紫煙
「あー」
くしゃり、整っていた前髪を乱して唸り出す私。
横のデスクにいた中里が目を丸くする。
とある雑誌の編集部に務める私だが、現在お昼休みで殆どの人が出払っていた。
同期の中里は自分のデスクで、自作のお弁当を広げていたのだが私が唸ってしまったせいで、食事の手を止めている。
私は何でもない、と彼女に手を振った後やはりとデスクの中から携帯灰皿を取り出す。
「一本、いい?」
真っ白なハンカチに包まれていた一本の煙草を取り出す。
中里は軽く頷きながらも不思議そうな顔をしていた。
ライターで煙草に火をつける。
そして煙吸い込むと噎せそうになる。
隣の中里がスンスンと鼻を動かして、更に首を傾げた。
「藍沢ちゃんって、そんな煙草吸ってたっけ?」
あー、と私は唸る。
紫煙を吐き出しながらその行方を見送る。
まず第一に私は煙草を吸うこと自体少ないんだ。
一応吸うけど。
そして普段吸うのはこの煙草じゃないし。
言い淀む私を見て彼女は質問を変えた。
この煙草を美味しいかと問う。
「美味しくないわ、キツイ」
私は即答した。
それはもう間髪入れずに。
事実だから仕方ない。
何でこんなにキツくて重い煙草を吸えるのだろうか。
煙を吐き出してスン、と鼻を動かす。
「こんなの吸う人の気が知れない」
私がそう言えば彼女は笑った。
じゃあ、何故吸っているのか。
答えは足りないからだ。
別に元々煙草を頻繁に吸うわけじゃないから、ニコチン中毒ってわけじゃない。
ただ、足りないの。
君の香りが。
交換した煙草は今ので底をついた。
グリグリと灰皿に煙草の火種を押し付けて消す。
この香りは君の匂い。
でも足りない。
早く、会いたいな。
すぅっと息を吸えば紫煙の残り香が鼻腔をくすぐった。
好きな人の匂いがこんなキツイ煙草でも、受け入れられちゃうのよね。
自嘲気味に笑って時計を見た。
あと十数分で昼休みが終わる。
徐々に人が戻ってきた編集部。
さて、とっとと仕事を終わらせて久々に君の元へ行こう。
君と会おう。
そしたら紫煙の香りと共に抱きしめて。