねーが俺はその言葉が大嫌いなんだ、いらねえよ」
男がそう言い終わる前に、男は一つのCD-ROMを差し出した。
「では、頑張ってください…」
「おい、ちょっと待てよ、お前は一体……」
そう言った時には
教室には彼一人しかいない。
手が何かに触れた。
まさか、と思ったが、はたしてそこには一つのCD-ROMがあった。
表面を見た。『G言語』と書かれている。
怪しさを感じつつ、付属している説明書を見る。
『G言語とは
C言語などのプログラム言語は、数々のCPUを動かすのに使われています。
しかし、G言語はCPUではなく、人の脳に簡単にプログラムできる言語なのです。
ただし、1日に一人のプログラムしか変更できません。』
「なんだって?人の脳を書きかえられるってことか!?」
どういうことだ。こんなことが可能なのか…?
その日の放課後、帰宅した佐々木は早速そのCD-ROMをパソコンで起動してみた。
『*/開くプログラム名を記入して下さい*/ 名前: 年齢: 性別…』
記入項目が出てきた。まるで履歴書のようだ。
とりあえず友人の高田の情報を入れてみた。あいつなら住所も知っている。
入力すると、プログラムが流れ始めた。
見ると、頭脳、体力、運の良さ…色々な能力が数値として入力されている他、
「おいおい…まさかこれがG言語ってことか…?」
とりあえず、試しに体力の数値を変えてみることにした。
90と書かれている。おもむろに20まで下げてみた。
上書き保存を押し、半信半疑で眠りについた。
次の日。帰宅した佐々木はそのままパソコンへと向かった。
まさか、本当にプログラムができているとは。
いつもは運動万能な高田が少し走っただけで息切れを起こしていた。
聞くと、昨日の夜からなぜか体が重くなったような気がして、それこそ体力が大幅に減ったような気分らしい。
風邪じゃないのかと質問したが、持久力が落ちただけで体調は悪くないらしい。どうやら本当にあのプログラムのおかげらしい。
これは凄い言語を手にしてしまった。
佐々木はそれからプログラムを開き、書きかえる作業に没頭し始めた。
ある日は自分の"頭脳"をあげてテストで満点を取った。
ある日は嫌いなやつの"魅力値"を大幅に下げた。
ある日は先生の…
とにかく数えきれない程のプログラムを毎日換えていった。
1日に一人のプログラムしか変更できないのは残念だが、
まさに人間をコントロールすることが可能になったのだ。いわば無敵だ。
世界を制服することだって簡単かもしれない。G言語最高だ。
ある日も、佐々木はほくそ笑みながらプログラムを開いた。
次は誰に使おうか…そう思った時、佐々木は左上のボタンに気付いた。
『新規作成』
普通のプログラミングであれば、なんら珍しい事ではない。
だが、人のプログラムを変更することが普通であるG言語において、新規作成とは何だろうか。
佐々木は好奇心から新規作成のボタンを押した。
『/*名前とステータスを入力してください*/』
何か知らないが面倒くさそうでもある。
書いてあるがままに、テキトーに名前とステータスを入力していくことにした。
『名前:あああ
/*ステータス*/
性格:指定なし
頭脳:0
身体能力:0
体力:0
運:0
魅力:0
……
……』
真面目に考えても良かったが、シンプルに能力は全て0にした。
何が起こるか分からない。
そうすれば仮にもしその能力を持つ動物か何かが出現したとしても、
ステータスを下げておけば怖くはない。
自分の頭脳を上げているからもあって、それくらいの事は簡単に考えられた。
(よし、できたぞ。いったい何が起こるやら…)
佐々木は期待と不安を交えつつ、保存のボタンを押した。
その瞬間、佐々木はその部屋から忽然と姿を消した。
気づくと、佐々木はベッドの上にいた。
手足が思うように動かない。視界もあまり良くない。
霞んだ視界でおもむろに自分の手を見て彼は驚愕した。
自分の手が小さく、赤い。そう例えるなら…生まれて少しの赤ん坊のような…
いやおいおいおい。
なんだって、俺は赤ん坊にでもなったのか?夢じゃないのか?
いや、夢ならこんなリアリティがないはず…ということは…
新規作成って…まさか…
しかし、それ以上考えられなかった。
頭が疲れたというべきか、はたまた考える気さえ起きなかったというべきか…
次の日、両親はよくよく話し合った結果、その子どもに『あああ』という名前をつけた。
これからこの子はどんな道を歩んでいくのだろうか。両親は期待の目を赤ん坊に向けていた。