欲しかったものと求めていたもの
反乱を起こすのはできるだけ早くなくてはならない。
今の不満を原動力にするには、タイムリミットが存在しその先には恐怖による精神的萎縮が始まる。
そのため、十分な準備を最速で完了させ勢いに乗じて動くより他無いと主導者たちは考えていた。
しかし、当然のことだが、動きを悟られず迅速な準備をするということはとても簡単では無い。
日に日に気温は上昇し、日照時間は平年の真夏並みの記録。
井戸に水はなく、畑は干からび、田はひび割れ、人々は虫の息。
最早、一刻の猶予もなかった。
丁度、桜の花びらに淡墨の色が混じり始めた頃。
貧しい村の人々は、決起した。
鍬を、鎌を、竹槍を手に取り、地方行政局の占拠を目的に男女関係なく村を出た。
後になってわかったことだが、意気揚々と村を出た若者たちだったが、その半数近くが遺書を書き残していた。
若者たちは村の人々のために、その身を投げ打った。
その身の僅かでも、故郷の想い人を救えるならと思えば何も怖いものは無かった。
道すがら、軍と衝突した。当時の軍は怠け者の寄せ集めであったが、装備の違いは歴然としていた。
小さな村への一本道が紅く染まった。
若者たちは次々に村を出た。
戦力の逐次投入は、戦略においては忌避すべきものだ。
次々に、若者たちの何にも代えられない命が囚われた。
そして。
イアンは、穴を掘っていた。
ただひたすら、穴を掘っていた。
レジルはいなかった。
レジルは、無理矢理に大人たちに付いて行った。
もう、3日も前の話だ。
イアンは、何も考えられなかった。
考えたくなかった。
いつしか、今掘っていた穴が身の丈を超える深さになっていた。
よじ登って、フラフラと木の根元へ座り込んだ。
傍らにレジルの居ない寂しさが胸を突いた。
涙は、我慢した。変わりに大きく息を吸った。
ふと。
追い求めていた匂いがした。
忘れられない、水の匂いが。
木の陰から飛び出すと今掘っていた穴の底から、茶色く濁った水がコンコンと湧いた。
イアンは走った。
村のみんなに知らせなくては。
やっと、水が出た。
なんとか生きていける。
そう報せるために、走った。
だが。
イアンの足は、村の入り口で止まった。
あれほど、嬉しかった水のことなど、どこかへ消えた。
先ほど、水を嗅いだ鼻が、血の匂いを嗅いだ。
吹き付ける風に乗って、血の匂いを嗅いだ。
それは、地獄だった。
もう、誰か分からない肉の塊が転がっていた。
その中に、地べたに座り込んで酒を飲む、若い男たちの姿があった。
血の匂いを肴に酒を飲むその姿は、喩えようも無く、不気味だった。
やがて、縛られた老人が一人引かれているのに気がついた。
その老人の顔を見た途端。
脳がスパークした。
恐ろしいほどの憎悪が全身を貫いて、視界に白く星が輝き、一度強く心臓が脈打った。
腸が煮えくり返っているのに、不思議と落ち着いていた。
ゆっくりとした動作で、落ちていた鎌を拾い上げた。
手に馴染んだその重さとリーチを確かめた。
安物の革靴が石畳との摩擦で焦げた。
そんなこともわかった。
高速に流れる視界の中で、目標との間隔が放射状に引き伸ばされて自分の身体は、思った通りに寸分たがわず動く。
右腕の肘が悲鳴を上げるまで腕がしなり、腰、腹、胸、肩、肘、手首の順に力を伝える。限界まで加速された右腕は目標に振り向く暇さえ与えず首を刈り取る。ゴムの厚い水風船を切った様な不快な感覚が伝わり、命を刈り取ったことを自分に伝える。
その兵士の制式剣を抜き取る。二本刺してあったものを両手で持つ。
その時、全身が叫んだ。
この感覚だ。2本の剣がもたらす、究極の快感。
カチャリ、鳴った鎧の音に反応した身体が、飛び出す。
驚いた表情の兵士であったが、先程の奴とは違って剣を抜き、構えた。
それでも、斬り込む。全ては初手で決まる。
限界まで捻った上半身から、左手が飛び出す。
相手はそれを防ぐべく合わせた。
金属同士がぶつかる不快な甲高い金属音。刹那に火花を散らすが、そのあと、僅かに遅れて右手が出る。
左手の剣ヶ峰で掴んだ相手の武器は離さない。相手の信じられないものを見る目、そして、死を受け入れられない、なんとも下劣な目をみて、俺は笑っていた。
右手は、脳が描いた剣線を正確にトレースして、深々と腹を斬った。
二の太刀は要らない。全ては初手だ。チャンバラでも、初手を取れば、主導権はこちらのものだ。そう、結局は遊びの延長。こんなに愉しい遊びは無い。
イアンは、返り血にまみれても2本の剣を持って笑っていた。
すいません。
今日でいけました。
今後はこの様なことがないよう、きちんと管理していきたいと思っております。
今後ともSaLaをよろしくお願いいたします。