貧しい村と大きな街
ルーナ西部辺境の地。
世界を創造したとされる、創造神ステイシアを祀る司祭たちの村。
男は、狩に出て、女は司祭になって、神への祈りで生涯を終える。
小さな村は小さな土地で精一杯生きていた。
僅かばかりの畑で、僅かばかりの麦を作って、僅かばかり狩ってきた肉と一緒に命を繋いだ。
イアンは、そんな村に産まれた。
村長の一人息子と最高司祭の娘の間に産まれた。
村は、イアンの誕生を喜んだ。
将来の村を引っ張っていく人になっていくことは、生まれる前から決められていた。本人がどう思っても。
しかし、イアンは文句無しにその運命を受け入れた。
きっと、どこかで諦めていたのだろう。
だが、村は大きな災厄に見舞われた。
「だぁー、クッソー」
レジルはそう言って傍に鍬を放り投げた。
カンカンに降り注がれる日差しは、とても今が春だとは思えない。
「そんなこと言わずに、ほら、やろうよ」
僕はレジルの鍬を拾い上げて、レジルに放った。
「おっと、危ねえよ」
少し飛んでくる鍬から離れたレジルは
「だってよー、朝から掘ってんのに水の一滴だってでやしねぇ。やってられっかよ」
そう言ってレジルは倒れこんだ。
「そんなこと言ったって、僕たちだけじゃないんだよ、掘ってるの。今頃、村のみんなだって穴掘りしてるよ」
この年、年々日照りが続いたせいで、井戸が枯れかかっていた。新しい水源を見つけないと、村が死ぬ。そのため、狩に行く僅かな男と祈りを捧げる僅かな女を除いて、殆ど、老若男女問わず村人は水を求めて穴を掘っていた。それは、村長の孫である、イアンも参加していた。
定期的に来るはずの王政府の救援物資も、時々来ることがなくなっていた。今は、まだいいが今後、今の井戸が枯れればどうなるかは、幼いイアンにもわかった。
「さすが、村長の孫だなー。よし、やるか」
一度自分で頬を叩き、気合を入れ直した幼馴染の少年、レジルは立ち上がって言った。
「よし、俺たちが一番に水を見つけようぜ」
「うん!」
そうして、日が過ぎて行った。
村の中心に在るのは村長家である。大きくはないが、白木に樹脂を塗った木造住宅には、威厳が備わっていた。
「いつになったら、水が出るのかな」
一家で食事を摂るのも、他の家庭と同じだ。
「はは、なかなか出んじゃろ。水っちゅうモンは、大事だが手に入れることは大層難しいんじゃ」
イアンの祖父、つまり村長はそう笑った。
「うーん。でも、ただ掘ってるだけじゃあ、楽しくないもん」
そう言うと今度は父が笑った。
「はは、その楽しみは水が出るまで取っておけ」
「うん、そうする」
イアンが納得すると父も母も祖父も、笑った。
小さな村なので、村長と言っても大層忙しくもない。
イアンはいつも、祖父と一緒に寝るのが日課だった。
祖父は寝る前にいろんな話をしてくれて、イアンには、首都の話なんかはとても、同じ陸続きのところとは思えないくらいだった。
「ねえ、おじいちゃん」
その日も、布団に入ったイアンは、眠気の波に沈みながら祖父の話を聞いていた。そして、最後にこう言った。
「お父さんたち、遠くに行かないよね…」
そう言ったきり眠ってしまった。
「イアン、気づいておるのか…?」
祖父は、スゥスゥと寝息を立てる孫を見て暑さからでない汗をかいた。
イアンは、チャンバラごっこが好きだった。イグサで編んだ剣を持って、同じくらいの年の子と夢中になって遊んだ。いつか、その手に持った剣が真剣になるとは、この時思いもしなかった。
やがて、遊ぶ余裕がなくなった。
次第に、水不足は表面化した。井戸に湧く水は明らかに減り始め、場所によっては枯れる井戸も少なくなかった。
さらに、日照り続きで作物は育つ見込みはなく、とてもではないが国家に納めるべき税は繕えそうにない。それどころか、備蓄の食糧でさえ底が見えてきた。
頼みの綱の政府からの救援物資を積んだ馬車は、ある日を境にしてめっきり来なくなった。大きな街から出稼ぎで帰ってきた若者によれば、政府は、辺境の村々を切り捨ててこの飢饉を乗り切るつもりらしい。
さしもの村長もこれには怒りを隠せなかった。
近隣の村と手を結び、反乱を起こそうと決起した。